20150610
(if転生バルヘレ)


サンドイッチと紅茶を受け取って、席へと向かった。窓際の一番いい席をキープしてくれていた鞄の中から、さっき買ったばかりの雑誌を片手で乱雑に取り出してから、机の下の籠に放り込む。トレーを持つもう片手が震えてきたから急いで机に置いて、座るとほぼ同時にサンドイッチを掴む。お行儀がいいとは言えないけれど、今はもう良家のお嬢様じゃないし、口煩く私を叱る人は誰もいない。サンドイッチを一口齧って、ぱらりと雑誌のページを捲ると、テレビにも出ているくらい人気のモデルが真っ白な歯を覗かせながらロングスカートをなびかせている。あ、この帽子可愛いかも、端を折ってからまたページを捲る。

「(このひと、ほんの少しだけリジーに似てる、かも)」

黒い髪に青い目、まあ、リジーの目の方がずっと綺麗だった気がする。ぼんやりとそのモデルをなぞってから、ぱたりと閉じた。最近、ずっとずっと、昔のことばっかり浮かんでくる。笑ってるときも、泣きたいときも、怒ってるときも、ふとした瞬間に、あの頃は、とか、あの人は、とか、心も頭も乱されて、泣きたくなる。今にも涙が溢れそうになるのをぐっとこらえて、紅茶の揺れるカップを手に取る。香りを楽しむ暇もなくて、味なんかわからなくて。紅茶じゃごまかしきれないから、少しパサついたサンドイッチを一気にかきこんで、深呼吸して、苦しい気持ちを飲み込んで、ようやく落ち着いた、気がする。口周りをナプキンで拭いて、それからパンくずや紅茶の滴が落ちたトレーの上にも滑らせる。

「(ばかみたい)」

私がどんなに望んでも、私がどれだけ鮮明に思い浮かべても、もうあの日常は二度と帰ってこないのに。自分で零した言葉が、じわりと広がっていって、冷静さが戻ってくる。そうだ、戻らないんだ、もう、全部。そう思ったとたんに、紅茶の香りも、サンドイッチの味も、店内の会話も、全部自分に届くようになった。隣に座る女の子が心配そうに見ていたから、ごめんね、平気よ、と微笑んで再び雑誌を開いた。さっきのモデルも、もうリジーには見えなかった。







可愛い夏物あまりにも多くて、しばらく居座ってしまったけれど、せっかくだからお店に見に行こうと鞄を籠から取り出そうとした瞬間、影がかかった。

「ご一緒してもよろしいですか?」

顔を上げると、私の座る席の前にコーヒーとケーキを持った素敵なひとが立っていて、あまりに格好よくて、息も返事もつまってしまう。シルバーフレームの曇りひとつない眼鏡と、流れるような金髪、私と同じ色なのに、艶も細さも全然違う。つい、ぼうっと眺めていると困ったように首を傾げられる。ああ、どうしよう、緊張する。ただ席が空いてなかっただけだとか、理由なんてどうでもよくて、話しかけられたことに、どきどきしてる。

「あの、私、もう帰るから、その、ど、どうぞ」
「私はご一緒したいんです。そうでないとこれが無駄になってしまいますから」

ことりと私の目の前に置かれたのは、私も大好きな、このお店の一番人気のタルトで、その上で、もう一度、よろしいですか、と微笑みと乞うような視線を向けられて、つい勢いよく頷いてしまった。すると嬉しそうにコーヒーも机に置いて、すっと椅子を引いて、長い足を机の中に折りたたむ。動作のひとつひとつが綺麗で、ついつい見とれてしまう。そんな私の視線に気づいたのかくすりと笑って、髪を耳にかける。そに仕草も、カップを掴む指先も、私に向ける優しい眼差しも、ああ、どうして、さっき全部、もうありえないって、納得できたはずなのに。もう、あの頃だって、家を逃げ出してから、一度も会ってないのに、こんなに、誰よりも綺麗に蘇るなんて。フォークを半ば落とすように置いて、鞄を引きずり出して立ち上がる。

「ケーキ、お気に召しませんでしたか?」

悲しそうな顔をする彼に、一言の謝罪だけ残して立ち去ろうとするも、手を掴まれて阻まれてしまった。振り払おうとしても、細くて頼りなさそうに見えた腕はぴくりとも動かない。

「駄目ですよ、ヘレンお嬢様。ちゃんと理由を話してくれなければ解放しません」

はっと彼を見ると、複雑そうな表情で、泣きそうな目で、私を見つめていた。そんなはずないと思ってても、我慢しきれなくて、バルレ、と小さく呟く。二人の間に言葉は無くなって、私の腕を掴む力が弱くなったから、私はそっと席に戻る。バルレがコーヒーを口に含むタイミングで、私もケーキを口に入れる。あの時とは違うけど、私と一緒に食べたり飲んだりなんてありえなかったけど、なんだか懐かしく感じた。しばらくそうしているうちに、バルレがさっきよりも静かな声で話し始める。

「覚えていないなら、それでいいとも思っていたのですが、」
「……うん」
「あまりに、似ていて、つらかったから」
「…………うん」
「知らないふり、できなかったんです」
「……私もね、どうしていいか、分かんなかった」

私だけが覚えてて、バルレはなんにも知らなくて、そんな状態で、私ばっかり先走ったらどうしようって。誰よりも近くにいたのに、あんまりにかっこよくなっていたから、私の知らない顔で笑いかけるから、距離感がわからなくて。ケーキをもう一口放り込もうとしたとき、机越しにそっと頭を撫でられて、さっき頑張って押し込めた涙が溢れ出す。その涙もバルレの手で拭われて、昔も泣くたびにこうして慰められてたこと、泣き止んだらお父様に内緒って約束でそっと飴やチョコを握らせてくれたこと、なんにも変わってなくて、ほっとした。

「バルレは、変わったね。昔より、かっこよくなった」
「ヘレンお嬢様に、女性の扱いについて、再三、口煩く、何度もなんども、しつこく、聞かされましたから」
「……そういうところは変わらないのね」

拗ねたように顔を背けると、くす、と笑う声が聞こえたから、私も一緒になって笑う。ああ、今日はなんて素敵な日だろう。




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