影浦雅人
副作用がもたらしたものは
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サイドエフェクト。
それはトリオン量が多い者にごく稀に持っている能力だ。
人よりも耳がいい。
嘘が見抜ける。
目の前の人間の未来が視える。
動物と意思疎通ができる。
その内容は様々だ。
自分に向けられている感情が身体に突き刺さる感覚になる感情受信体質。
それが影浦が持つサイドエフェクトの名前だ。
影浦はそのサイドエフェクトにより、人々の視線や感情に敏感だ。
そして、彼の見た目や性格から周囲の視線を集めやすい。
だからこういう人が多いラウンジに近寄りたくもないのだが…人と約束をしているのでしょうがなかった。
ソファに座りスマホを弄って待つしかない。
自分が怖がられているためか、
そこに座る人間はいなかった。
「遅ぇー」
飛んできたメールを見て影浦は呟いた。
相手は同じクラスになった村上だ。
村上はボーダーにスカウトされて他県からこっちに来た人間だ。
訓練生の中で軒並み成長速度が早く、正隊員の中でも注目されている。
なのに村上本人といえばそれを感じさせないようなマイペースな人間だ。
その雰囲気のせいなのかは分からないがいつの間にか仲良くなった次第である。
「目立つとか……絶対嘘だよ……」
前方から声が聞こえた。
メールを打ち終わった事もあり影浦がスマホの画面から顔を上げるのと彼女と目があったのはたまたまだった。
思えばその時、気づけば良かったのかもしれない。
周囲からたくさんの感情が突き刺さる中、
その人間からは全く感じなかった事に……。
「んだよ」
影浦の言葉に一度首を傾げ、何か思いついたのか彼女はそのまま近づいてくる。
自分と同じ学校だというのは、彼女の制服姿で分かった。
だけどそれだけで顔を見ても思い出せないことから知り合いでさえもないのだろう。
別に睨んでいるわけではないが、
影浦の目つきの悪さは初対面の女子には怖いはずだ。
実際怖がられる事が多い。
だから怖がりもせずに近づいてきた彼女をまるで珍しいものを見るかのような目で見ていた。
「あの、鈴鳴支部の人見ました?」
「アァ?鈴鳴?」
「はい、えっと…ここで待ち合わせしてて。
高校生でなんかこうぽけーっとしてそうな…こう、大らかというか…マイペースそうな…」
どうやら彼女は自分と同じように人を待っているらしい。
しかし、誰を探しているのか分からない要領が得ない特徴に、
本当に人を探しているのかと疑いたくなる。
会えなくて困っているのかもしれないが、
知らない人間の世話をする義理はないと、影浦が知らないからよそに行けと言おうとしたところである。
影浦が待っていた人間がやってきたのは――。
「カゲ、遅くなってごめん」
「遅ぇーぞ鋼」
「鋼くん!」
二人して声が揃う。
それに影浦と彼女はお互い顔を見合わせた。
「アキ!ここにいたんだ」
そして村上のこの発言により影浦は彼女…アキが探していたのは自分が待っていた村上だということを知る。
一体どういうことなのかと村上に詰め寄ろうとして影浦はアキにまじまじと見られていた事に気づいた。
それは影浦にとっては驚きだった。
自分のサイドエフェクトは、向けられている感情が突き刺さってくる面倒なものである。
人に感情がある限り刺さらない事などありえない。
だから気付かないというのはありえない事なのだ。
「鋼くんが言ってた友達って」
「…なんの話だよ」
「この子は神威アキ。鈴鳴支部所属で俺の幼馴染なんだ」
アキは村上の幼馴染で、
ボーダーに一緒にスカウトされ転校してきてらしい。
当然の事ながら知り合いなどいるはずもなく、
村上とクラスが違うため心細いだろうと思い、紹介したとの事だった。
仲のいい幼馴染にある、好きなものは共有したいというやつだ。
…少し過保護ではないだろうかと突っ込みたくなる。
逆にアキといえば、自分の幼馴染が是非会って欲しいという程に仲良くなった相手だ。
そんなに言うなら……という感じだった。
この温度差が分かる者はこの場にはいないだろう。
「そんだけのためにわざわざボーダーまで呼びつけたのかよ」
「アキが学校はヤダって言うから」
「当たり前でしょ。
幼馴染のとこに行けるわけないもん!」
「そんなことないと思うんだけどな」
「恥ずかしいから絶対止めてよ」
「こんな感じなんだ。ごめんなカゲ」
「ごめんなさい、えっと…カゲさん?
