Select『せいぜい傷ついて苦しむがいい』






愛はもう終わった。
あんただって薄々気付いてるって思ったのに。
盛大に振って夢の中の土方さんと結婚してやると思ったのに。
夢を望めば望むほど、夢の世界は遠ざかる。











「………………。」

『……お、』

沖田は1歩1歩、足を進める。
久々に来られた夢の世界。
前回と変わらず、パステルカラーの世界に城や遊園地。
そこに1人、知っている顔があった。




「お久しぶりです。」

『あぁ、でも一週間ぐらいだろ?』

「あれから何度寝てもあんたが出てこなかったせいですぜ。」

『そうか。』

「嫌われたかと思いました。」

『この世界は総悟が嫌うもの、嫌われるものは何一つ無いって設定だろ。』

「そうでしたね。」

よっこいしょ、と沖田は土方の隣に座る。
相変わらず、タバコのにおいはしない。
ずっと健全な生活を送ったらこんな感じかと、沖田は納得する。




『この扉が開いたってことは、また面倒事に絡まれたのかよ。』

「面倒事…っていうほどでは無いですかね。
今回は。」

沖田は何か飲み物が無いかと辺りを見渡す。
すると隣から紙パックのりんごジュースが差し出された。
さすがは夢の世界。
気が利く。

沖田はジュースを飲みながら土方の顔を見る。
疲れた様子は無い。
というかむしろ物凄く綺麗な顔に見える。
仕事での疲労感や目のクマが無い顔、これが俺の望みなのかと、沖田は自分のメルヘンさに恥ずかしくなってきた。




(これが理想の土方さん、)

だけど、欲しいのは違った。




「あれから色々とありやしてね。
最終的には合意させられて、本当の意味での恋人になっちまったんですよ。」

『へぇ。』

「浮気というより性欲処理って事ですね。
相手は恋人でも何でもないただの風俗の人。
恋愛じゃなく金のやり取りがあっての関係、綺麗なオネーサンは自分の仕事をしただけって。
そんな補足がありました。」

『まぁ言いようによるな。』

「すぐには納得しませんでしたよ。
でも確かに俺も普段から好きだの何だの言ってなかったし、不安にさせてたってのはわかりました。
まぁそれでも許しませんけど。」

『謝罪には何を貰ったんだ。』

「高そうなアクセとか高級な寿司屋の奢りとか。」

『そんだけで靡くなんざ、ドSのハードルが下がったんじゃねぇか?』

「本当ですよね。」

これが恋ってやつか。
何でもかんでも良いように書き換えられて、それなのに楽しくて仕方ない。




「やだなぁ…俺が俺じゃなくなるみたいで。」

『まぁ複雑な時期ってことだな。
それでこの扉が開いた。』

沖田の頭を撫でる手。
ふわりふわりと、どこか撫でる力が弱くなった気がする。
この世界が夢なら、いつまでこの土方さんは存在するのか。
もしかしたら、現実で幸せになるほど、この世界は消費され消えていくのではないか。

少し胸がツキリとした沖田は、土方に紙パックをわたす。
これが夢なら仕方ない。
いずれ夢は消えるもの。
現実の土方で満足すればするほど、理想すぎる土方とは離れることになる。




「また会うときは、俺が病んでる時ですかね。」

『そうだな。』

「不倫とか離婚とか、週刊誌ネタになったらまた宜しくお願いします。」

『はは、ちゃんと愛してやれよ現実の俺も。』

「まぁ程ほどに。」

沖田はよいしょと立ち上がる。
そして心の中で望んだものをポケットから取り出し、土方に手渡した。




「今度会う時は、タバコの味でも覚えといてください。」

『おう。』

別れ際に握手をして、沖田は歩き始めた。
どこに行くかはわからないけど、足が勝手に動くのであれば、行き先は決まっているんだろう。
ならばと沖田は流れに身を任せて歩き続ける。
遠ざかる理想の国。
だが沖田は振り返る事はなく、振り返りそうになれば走って自分を抑えた。




(早く、早く、)

あのドMマヨラーに…!

待ってろあのドMマヨラー…!


ドM!


マヨラァアアアアア!!!!!






































ポン、という音で意識が戻った。




「……ぅ、」

何か柔らかいもの。
それに頭を寄せながら、沖田は身じろぎをしながら脳を覚ます。
そして次第に視覚、嗅覚、触覚が目覚めた頃。
自分がどこにいて何が起きたのかを把握することができた。




「誰がドMマヨラーだ。」

「…ん………ン…?」

「総悟。」

「………………………。」

「……………。」

「…………………………………………。」

「あと5分じゃねぇ、早く起きろ。」

手を開いて意思表示をしていた沖田だったが、肩を揺すられて本格的に意識が戻ってしまった。
そして柔らかいと感じていた布団から頭を上げ、起こしに来たであろう男の体に寄りかかった。




「…タバコ……、」

「あ?」

「吸いやがったな…土方コノヤロー…。」

「景気付けに一服しただけだ。」

「……………あの人ならこんなんじゃ、」

「何だって?」

「タバコのにおいが消えるまで俺に触んなって言っただけです。」

と言って、体を寄せているのは俺だけど。
この世界の土方さんは話が通じますかね。




「………………。」

「……そうか。」

土方は深呼吸をした後、沖田の体を持ち上げてベッドからソファーに移った。
沖田を抱えるように、正面から抱き締められる。
これには沖田も驚きつつも受け入れる。

現実世界の土方が正解にたどり着くなんて。
これは凄いと、心の中で全力で誉める。
ただ、こういうのに慣れていないってのが背中を擦る掌で伝わるけども。
そこはまぁ許してあげよう。
なんたって正解だから。




「土方さん。」

「ん?」

「学校、行けなくなるんですが。」

「良いだろ別に。」

「いやアンタさっき起こしに来たのに、」

「…俺の心を傷つけた罰だ。」

「…………。」

ぎゅうっと抱き締める腕が強くなる。
一週間経ったのにまだ根に持ってるなんて。
それなりに土方が傷ついていたのだとわかった瞬間、沖田の心に安堵が生まれた。




(マヨ脳でも、人の心はあるんですね…)

それを聞いて安心しました。
ならもっと苦しめと突き放してやりますぜ。




「学校に行きたいんで離してください。」

「おいおい、ツンデレを使い分けるなよ。」

「バレました?」

「あぁ、まんまと燃えちまったな。」

土方の唇が、頬から首筋、そして鎖骨に下りてくる。
恋人になってから、唇は次第に下へと移っていく。
本番はまだ。
卒業までは慣れておこうと、夜の触れ合いによって日々調教されていた。
どっちみち、今日も絡まれるんだろう。




「総悟。」

「ン……。」

触るなと言っておきながらこれ。
沖田からの誘いに我慢できなくなった土方は、唇を密封するように、ねっとりと重ねてきた。
理想の土方よりも、リアルで現実的。

俺は、これを選んだ。




(好き、だったんですよ)

理想の土方さんも。
でも俺が欲しいと思ったのはこっち。
だから、しばらく会いたくない。
会ったら俺も浮気しちまう。
夢の中の土方さんと(笑)

あと他の選択肢があったら今度選んでみますかね。
パラレルワールドの俺は、どうしてんだろう。

なんて。




20,02/14
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