夕焼けの柔らかい赤が差し込む教室で、トロイラスとトスカはささやかなティーパーティーを開いていた。誰とも変わらない机にクロスを広げ、誰とも変わらない椅子にシックな色合いのクッションを置き、そこに長い脚を組みながら座り、読書をしているトロイラスと、その横で、指を腹の前で組み、ぴんと背筋を伸ばして立つトスカ。トロイラスが紅茶を嚥下する度に、茶請けとして置かれたマカロンに指を伸ばす度に、ちらりと視線をやって残りを確認しては、さりげなく、音も立てずに減ったものを追加してゆく。トロイラスは特に何を言うでもなくトスカの気遣いを流し、再び注がれた紅茶にレモンをくぐらせ、そのカップを口元に運ぶ。しかしカップの縁に唇を添える寸前にトロイラスはぴたりと動きを止める。
「お前も食べるといい。その体はそれほど燃費が良くないだろう」
紅茶の中に味を置いてきたレモンと、そのレモンを掴んだレモントングを下げるトスカには一切の送らないまま、トロイラスは言った。視線はずらずらと並んだ文字にあり、頭の中もおそらくその本の内容にほとんど支配されているのだろう。驚いたように一瞬目を瞠ったトスカに気がつくこともなく、今度こそレモンティーを一口飲み込んで、本を捲るばかりだった。
「お心遣い、感謝します」
腰を曲げて頭を下げるもトロイラスがそちらを見ることはなかったし、トロイラスに許可されてもトスカがマカロンに口をつけることはなかった。
トロイラスの視線を奪う本の内容をトスカ知らないし、トスカの入っている部活をトロイラスは知らない。不安定な地盤の上に成り立った中途半端な関係が、いつの日からか始まり、今日のこの時まで続いていた。トロイラスには遠い昔≠熈遥か先の未来≠熨カ在するが、トスカには過去も未来もない。つい最近の、ここ一年程度の記憶しか存在しない。だが、そのことについて深く考えたこともなく、もし答えを見つけられたところで今後の保証になるわけでもない。また、彼と違い、力もなければ羽根もなく、目的もない。かといってそのことがどうということでもない。人間が悲しみや痛みで泣いていれば無力だと思えるし、誰かに思い出話をされたところで心境や感情が変わることはない。しかしふとした瞬間に、トスカの胸の奥底で、何かが引っかかる。自分の名を呼ぶ優しい声があった時、坂の上から光の草原のような夜景を見た時、風に舞う花びらを見た時、トスカの中から何か得体の知れないものが出てこようとする。
「どうした、今日は随分と思惑に耽っているな」
「あ……いえ、申し訳ありません」
「謝るくらいなら食せ。少しは頭が冴える」
自分の眼の前に置かれては跳ね除けるわけにもいかず、トスカはマカロンを一つ、控えめに手に取った。トスカの奥底から這い出ようとしていた何かはすっかりと息を潜め、小さな一口を積み重ねて、マカロンを全て体内に収める頃には、ぐちゃぐちゃと絡んだ思考は全て消え去っていた。