熱帯夜だった。

Tシャツと下着とパンツを洗濯機に投げ込んで、百円玉を三枚入れる。一気に入れると戻ってきてしまうから一枚ずつ丁寧に。次いでドアがロックされる音がして洗濯物が踊り機械音が鳴り出した。
くるくる、くるくる、それを見つめながら、帳は傍にあった古い丸椅子に腰かけた。茶に焼けた蛍光灯がやけに眩しくて、寄せられるように斑色をした蝶が室内を舞っている。

「三十分だって」
「うん」

隣に世司も並ぶように座って、手を繋ぐ洗濯物を眺めた。今ふたりは同じグレーのTシャツとパンツを履いている。適当にコンビニで買ったやつ。髪先から、汗なのか水なのか分からない液体が規則的に床に落ちて染みを作っていた。帳は隣の染みの広がりを見つめながら口を開く。

「なんで急に川で遊泳しようと思ったわけ?」
「ご、ごめんって。なんか猫が溺れてるように見えて」
「木に引っかかってる風船だったけどね」
「うん……」

真っ白でお腹みたいな風船のことを思い出す。たまに空見することはあれど、どうみても猫に思えないそれを見た時は思わず世司の顔を見てしまった。顔を見合わせたのち、ドブ臭い自分たちの服を上から下へ見たのだ。
このまま帰れば大目玉間違いなし。
世司は申し訳なさそうに行き場のない手を弄り出す。室内にクーラーはなく、古い扇風機が嫌な音を立てながら必死に首を回していた。弱風は濡れて重たい髪には届いてこない。
べたりと張り付いた前髪が鬱陶しい。

「でも猫じゃなくて良かった」
「それは僕もちょっと思ったかも」
「でも反省して」
「うぐ」

帳は世司の鼻を摘んで、俯いた顔を自分の方に向かせた。

「違うよ、濡れたことじゃなくて急に飛び込んだ事だよ。危ないから」
「うー……」
「ごめんは?」
「ごめん……」

ため息をついて手を離す。靴も靴下も脱いで素足のふたりの足跡は、砂浜のように残しては消えてを繰り返している。夏は洗濯物がよく乾くからか、あまり人は来ないらしい。外はすっかり暗くて、明るすぎるコインランドリーは空間ごと切り取られたみたいだった。
もしかすると洗濯機の音が大きすぎて、他が気にならないだけなのかもしれない。
座りながらイスを近づけて、迷子の指先を絡めとってはいたずらに遊ばせていた。指先は熱帯夜みたいにじりじり熱かった。冷えていなくてよかった、と帳は思った。
暫くそうしてじゃれ合ってから、帳は世司の腕を捕まえる。

「キスしていい?」
「……最近する前にそうやって聞くけど、なんか意図があったりするの?」

大体はその言葉の時には、既に帳は世司の瞳を捉えて離そうとしない。聞く意味があるのかと問いたいらしい。

「駄目だったらそりゃ、やめるし……」
「やめるんだ」
「まぁ」
「キスしていい?」
「……うん」

吸うように唇を重ねれば、清潔なコインランドリーの匂いに混じって泥の匂いがした。前髪の水分が世司のグレーのTシャツに染みを作っている。それだけのことが、やけに興奮した。

洗濯機から甲高い機械音が鳴って、ロックが外れる音がする。世司が弾かれたように立ち上がって衣服を確認すれば、自分家の匂いとは違った石鹸の香りが辺りを包んだ。
替えを入れていたビニール袋に、適当に畳んだ衣服を二人分入れてコインランドリーを出る。

「あっつー」
「随分遅くなっちゃったね。怒られないといいけど」
「その時は猫助けたって言お」
「ふふ、嘘つきだ」

世司が口を押さえて笑っていたので、問い詰められたらこの嘘をつくことにした。お腹みたいな風船は今日限りだが猫になる。
空を見上げれば星が爛々と輝いていた。まるでコインランドリーが遠くに点々とあるみたいに見えて帳は面白く思った。星やコンビニなんて、遠くから見たら光の粒でみんな一緒に見える。
歩くうちにぬるい風でいつの間にか髪が乾いていて、ふたりであのオンボロ扇風機の存在意義について話しながら帰った。熱帯夜だった。