20160229
「能星先輩、お誕生日おめでとうございます」

笑みを浮かべるふみ対し、千歳はきょとんとした顔をするばかりだった。ふみが不安そうに「間違っていましたか?」と問うと「合ってるよ」と返し、けど、と続ける。

「知っているなんて思わなかった」

千歳にしてはかなり驚いているようで、いつもの笑みを浮かべるのも忘れ、少しだけ目が見開かれている。ふみはその表情を見て、してやったり、と言わんばかりに口角を釣り上げるも、すぐにやめて、笑う。

「まあ、本当は、知ったのはつい最近なんです。英先輩が教えてくれたんですよ」
「でも祝ったのはふみの意思だろう?それも意外かな」
「いつもお世話になっていますから」

その言葉に千歳はさらに目を丸くする。ふみがわざわざ三年の教室まで来たことだけでも珍しいというのに、さらには誕生日を祝われ、そのうえ世話になっていると言われるのは、予想外の出来事というに他ならなかった。ふみは自分を恨んでいるものだとばかり思っていた。了承を得たとはいえ、なかば無理やり自分たちの手伝いをさせているようなもので、ふみがなにも言わないのは恐怖で縛られているから、ふみが逃げないのは逃げられないと知っているから、そういうことだろうと、千歳は考え、完結させていた。しかし今のふみの言葉に裏は見えず、ふみの笑顔に歪みも見えない。

「お世話されてると思ってたんだ」
「あ、もしかして疑ってますか?これでも感謝してるんですよ、勉強教えてくれたりしてくれるし、お菓子とか分けてくれるし、あとは」
「そうじゃなくて、恨んでいると思ってたよ。僕たちを、ううん、僕を」

今度はふみが驚く番だった。千歳がそんなことを気にしていたなんて、と。ふみは少し目線を外し、鼻の頭をかいてから口を開く。

「そりゃあ、まあ、恨んでないって言ったら嘘になりますけど……」
「ふふ、素直なことはいいことだよ」
「でも!私、いますっごく楽しいんです。青春っていうか、そう、そんな感じがして」

今まで誰かの意見に頷いて、誰かの背中を追って、誰かと一緒にいることが当たり前だったのに、いまは自分から天文部の部室のドアを叩いている。それがすこしむずがゆくもあって、誇らしくもあった。いつもなら誰かが答えてくれるまで待っていることを、自分から調べている。いつもなら誰かがやってくれるまで待っていることを、自分から手をつけている。星についてはいつまでたっても詳しくなれなくても、真鶴の刀の手入れを見たり、葵とお菓子を分け合って談笑したり、杏と本の感想を言い合ったり、千歳とくだらない話をしてみたり、漫画の中の青春をほんの少しを切り取ったような、ちょっとした日常が、ふみにとってはかけがえのないものとなっていた。
けれどそれを全部伝えるにはまだ恥ずかしくて、ふみは話を切り替えようと、背に隠していた箱を差し出す。

「これ!ストールピンです!って言っても、その、多分、そのストールに合わないくらいずっと安いと思いますけど……」
「……いや、その気持ちが嬉しいよ、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして!」

それじゃあ!と耳まで赤くして帰ろうとするふみにもう一度お礼を言って、廊下は歩くようにと、いまにも走りそうだったふみを牽制する。
ふみが角を曲がって、見えなくなってから、ストールピンが入っているらしい箱に視線を落とす。そもそもこれはストールではなく羽衣であって、邪魔になることも、滑り落ちることもないからまとめる必要もない。それに人間の基準で決めたおしゃれなんて興味がない。どう考えても僕にとっては不要のものだ。それでも、もしも、全てが終わった時、それでも彼女が全てを見えるその目を捨てなくてもいいと願うのなら、羽衣としてでなく、ストールとして使うのもいいのかもしれないと思う。隣を歩くちっぽけな人間が、自分の贈り物が使われていることを喜ぶ顔を見るのもいいかもしれない。そんな未来が、あるならの話だけど。




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