I will

「どこか遠いところにでも、行きますか」

ある日突然、そう言われた。

目覚ましの時間は早朝、いや深夜だろうか、午前3時である。
高校生だったときも可愛げがない年下ではあったが_____車で俺の前に現れた神峰は大人の男、というか一切の可愛げを排除して歳をとったようにすら見えた。
神峰は俺を補助席に乗せると、適当にCDを流しながら車を走らせ始めた。
神峰はビートルズを聴くのか、となんとなく思ったが多分本人にこだわりはないのだろう。英語は得意なようなので歌詞は理解しているだろうが、曲調がなんとなく好みだったとか、多分それくらいだ。
しばらく車に乗って着いた先はまだ朝日が昇りきらない海辺で、ムードがないこいつにしては中々ロマンチックな場所へ連れてきたものだと思った。
春の朝はまだ肌寒く、神峰は寒くないのかと顔を見ると目を合わせられた。

「司さん、沢山恋してくださいね」
「…は?」

俺には、この男の真意がしっかりと掴めたことがない。
それは、俺と別れたいということなのだろうか。もしそうだとするならば、俺はなんと答えるべきなのか。

「かんみね、それは、」

声が震えた。こいつの前ではよく震えさせられている気がする。

「…司さん、勘違いしてるみたいですけど、俺は司さんと別れたいわけじゃないですよ」
「じゃあなんで、そんなこと言うんだ」

そう尋ねると、少しの沈黙が訪れる。
ほらみろ、やはり別れたかったんじゃないかと言おうとするがその言葉が紡げない。
神峰は思っているよりも長いまつ毛を軽く揺らして口を開く。

「…悪い男だと思われても仕方ないんですけどね、」

無限の選択肢の中から最後に選んでもらった方が、永遠なんて言葉より幸せじゃないですか、と小さく、しかしはっきりとそう言った。

俺の目は見ずに、昇りくる朝日と海に乱反射する光だけを見てそう言った。
別に神峰律という人間は特別美丈夫というわけでも、特別醜いというわけでもない。
ただその横顔が柄にもなく綺麗に思えてしまった。
朝日が昇りきったころ、神峰はいつの間にか車のキーを取り出して「帰りますか」と俺に呼びかけた。

変に夢見心地のような状態に陥った俺は「ああ」とだけ返事をして、車に乗った。
「朝早く起こさせてすみませんでした。寝て大丈夫ですよ」

神峰は車のエンジンを入れ、俺の方へ一瞬だけ瞳を向けた。

「神峰が起きてるのに寝れないだろ」
「謎理論ですね。まあ別にどうということもないんですけど_______」

安全運転で行きますよ、と言われてシートベルトをつけた。
言われた通り運転は恐ろしく丁寧で、幼少期の記憶などろくにないが揺り籠のようだと感じた。
うつらうつらとしてくる意識を、神峰を見てなんとなく支える。
瞼が落ちる前にでも「最後に俺が神峰を選ぶなんて分からないだろ」と言うべきなのに、それが言えなかったのは、きっとこの可愛くない年下にはわかりきったことなのかもしれないと思うと、考えるのも放棄してしまう。
俺は目を開け続けるのも諦めて「おやすみなさい」という神峰の言葉とほぼ同時に瞼を閉じた。