いつも通りがいちばんですか?

「司さん、キスしてって言ったらどうします?」
初心で奥手な恋人は、そのワードを聞くなりピシリと固まった。これまで何度だってしている(ほとんどは神峰からだったが)行為だというのに、その二文字だけでフリーズするのはいささか大袈裟すぎやしないだろうか。
そういえばこの人は自分よりも歳上なのに、リードされる側に自分が立ったことはないなぁ、と神峰はしみじみ回想した。
「してほしいのか」
「いつも俺からだなぁと思いまして」
「何か問題が?」
「ありませんけど、たまには司さんからしてくれてもいいんじゃないですかね。俺ばっかりがっついてるみたいで不公平では?」
不公平、というワードに司は押し黙る。
神峰はしたいからしているのであって、そこに公平も不公平もないのだが、真面目な司はこう言えば「そうかもしれない」と素直に反省するのだからおかしかった。
「分かった」
司は至極真面目な顔でそう言うと、乱雑に神峰の服を引っ張り、ややできた身長差の分、神峰を引き寄せた。
意外と勢い良くやるな、と神峰は思う。勢いに任せなければ羞恥心をこらえきれないのかもしれないが。
しかし、司は顔を寄せるその途中で、耳まで真っ赤にして静止した。
「どうしたんですか?」
「っ……その、目くらい閉じろよ」
「何か問題が?」
さっきの意趣返しのように、神峰はあっけらかんと言ってやった。
そう言われてみれば、神峰が司にキスするときには、司はいつも目を閉じていたような気がした。
「その、やりづらいだろ」
「俺は別に平気ですけど」
「お前の話じゃない」
司はうろうろと視線を彷徨わせる。
顔が赤い自覚はあるのか、唇を噛んで悔しそうにうつむいた。こうなると膠着時間が長いのを神峰はよく知っている。
それでキスもあれも、それも延期しまくったのは記憶に新しい。
「司さん」
呼ばれて素直に顔を上げるのは高評価だ。
本格的に拗ねると顔を合わせてすらくれないので、まだそんなに怒ってはいないな、と神峰は分析する。
あれこれ言い訳が始まる前に、神峰は司の唇に噛みついた。
結局いつものパターンだった。
「ん、ぅ」
ちゃんと目を閉じるのは偉いが、至近距離で彼の虹彩の色をまじまじと見る機会を失っているのは良くない。
目を開けてくれないものかと考えつつ、神峰はするりと司の頬を撫で、真っ赤な耳の縁を指先でなぞった。
びく、と司の肩が跳ねるのは耳を触られるのが嫌いだからだと知っていたが、律儀に体をびくつかせるのが面白くて、神峰は指を何度も往復させる。
「っ、か、みね、やめ……ッ!?」
お説教は始まる前に封じるのがセオリーだ。
顎をつかまえて舌を差し入れる。耳を触っていた時よりも体をびくつかせて逃げようとするので、反対側の腕を腰に回してホールドしておいた。
「んんぅ、ぅ、や」
司に服を強く引かれたが、つかまるところが欲しくてそうしているのか、静止させたくてそうしているのか判別がつかない。おそらくは両方なのだろうが、神峰は気づかないフリをした。
舌で歯列をなぞって上顎をくすぐる。
指で首筋を撫であげる。
息継ぎが上手くいっていないのか、司が苦しそうに眉根を寄せた。
はなしてあげてもいいが、舌を絡めようとしても逃げるのはちょっと面白くない。
「大丈夫ですか」
そろそろ一度はなしてあげないとかわいそうか、と神峰は判断して、あっさりと司を開放する。
目を潤ませ、肩で息をしながら、司はなんとか神峰を見返した。これ以上は赤くならないだろうと思っていた頬が、さらに赤く染まっていた。
「ぁ、ばか、お前、いきなりやるな」
「司さんがしてくれないからですよ」
「これ、いつもと変わんないだろ」
「それも司さんがしてくれないからですね」
「…………うるさい」
また司は唇を噛んでうつむいた。
これは本格的に拗ねたやつだな、と神峰は思う。
結局のところ、手詰まりになった司を自分が甘やかしてしまうからいけないのだな、という自覚はあった。
「じゃあもう一回、チャレンジします?」
「……しない」
「残念です」