月子vsミルヒー
なぜか最近あの天使が来なく本当に暇だから。
ただそれだけの理由で降り立ったのは薄暗い森だった。ここら辺は何となく不思議な瘴気が立ち込めている、もしかしたら自分と対等に戦えるやつがいるかもしれない。可能性の話ではあるがそれでも月子は上機嫌で飛び回る。

薄暗い森の奥深くには教会がある、と噂で聞いたことがある。そこに自分の望むやつがいるかもしれない。奥へ奥へと進み、だんだん霧も深くなってきた時だった。


「おっ?」


深い霧を切り裂くように、ぎらりと輝く鋏が、ぶれることなく真っ直ぐに月子の方へと飛んでくる。シンプルではあるが、どこか上品さを感じるアンティーク。月子はそれを難なく掴み、その場に落とす。あっさりと壊れてしまったことから恐らくは威嚇のようなものだろう。その割にはきっちりとこちらを狙ってはいたが。


「ふふん、あたしは招かれざる客ってことか?」


あっちから仕掛けてきたんだから文句は言えないはずだよな、適当な理由をでっち上げて月子は自分の武器であるフォークとナイフを取り出した。煌く銀を握りしめて、鋏が飛んできた方向へと迷わずに向かう。

進めば進むほど、どんどん暗くなり、瘴気も強くなっていく。それらがまるで実力のある敵の元へ近づいていることを如実に表しているようで、背筋がぞくりした。好戦的な性格の月子の疼きは狂喜と化し、早く会って派手に戦いたいと、それしか考えられなくなっていた。

一歩一歩踏みしめるように進むと、ついに開けた場所に出た。
虫のさざめきも、風の声も、何も聞こえない。自分と、目の前に佇む少女を、美しい紅い満月がただ照らすばかりだった。


「ここには何もないよ」


凛とした声が響き、赤を織り交ぜた銀の髪が美しく揺れ、赤い瞳が月子をとらえる。それはまるで今日の月のように濁りも曇りもない美しい色だった。


「追い返したつもりだったのだけれど、どうしてここへ?」

「さあね、なんでかな」

「……遠回しに言った私に否があるね。今すぐに帰って。ここは私の聖域、悪魔ごときが汚すことは許さない」

「あんたと戦って満足したら大人しく帰るぜ」


そういった途端、赤い月の光を抱えた鋏が空を切る。それらは先ほどと同じようにぶれることなく月子へと向かう。しかし早さも、数も、先ほどとは比べ物にならない。
これこそが求めていたもの、待ち望んでいたこと。歓喜を隠し切れない月子は目を見開き、口角をあげ、武器を振る。
心地よい金属音と、自らの武器に鋏が当たったときの感触、途絶えずに自分を殺そうとする無数の凶器。マリアと戦ったときと同じその快感が月子をさらに震え上がらせる。

こんなにも愉しませてくれるやつがいるなんて!

飛んできた鋏を全て叩き落とした時、月子には理性など残っていなかった。どくり、と跳ねる胸と、電流がかけているようにぞくぞくする背中、目の前の獲物を狩りたいと思うその心。物事を考える余裕はあったが、ただその感覚に身をゆだねたいと思うほどだった。


「ねえ、こんなんで終わりじゃないでしょ?あたし、まだ、足んない」

「……ああ、もう、私はこんなことしてる暇なんてないのに」


困ったような、呆れたような溜め息を溢した少女はもう一度鋏を月子へ飛ばす。月子はそれを同じように弾き、最後の一つを叩き落とそうとした。
その瞬間、少女の赤い瞳が目の前に現れ、その華奢な見た目には似合わないほど大きな鋏を振りおろす。


「自分の世界へ還りなさい」


月子は咄嗟に武器で押し戻そうとするが、細い腕にこめられた力は想像以上に重く、耐えきれずに飛ばされる。追撃と言わんばかりに鋭利な赤銅が飛び、月子の落ちた地点へと突き刺さる。地面をも抉ったそれは土ぼこりを舞い上げ、少女は冷たい瞳でそれを見つめる。

呆気ない。悪魔なんてそんな存在なのだ。長く生きるくせに生来持った力のみで戦おうとする。だからこそ誰にも勝てはしない。
少女はすっと目を細めると踵を返した。あの悪魔の亡骸を放っておいたら別の悪魔がわいたりしないだろうか。唯一の心配事はそれだけ。

さらに森の奥へ進もうとした少女はふ、と足を止める。かすかに音が聞こえた。


「足んないって言ったじゃない!あたしまだ逝ってないんだけど!」

「なっ……!」


楽しそうに輝くアメジストが少女の目と鼻の先に現れる。お返しと言わんばかりの不意打ちに今度は少女の身体が飛ぶ。


「焦らさないでよ、こっちはもう我慢の限界なんだから」




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