新月の領らぬ霊
(if不知火編)


「やはり、親子は似るものだな。俺の目を受け継いでいるとは思わなかった」

不知火の包帯を切り落としたナイフが、手のひらから滑り落ちる。そこにあったのは、自身を睨むような、エメラルドグリーンの鋭い双眸だった。不知火は鬱陶しいと言わんばかりに溜息を吐いて包帯を解いてゆくが、ミルダは美しいその緑から目が離せずにいた。自分が持つ唯一の、見える形での親の影が、鏡のなか以外にも存在する。あんなにも欲した温もりが、手の届く位置にある。そう気がついて、身体が熱くなる。ふらりと一歩踏み出し、震える手を伸ばす。しかしその指先がその温もりへと届くことはなかった。

「言ったはずだ。もしも全てを知りたいのであれば、覚悟をしてこいと」

弾かれた自分の手を、見開いた目で追ったミルダは、消え入りそうなほどに小さな声を絞り出す。どうして、なぜ、同じ意味の言葉ばかりがむなしく散る。触れあった一瞬から確かな拒絶を感じた、鋭い瞳から揺らがぬ悪意を感じた、突き刺さる言葉から果てない冷たさを感じた。そこにあるのは、自分に向けられた確かな敵意だった。それでも頭が処理することを嫌がる。もう一度、今度は強く、彼女にとっては最もな疑問をぶつける。それでも不知火は眉一つ動かすことなく淡々と言い放つ。

「今、お前の眼前には、お前に対して確固たる殺意を抱いた者がいる。そこに善悪はない。躊躇はない。中途半端な情などありはしない。分かるな。お前が決めるべきは死ぬ覚悟であり、生きる覚悟だ。俺を殺すか、お前が死ぬか、結果は一つしか残りえない。戦いにおいて正しさなど存在しない。立ち続けた者こそ正義で、倒れた者が悪だと、俺は十数年の時間をかけて教えてきたはずだ」
「それでも……戦う理由なんて、ありません。 ないはずです。だって、わたしとあなたは……そんな……理由が、ないじゃ、ないですか」
「言っただろう、戦いに正しさなどない。お前の持つ正しさ≠ナ今の状況を計りたいのなら諦めろ。それは勝者が勝利を収めたのちに決めることだ」
「ですが!」

ミルダがさらなる反論をしようと声を張り上げるのと、鞘から引き抜かれた銀の切っ先が突き付けられるのはほぼ同時だった。多くの血を吸ってもなお曇りのない銀が、不知火と同じ緑を映し出し、揺るぎない現実を教える。刀身に映っていた緑は、逃げてしまいたいと潤む弱々しい色ではなく、厳しく険しい道を選択した力強い色だということを。他人に左右されるような正義ではなく、自分の信じる正しさでこの状況を打開する決意を。
不知火を傷つけるためではなく、自分を守るために。正しさを決めるのは自分自身であるという自身の正義を貫くために。ミルダは銃をホルダーから引き抜き、その銃口をためらいなく不知火へと向けた。

「わたしは……我輩は、絶対に諦めないであります!死などなくとも、正義が存在すると、我輩の持つ正しさで証明してみせるであります!」
「……不思議なものだな。お前には俺の考えだけを教えてきたはずだが、たまにそうして理解しがたい夢物語を口にするようになった」
「夢物語かどうか、そんなの最後まで分からないであります」

夢なんて言葉でまとめられてたまるものか。あの二人が教えてくれたことは、間違いなんかじゃない。蜃気楼を破るべく、引き金に指をかけた。




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