鋼くん昔からマイペースで」
村上とアキの視線が影浦に向く。
しかし刺さるものは村上からのだけで、
アキからは何も感じなかった。
その不可解さに影浦はアキをじっと見る。
対するアキはそんな影浦の疑問を知るはずがなく、
なんでこんなに見られているのだと目返す。
それは睨んでいるように見えたのだろう。
村上が少し苦笑して注意する。
「アキ、あまり見てやるなよ」
「おい、鋼」
「悪いカゲ。アキも悪気があるわけじゃ……」
「こいつは何だ?感情が刺さってこねぇ」
影浦の言葉を分かったのは同じサイドエフェクトを持つ村上だけだ。
「カゲのサイドエフェクトって、
受信しないヤツもあるのか?」
「知らねーよ。
このちんちくりんが初めてだ」
「…ちんちくりんって……!
鋼くんこの失礼な人本当に友達なの!?」
「あぁ、友達だ」
「るせーな、喚くな。
鋼はそのむず痒いの止めろ」
「何言ってるのこの人!」
「あぁ、カゲはサイドエフェクト持ってるんだ」
それがきっかけで再検査された。
アキは自身に向けられるサイドエフェクトを無効化にするというサイドエフェクトを持っているらしい。
そんな事を言われても特に何かを感じるでも、分かるでも、変化があるわけでもない。
実感できないのにサイドエフェクトがあると言われてもアキは全く反応できない。
その時アキは知ったのだが、
村上以外にもサイドエフェクトを持つ人間もいて能力もいろいろあるらしい。
そして影浦がもつサイドエフェクトの事を知り、
あの時の会話の意味を理解した。
サイドエフェクトは便利なものだという認識だったが、そうでない事も知った。
だからどうなるということもなく、なんだかなーという気持ちだった。
同じように影浦もアキの能力が判明して納得した。
それで、アキは村上の幼馴染でボーダーやってる奴という認識で終わる予定だった。
アキにとっては何の役にも立たないし変化もないサイドエフェクト。
しかしこれはサイドエフェクト持ちからしてみるとそうではない。
影浦にとってその効果は良くも悪くも絶大だった。
今まで他人の感情をそのまま受け止めていた影浦が初めて受け止めなくてもいい状態が存在するのだ。
不便なサイドエフェクトとは一生付き合わなければいかないと諦めていた影浦は、
周囲がいう普通を味わうことができたのだ。
それがどんなに平和なことか。
アキが影浦に対してどんな感情を持とうが関係ない。
元から他人を気遣う性質ではないが、サイドエフェクトが反応しないから気が楽だった。
ただ難を挙げるとしたら、
彼女が元気なところと突っかかってくるところだろうか。
後者の行動の原因は影浦のデリカシーのなさが招いた事だが、
影浦はそんなもん知ったことではないといった感じなのでこれが解消される事はないだろう。
「カゲ。
……カゲ!!」
アキが呼ぶ。
それに影浦は振り返った。
「なんだよ」
「なんだよじゃないよ。
呼んでいるのにどうして気付いてくれないの!?」
「は?お前の声が小さいだけだろうが。
ただでさえお前は気付かないんだからもう少し主張しろ、ちんちくりん」
「ちんちくりんじゃありませんー。
それに、大きな声で呼びました。
カゲこそ、もう少し周りを気にしたらどう?
だから気付かないんだよ」
「なんでお前のためにそんな気遣いしなくちゃいけねぇんだ」
「別にいいじゃない!
…一人くらいそういう人いても」
「んで、何の用だ」
「あたし正隊員になったの!
だからお祝いして」
「正隊員くらいで騒ぐな」
「えー折角頑張ったのにぃ」
頬を膨らませるアキを横目に影浦はため息をつく。
「鋼が言った通りじゃねぇか」と呟くも、
幸か不幸かその声はアキの耳には届いていない。
「カゲのけち」
「るせぇ!」
影浦は言うと何かを放り投げる。
反射的にアキはキャッチする。
手のひらを開いてみると、キャッチしたのは飴玉だ。
「光から貰ったからやる」
「それって光ちゃんからのプレゼントじゃないの!」
「いらねぇなら返せ」
「…いる」
不満そうにしながらもアキは貰った飴玉の袋を破りそのまま食べた。
「今、食べるのかよ」
ぶっきらぼうにはき捨てられた言葉。
だけど少し影浦が笑っているのを見て、
アキは少しだけ嬉しかった。
「甘酸っぱ」
副作用がもたらしたものは
甘酸っぱくて小さな想い――。
20160427
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