君のいぬ間に
「いやいや、絶対にこっちが先だよ」
「えー、俺はこっちのB案の方が優先度が高いと見るね!」
サイリィのサーバールームとは名ばかりの、平坂の作業場は、効きのいい冷房とは裏腹に白熱していた。
《おもしろトリガー工作部》とかいうふざけた名前の部活には、現在二名の在籍者がいる。
一人は平坂硝太郎。もう一人は涼宮梓だ。
平坂が深夜のテンションで始めた工作は、彼女の琴線のどこに触れたのか全く不明だが、気付くと平坂と涼宮は二人でなにやら画策していたのである。
《なんか平和で面白い感じのトリガー作って遊ぶ》のが第一目標の《おもしろトリガー工作部》は、支部長には「トリオンの無駄遣いって感じでいいね!」と好評だ。
司としては、周りに迷惑をかけなければそれでいい。
何か実害が出るようであれば、隊長として即時ストップをかけるつもりである。
とはいえ聡明な涼宮と、アラサー平坂が何かをやらかすことはなく、ほとんど司の心配性からくる杞憂だった。
「梓ちゃんの意見は分かる、すごく合理的だっていうのもね。でもおじさんのロマン的にはこっちに惹かれるわけよ」
「実現可能な分野から攻めるのが定石だ」
「えーーでもさーモチベーションとかあるじゃん!」
プログラミングにもエンジニアリングにも疎い司には、何の話をしているかさっぱりだ。
まぁなんか、二人にとっては譲れない重要な議題なんだろうと結論付ける。
しばらくは議論が続くと予想し、顧問役の司は退室する。
サーバールームの独特な寒さは苦手だった。
平坂が作業をしている間は監視が必要(平坂は見ていないと時々サボる)な時があり、その時にはなるべくサーバールームにいるが、それ以外は作業を待つのに平坂のシアタールームを利用する。
某映画をイメージしたらしいシックなシアタールームは、落ち着く雰囲気で司以外の人間が寛いでいることもままあった。
「お、司さんも出待ちですかな」
今日の訪問者は空閑遊真だ。
プレイヤーの操作も慣れたもので、今日はB級映画最高峰と名高いゾンビ映画を鑑賞しているようだった。
「別に出待ちではないな」
「使い方間違ってる?」
「涼宮が出てくるのを待ってるって意味なら、間違いじゃないんじゃないか?」
空閑の隣に腰を降ろして、司も画面を見つめる。
今まさに、老人ホームでゾンビと老人の壮絶なバトルが始まるところである。
「悪いな、平坂が独占してて」
「いえいえ。アズサが楽しそうならおれは気にしないよ」
色恋に疎い、鈍いと散々な評価をいただく司でも、空閑と涼宮が特別な関係で、とてつもなく互いを大切に思っていることは分かる。
時間があれば一緒にいたいだろうし、二人きりで過ごしたいもんじゃないのか、と少々面食らった。
画面を見つめる空閑の横顔には、焦りもなければ嫉妬が滲む様子もない。
「空閑は、なるべく二人きりでいたいとか思わないのか?」
考えても仕方がない。話題がないのも手伝って、司は思ったことをそのまま口にした。
空閑は目を丸くして、頭上にクエスチョンマークが浮かぶくらいの困惑顔で司を見る。
それから小さく笑って、また画面に視線を戻した。
「二人きりでいたいって思う瞬間しか、ないよ」
一度言葉を区切り、逆説と呼吸を置いて、空閑はまた口を開く。
「アズサは魅力的だからな。独占したいけど、それじゃ大人げないだろ」
今度は司が目を丸くした。
戦地を駆けるというのは、人を達観させるものなのか。
実年齢よりも酷く落ち着いて、大人びた返答に、司はどう応えるべきなのか分からなかった。
「というわけなので、平坂さんには嫉妬しない。ご安心を」
「ぁ、あぁ……」
「平坂さんがアズサにセクハラしたりしたら怒りますが」
「そんなことがあったら、空閑が怒る前に俺が平坂をどうにかしてるよ」
「前から思ってたけど、司さんって平坂さんには厳しいな」
「厳しくしないと後々面倒なんだよ」
「ほほーう、オヤゴコロってやつか」
「いやそれは……ちょっと違うな」
「む、やはり日本語はムツカシイ……」
平坂と涼宮の討論はまるまる映画一本分で、エンドクレジットが流れる頃に、空閑の「出待ち」は終わったのだった。