「ミルダ、私には常々思うことがありますの」
「なんでありましょうか」
いつものように花のような微笑みを浮かべ、どこかふわりと飛んでいきそうな雰囲気を醸し出すマリアに、ミルダは変わらず読めないひとだと思う。天使でありながら(本人は不本意そうだが)悪魔である月子と共にいる時間の方が多く、それでいながら堕天ではないと言わんばかりに天使としての仕事もこなして、かと思えば人間が発明した色々なものに興味を示す。月子のマイペースさにも未だに慣れることはないが、マリアのそのなかなか掴みきれない性格もミルダの胃痛を呼ぶ原因にもなっていた。
今も手入れをしようと部屋に置いてあった刃物を色々な角度から眺めていたと思いきや、突然こちらに顔を向け、思い出したかのように初めのセリフを言い放った。そういった唐突さは何も初めてではなく、最近ではマリアが月子を嫌がるのは天使と悪魔という相容れない存在だからではなく、同族嫌悪なのではないかと思えるほどだった。
「私ね、胸って必要ないと思いますの」
「そうでありま……え?」
ミルダは思う。普段マリアには嫌というほど泣き顔や情けない顔を見せていたが、今きっと、どうしようもないほどのアホ面を晒しているのだろうと。
先ほどの笑みを崩さないままで言った言葉があまりにも想像とかけ離れていて、そのくせ当たり前と言わんばかりで、たいした返答もできないままマリアの話は続く。
「たとえ見かけが多少変わるとしましても、あんなものただの脂肪ではありませんか。それにそもそも私たちは空を移動することの方が多いんですのよ、大きければ大きいほど受ける空気抵抗も大きくなりますわ。それなのに欲する理由も意味もないじゃないですか」
「は、はあ」
「ねえ、ミルダもそう思いませんこと?」
「わ、我が輩は別に……対刃物の時に少しのクッションになるでありま」
「ねえ……ミルダも、思いませんこと?」
「お、お、思うであります!」
どうしたいというのだこの天使は。
慰めか同意か何か言うべきなのか、それとも何も言わずに時が経ち、マリアの話が別のものになるときを待つべきなのか。慎重にならないと事態が悪化する、そして悪化した事態は全て自分に降りかかる。そう思ったときだった。
「ミールダー!チョコ貰いに来たぜー」
月子の呑気で陽気な声が嫌な空気をまとった部屋に嫌に響く。するとマリアは勢いよく手を振り上げたかと思うと同時におどろおどろしい花を出し、迷いなく月子に向かって投げた。風を切る音と壁にぶつかり花弁が散る様子に、ミルダは背筋が凍った。ああ、始まってしまう。
「うおっ」
「こんの……無駄悪魔め!」
「なんだよ、意味わかんねえよ!」
ここでミルダは納得がいった。先ほどマリアにも言ったように、自分が大きさだとかにはこだわらないために忘れていた。
以前月子が常にまとっているケープを脱いだ時、かなり豊満な体つきだった。出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいるだとか、ナイスバディだとか、そういった言葉は彼女にこそ合う言葉なのだと、興味がないながらに思ったものだ。
おそらくマリアは嫉妬していたのだ。月子のその体型に。
しかしそれに気付いたところで変わりはない。いつの間にか月子は自身の武器を取り出しているし、マリアもマリアでもはやこの世には存在しないだろう花とも言い難い何かを握りしめている。
「今日はあなたの息の根を止めることが目的ではありませんの。その、無駄なものを、無駄な胸の脂肪を、削いでさしあげようかと思いましてね」
「なんだそりゃ。もしかしてマリアちゃんはこの胸に嫉妬しちゃったわけェ?……ぷっ、くく……あははは!」
もう駄目だ。絶対手遅れだ。マリアの方を恐る恐る見れば、笑みは浮かべているものの口の端はひくひくとひきつっているし、眉間に皺が寄っている。握った花はみしみしと音を立て、苦しそうに液体を吐き出してはカーペットにしみを作っていく。
「そう、そうね」
「どうしたのォ?貧乳天使さーん?」
「お前の魂ごと削ぎ落としてやるよ!」
そうして今日もいつも通りの喧嘩が始まるのであった。