20160720
「おーっす、今日もチョコレートの寄付を受けにきてやったぞー」
「……別に積極的に寄付しているわけじゃ、」
「あん?」
「きょ、今日のチョコは特別でありますよ!」

差し出した手のひらに乗っていたのは小さな箱だった。月子はすぐに何かを察したようで、ぱっと表情を明るくしてミルダの手からその箱を奪う。普段のように開けろと指示しないどころか、自分の手を使って取ったあたり、中身はもう分かっているのだろう。
かわいく咲くリボンの花を適当にほどいて、箱を覆う紙を乱雑に破く。中身の説明やその会社の概要が書かれた小さな冊子には目もくれず、ようやく辿り着いた目当てのものを見た途端、月子の表情はとろけていく。目を細め、眉尻を下げて、唇をぎゅっと引き結びつつも口角が上がるのを抑えきれずに少しだけ弧を描く口もと。これがミルダの知る限りでの月子が最も幸せだと感じる瞬間に見せる表情だった。
月子は感動するのもそこそこに、箱の中から一粒のチョコレートを、自身の長く尖った爪で掬い上げた。月子が唯一なにかを傷つけないように気を配るのは、きっとこのようにチョコレートをつまむときだけだろう。自分の爪先にある小さなチョコレートをきらきらした瞳で見つめる月子だったが、目当てのもの以外には一切興味がないようで、花の形をとどめていないリボンや、ばらばらにされた包装紙、製作者の想いが綴られた冊子を、視線もくれないままフローリングの上にぽいと投げ捨てる。ミルダがそれらを黙って拾い上げている間、月子はうっとりとしながら、そのチョコレートを見たり、嗅いだり、少しだけ指でなぞってみたり、あらゆる方向からのアプローチで自身の飢えを満たそうとするばかりだった。


「ああ、いいなあ、ここのチョコレートは形もつやも匂いも完璧で……しあわせ……」


今日のチョコレートは普段渡しているものよりも一回りも二回りも小さく、かなりの大食らいである月子の腹を満たすに至らないのはミルダも月子も承知していたが、わがままな月子がそれでも何一つ文句を言わないのは、この一箱に収まるほどの、たった数粒で、いつぞやこの街に現れたサーカスを何度もなんども繰り返し観ることができるほどの価値があると知っていたからに他ならない。月子はこのブランドのチョコレートをひどく気に入っていて、一度与えてからというもの、ミルダの懐が暖まっているタイミングを狙ってはねだる。しかし気軽に買える代物ではなく、月子をなだめつつ、いつか、またいつか、と言葉を濁して今まで過ごしていた。

「それ、全部一人で食べていいでありますよ」
「なんだよそれ、なんかいいことでもあったのか?」

問いかけつつも遠慮する気はないようで、月子はつまんでいたチョコレートを口の中に投げ入れた。チョコレートが月子の舌に触れた瞬間から、また、さきほどのように甘い表情を浮かべる。そんな月子に苦笑しながら、散らばったものをすべて拾い終えたミルダが顔を上げる。

「忘れているのかもしれないでありますが、今日は月子さんの誕生日でありますよ。おめでとうであります」
「たんじょうび? ……ああ、誕生日、そっか、今日だったっけ」

早々に二粒目をつまんでいた月子は、指先を停止させて数度まばたきをしてから、ようやく気が付いて少しだけ気分が落ち込んだのか小さくため息を吐いた。月子が月子の親と何かがあって、五百年経った今でもそれにたいしていい気持ちを抱いていないことは分かっていた。何があったのか、どうしてそうなったのか、なぜ今も気にしているのか、どれもミルダには知りようのないことで、聞くこともできなかったし、今さら自分が聞いたところで何もできないことも分かっていた。それでもミルダは今日のこの日をちゃんと祝いたい、大切にしたいと思っていた。それがたとえ、月子にとって苦い思い出を掘り起こすことになるとしても。

「嫌そうな顔をしないでほしいであります」
「……別に嫌ってわけじゃないよ、そもそも日付とか誕生日とかそういう概念を決めたのなんて人間だし」
「我輩はこの日がきてよかったって思うでありますよ」
「ふうん」

とまっていた指先を再び動かし、二粒目が月子の口に放り込まれたが、ミルダと自分の考えが相容れないことに拗ねたようで、むっとした表情で唇を突き出し、先ほどのような顔をすることはなかった。そうして三粒目に手を伸ばした月子と、ハイペースで消えていくチョコレートを眺めながら、ミルダはぼんやりと呟くように言う。

「月子さんが嫌でも、来年も、また次も、きっとこうしてお祝いするでありますよ」
「人間ってそういうの好きだからな」
「人間でいられなくなったとしても、絶対に伝えるであります」
「へえ」
「月子さんが生まれてよかったって、心の底から思っているでありますから」

ミルダが話す間も月子が手を止めることはなく、月子なりに味わってはいるのだろうが、三粒目もあっさりと月子の喉の奥へと落ちていった。しかし残りひとつになったチョコレートは月子の腹に収まることはなく、箱ごとミルダに投げつけられた。

「やる」
「えっ、や、でも、これは月子さんへのプレゼントでありますし……」
「持ち主のあたしがいいって言ってんだからいいだろ」

機嫌を損ねてしまっただろうかとおそるおそる視線をあげたミルダの目に、ふい、と顔をそむける月子が映る。しかしそのときにみせていた表情はミルダが想像していたものと違って、幸せそうな、まるでこのチョコレートを受け取ったときのようなものだった。一瞬だったがしっかり瞳に焼き付いて、驚きと嬉しさとでぎゅうっと胸が締め付けられた。まばたきをするたびにその顔が浮かんできて、ミルダはへにゃりとした笑みを浮かべた。それに気が付いた月子がミルダの髪を軽く引っ張って、先ほどのようなものではなく、いつものような、にやりという表現が合う笑みを返す。

「だらしねえ顔」

その顔は月子から伝染したという事実を曖昧に笑うことで飲み込む。来年も、その次も、またその次も。月子と共に、ずっとこうして笑いあう未来を思い浮かべると、とろけきった表情は戻りそうになかった。




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