いつも通りが一番です!

「司さん、キスしてって言ったらどうします?」
脈絡もなくそう問いかけられて、司はぴたりと静止した。
ちらりと恋人の顔を一瞥すると、相変わらずの真顔で心底困ってしまった。本気なんだか、からかわれているのか分からない。
今までの接触を回想する。初めてキスしたのも、ベッドに押し倒されたのも、アクションを起こしたのは神峰の方だった。
もしかすると、それを不満に思っているのかもしれないと、司は少しだけ不安になった。やはり年上らしくリードすべきだったんだろうか。
「してほしいのか」
「いつも俺からだなぁと思いまして」
「何か問題が?」
「ありませんけど、たまには司さんからしてくれてもいいんじゃないですかね。俺ばっかりがっついてるみたいで不公平では?」
不公平。その言葉が司の胸に刺さる。
やっぱり、神峰は自分に対して不満を抱いていたんだな、と申し訳なく思った。
別にすること自体が嫌なわけではないのだ。そうであればキスされるのも押し倒されるのも、きちんと抵抗する。
ただ少し、気恥ずかしくて躊躇ってしまうだけで。
だがその消極さが相手を困らせているのはよくない。いつもしてくれるから、と甘えている自覚はあった。
「分かった」
ならば年下の恋人のめずらしいリクエストに応えてやるべきである。
唇をくっつけるだけの話だ。一瞬、ほんの一瞬だけ羞恥心を捨てればいい。
司は自分にそう言い聞かせて、ぐっと神峰を引き寄せた。引き寄せて、近付いた神峰の瞳がじっと自分を見ていることに怖気づいた。
「どうしたんですか?」
「っ……その、目くらい閉じろよ」
「何か問題が?」
自分の言った言葉を意図的に使われ、司はかっと頬が熱くなるのを感じた。
司は神峰とキスする時には反射的に目を閉じてしまう。至近距離で神峰の目を見るのが苦手なのだ。
こちらの反応の細部まで観察するような冷静な瞳が、こういう時には羞恥心を煽って居心地が悪い。
「その、やりづらいだろ」
「俺は別に平気ですけど」
「お前の話じゃない」
自分から狭めた神峰との距離を再び広げて、司は視線を泳がせる。恥ずかしいと悔しいがないまぜになって、ぐっと唇を噛んで耐えた。
神峰の望むことならなるべくしてやりたい。神峰は司を優先してばかりで、甘えてくれることなんかほとんどないのだ。
だからこうして要望をふってくるのであれば、それは応えてあげるべきだと司は思っていた。
でも、だけど、と自分を擁護するような言葉が頭の中をぐるぐるまわる。
「司さん」
呼ばれてほとんど何も考えずに顔をあげた。
司よりも自然に、優しく、神峰が距離をつめてくる。
キスされる、と頭が理解するのと同時に、また目を閉じてしまった。
「ん、ぅ」
柔らかく唇を食まれて、司はうめいた。
する、と指先が頬を撫でていくのは嫌いじゃないが、耳まで触られるのはゾワゾワと毛が逆立つような感覚になるから苦手だ。妙な感覚に肩が跳ねるのを自制できない。
「っ、か、みね、やめ……ッ!?」
輪郭を確かめるように、何度も何度も耳を擽られるのは耐えられない。
司が抗議の声をあげようとした隙を狙って、神峰の舌が口内に侵入してきた。
司は体を強張らせて、神峰から逃れようと身を引く。だが、腰に回ってきた神峰の腕が離れることを許さず、それどころか一層深く舌を絡められて逃げられない。
「んんぅ、ぅ、や」
つまる息に、やけに甘ったるい声が抜ける。
たまには司さんからしてくれてもいいんじゃないですかね、不公平では、なんて言っていた神峰律はどこに行った!と司は脳内で抗議した。
これじゃいつもと同じだ。司は受け取る側で、神峰に翻弄されるしかない。
一度離してほしくて、司は神峰の服をつかむ。神峰は司の些細な仕草を馬鹿みたいによく拾うので、いつもであれば一旦離れてくれるのだが。
神峰は気付いているはずなのに、離れてくれる気配がない。それどころかより翻弄されて息が苦しくなってきた。
(怒ってるのか……?)
酸素不足の頭で司は考える。
今も今までも、とてつもなく彼に甘えていて、年上としても恋人としても、彼を思いやってやれてないんじゃないかと不安になった。
キスしてほしいなんて簡単なことにも応えてやれないで、情けないと悔しいが一度に襲ってくる。息が続かない。頭がぼんやりする。
「大丈夫ですか」
やっと開放され、司は荒く息を吐いて落ち着こうと努めた。
「ぁ、ばか、お前、いきなりやるな」
怒ってるのか、なんて聞けなくて、いつも通りの可愛くない言葉を投げてしまう。
司は自分のそういうところにこっそり落ち込んだ。
「司さんがしてくれないからですよ」
「これ、いつもと変わんないだろ」
「それも司さんがしてくれないからですね」
「…………うるさい」
できたらもうしているのだ。
それが、頭では簡単だと思える行動のひとつが、きちんと実行できないから困っている。
「じゃあもう一回、チャレンジします?」
「しない!」
「残念です」
大袈裟に神峰が肩を落とした。
チャレンジするのはまた、心の準備がきちんと出来た時にしたい。などと言えば神峰の笑いを誘ってしまうことは明白だったので、司は心の中でそう決意して、腰に回ったままの神峰の腕を引き剥がした。