6月のマーメイド



休日、細雪は様々な用事を済ませ荷物を抱えて帰る途中だった。
車道を挟んで反対側の道。
歓声と共に道に純白が広がった。パニエでふわりと膨らんだプリンセスラインのウエディングドレスは新緑に映え、鮮やかに薫風に揺れてみせる。
六月の事だった。

***

片手鍋の味噌汁がぐらぐらと湯だつ。その湯気がのぼっていく様子を、ぼーっと眺めていた。
既に出来上がっていた南瓜の煮付けをタッパーに詰め、別のタッパーに重ねた。下にはインゲンの胡麻和えが入っている。タッパーにいれる料理の品数は、段々回数を重ねる毎に増えていった。ついでに言うなら量も。
葡萄原は笑顔で感想を添え、空になった入れ物を返してくれるためにいつも多く作ってしまう。この料理の隠し味はずっと下心だ。単なるお節介だと、ずっと勘違いしてくれればいい。
自分の夕食も完成し、広いテーブルの上に小鉢を並べた。細雪の家にあるテーブルは二人用である。反対側の椅子は埃こそかぶることはないが、使われずに何年も経過してしまった。恐らく、今後も使われることは無いだろう。

「いただきます」

尚更今日はひとりの声が虚しく聞こえる。
この先ずっと一人で生きていく覚悟を、細雪はしている……つもりだ。かといってこの不毛な感情に自ら終止符を打つ勇気を持ち合わせていなかった。声を上げられない人魚の結末は一つしかないのだ。いっそ葡萄原に伴侶でも婚約者でもいてくれた方が良かったと何度も思ったことがある。この感情は大嫌いだ。それを持つ自分は尚更。
この罪悪と向き合う時、必ず思い浮かぶのは両親の顔である。細雪要の両親は一度も結婚を急かした事はなかった。過度の潔癖症や、性格上の問題で諦めがついているのかもしれない。細雪はそれが悲しくもあり、有難くもある。

「……結婚」

細雪が自分に当て嵌めて想像する時の絵はいつもちぐはぐである。今回であれば、白いタキシードを着た自分と、ウェディングドレスを着た自分だ。どちらも正解ではないような気がするし、きっとそれは両方間違いなのだ。
薫風が窓から室内に吹いて、カーテンかふわりと膨らむ。それはまるで細雪が今日見た白いウェディングドレスのようだった。