20150703
ミルダの部屋を訪れ、ふと玄関先の写真立てに目がいったバルレが、おや、と声を上げる。そこへ書類の束を抱えた部屋の主、ミルダが走って出てくる。

「これと、これでありますね。予算は調整してあるでありますが、気になる箇所があったら修正しても構わないでありますよ」
「お手数おかけしました……ところでそちらの写真なんですが」
「ああ、これでありますか?」
「ミルダ様が空の写真を飾るなんて珍しいですね。特に変わった景色でも天気でもないのに」
「そう、で、ありますね」

歯切れの悪いミルダに違和感を覚えるも、これ以上突っ込んでみても何もないと判断したバルレは軽く頭を下げ、そっとドアを閉じた。そのドアの裏で、ミルダは何を聞かれるかと跳ねた心臓を服の上から抑え、ちらりと写真を見やった。そこには青い空と白い雲と、なんの変哲もない自分の部屋から見た空と、そして、月子とマリアの姿が写っていた。そして空の写真に隠されたもう一枚の写真、そこにあるのは、ミルダが笑っているだけだった。正確に言えばそれはミルダ以外が見たらの話で、その隣には月子とマリアが笑っている。二人の上機嫌が重なった唯一の一瞬を切り取った写真だった。

そもそもの発端はいつも通り、月子の恐ろしく旺盛な好奇心からだった。どこか持ってきたのか、もしかしたら盗ってきたのかもしれないが、カメラを掲げ、写真を撮ろうと笑った月子に、馬鹿馬鹿しい、私たちが写るわけがないでしょうと切り捨てたマリア、それを挑発する月子に、武器をとったマリア。そこまでいつも通りで、窓から飛び立った二人を苦笑しながら眺めていたが、ふと撮ったらどうなるかが気になって、黒と白を羽ばたかせ、銀食器と花を振りかざす二人にピントとタイミングを合わせ、シャッターを切った。あとで店に行って現像してもらおうと考えて、その場はカメラを手放し、いい頃合いで月子とマリアを止めた。

そうしてしばらくして、忙しくなったために現像した写真をみることがないまま、そしてそのまま忘れた頃に、妙にそわそわした月子とマリアが、カメラはどこかと尋ねてきた。そこでふと思い出し、自分のデスクに置いてあったカメラと一緒に現像した写真を渡すと、二人は困ったようにこんな一瞬がずっと残るなんて、と笑っていた。やはり人間とは時の流れが違うのだとぼんやり考えていると、月子が自身の帽子をミルダに無理やり被せ、マリアが花冠をミルダの頭へと移し、ぽかんとしているままに目の前にカメラがセットされた。

「笑え」
「えっ」
「いつもみたいにぴえぴえ泣いたあとのぶっさいくな顔したらそれがずっと残るぜ」

その瞬間、カメラのシャッターが切られ、現像するまでは分からないが、きっとそこには月子の言うぶっさいくな顔≠ェ写っているだろう。

「あらあら、もう一回かしらね」
「あーあー、お前が笑わないからだぞ」
「わ、我輩のせいでありますか……」

そのやりとりがなんだか面白くて、つい吹き出すと、それにつられたように二人も笑い出した。
そうして、その瞬間をおさめた写真が、これというわけだ。

カメラを持ち出した理由は分からないが、忘れていた頃に唐突に尋ねてきたこと、あんなにもそわそわしていたこと、そして写真に写るように、誰が見ても分かるように、あえて帽子と花冠をミルダに被せたこと、面と向かって言われた言葉こそなかったものの、確信とも呼べるほどにミルダには理解したつもりだ。
写真の裏に刻まれた、少しいびつで力強いおめでとうの文字と、細く端正な幸せでありますようにという文字が何よりも暖かかった。

ミルダはそっと写真を戻し、笑みを浮かべて部屋の奥へと向かう。きっと今日もまた、いつものように月子とマリアが来て、日常となった非日常を過ごさせてくれる。




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