影浦雅人
あなたを想う人


影浦雅人はボーダー隊員であり、
感情受信体質というサイドエフェクトを持っている。
自分に向けられる意識や感情が肌に刺さって感じる…戦闘面ではまぁまぁ便利だが、
日常生活において不便でしょうがない能力である。
特に負の感情はえげつない刺さり方をするので、苦痛でしかない。
何度それに苦しめられたか…いちいち数えてられないので分からない。
そしてこの日、いやこの日まで影浦は大変な日々を過ごしていた。
感情がいつも以上に刺さるのだ。
しかもそれは慣れている負の感情というものではなく全く正反対のもの。
なんだかむず痒いものがたくさん刺さり、それはそれで苦痛なのだ。
痒さで死ぬのか恥ずかしさで死ぬのかは分からない。
「もういい加減にしろ」と叫んだところ「誕生日まであと少しなんだから待ちなよ」とアキに返された次第である。
我慢してではなく待てというのにも些か不満を感じるが、
アキと仲良くなったのが運の尽きだ。

「今年はサプライズ用意しているから!」
「いらねーよ。
っていうか、サプライズなら口に出すな」
「だってカゲ、何か企んでいたら気付くでしょ?」

確かに影浦のサイドエフェクトの性質上、
何か企んでいますよーというのは伝わるので完全たるサプライズはできないだろう。
それは勿論分かっている。
だから敢えてバラすのである。
まぁ、内容までは影浦も読み取れないので、
中途半端にバラされてやきもきする部分だろう。

「今年は何があるかドキドキしてて」
「ふざけるな。ニヤニヤして気持ち悪いんだよ」
「私はニヤニヤしてない!」
「犬飼と当真がしてきてうぜぇ」
「それ、私関係なくない?」
「お前もアイツ等と同じヤツ飛んでくるから同じだ」
「なら問題ないよ」
「大有りだって言ってるだろうがっ!」

これが今日を迎えるまで行われていた事だ。
影浦隊の隊員達や友達がそれぞれ似たようなものを飛ばしてくる。
むず痒くて仕方がない。
今日まで我慢できた(一度は耐えて結局噛み付いた)自分を讃えたいくらいだ。

しかし本題はここからだと言ってもいい。
何せ今日は影浦の誕生日。
今まで突き刺さる感情の全てはこの日の為と言っても過言ではない。
…主に飛ばしてきていたのは影浦隊のメンバーと同級生だ。
そして今、それが遠慮なく突き刺さってきている。
なんとなく予想はしていたが、
影浦が自身の隊の作戦室に入った瞬間鳴り響いたクラッカーの音と、
おめでとうの言葉にむず痒くて動きだしそうな身体をぐっと抑える。
しかし一番最初に彼のもとに駆け寄ったのが犬飼だったため、
抑える事を止めた影浦は遠慮なく犬飼を蹴る。

「カゲ、酷くない?
誕生日を祝う人間を足蹴りにするなんて」
「るせぇ、気色悪ぃーんだよ」
「…そうか、気持ち悪いのか」
「鋼、気にするな。カゲの奴照れてるだけだろ」
「照れてねーよ」
「そうそう、カゲは不器用なだけでこれは照れてるだけだから」
「ゾエさんカゲさんを煽ってどうするの」
「そういう時はコイツがいるだろ?」
「ちょっと当真。
私を男連中の中に放り込むの止めてよ。
乱闘になって巻き込まれたらどうするの」
「いくらカゲでも生身の女殴らないだろ」
「はっ。なんで俺がアキを女扱いしなくちゃいけねぇんだ」
「カゲー私の顔見てもう一度言ってみようか」

影浦の誕生日を祝うための集まりのはずが、
いつのまにかいつものおふざけの延長になる。
ここにいるメンバーは影浦の性格を知っているから、
どんなに彼が乱暴な態度や言葉を使っても、
気にすることはない。
北添達が言うように彼の照れ隠しという奴なのだと皆、認識しているのだ。
影浦のサイドエフェクトがそれを拾い上げてしまい、
自身の身体に突き刺さって来るのだから、
やはり影浦からしてみれば蛇の生殺しに近い状態だった。

「おーここがかげうら隊の作戦室かー」
「空閑ァ?なんでこいつがいるんだ?」

急に現れたのは遊真だった。
扉をノックしたらしいが、いつも以上に盛り上がる作戦室にその音は誰の耳にも届かなかったらしい。
仕方なく入ったと事実を告げる遊真に苦笑はしつつも、
見た目が幼い為、影浦の舌打ちのみで許された。
それを見て嬉しそうに答えたのはアキと仁礼だ。

「うちらが呼んだに決まってるだろ!?」
「そうそう、カゲ空閑くんのこと気にいってるみたいだし絶対に呼ぼうと思ったんだ」
「おぉーかげうら先輩はおれのこと気に入ってくれているのか!
有り難きシアワセというやつだな」
「気にいってねぇよ」
「ほう」

遊真がにやりと微笑む。
口にはしていないものの、どうやら遊真が持つ嘘を見抜くサイドエフェクトは影浦の言葉に反応したらしい。
遊真の表情を見て、アキと仁礼はしたりと口元を緩ませた。
傍から見て、彼女たちのその表情は悪人ヅラだ。

「やっぱり呼んで良かった」
「呼んだのお前か」
「うん。神威先輩がかげうら先輩の誕生日のお祝いをするから来てくれと一週間前に招待サレマシタ。
サプライズだからかげうら先輩に気付かれないよう様にと言われたから、
この一週間ランク戦我慢して本部には立ち寄らなかったぞ」
「後輩に無理強いすんなよ」
「だから言ったでしょ。
今年はサプライズ用意しているからって」
「ふざけんな」
「ふざけてないよ。
ねぇ、空閑くん?」
「うん。おれもかげうら先輩お祝いしたかったから無理してないぞ。
上手くいってなによりデス」
「おぉー空閑くんいい子!」
「けっ」
「あ、カゲ照れた?」
「照れたっていうより寧ろデレたんじゃねぇ?」
「お前らマジでウゼェ」


影浦が弄られるところなんて滅多に見られない。
言葉や態度は相変わらず乱暴だが、
苛々しているようには見えず…なんというかいきいき?しているように見える。
それも、影浦の誕生日を祝う人がこんなに集まっているからか。
なんだか楽しそうで良かったとアキは思った。

「なんだよ」

急に影浦がアキに声を掛ける。
あの喧騒の中、まさかこちらに意識を向けてくるとは思っておらず、
一瞬びっくりした。

「どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ」

サイドエフェクトが何かを受信したのだろうか。
でも影浦が楽しそうとか、皆を呼んで良かったとか、
そういう気持ちしか思いつかない。
しかし、敢えて口にするなら――…
言葉は一つしかない。

「お誕生日おめでとう、カゲ」




今年は、あなたを想ってくれる人がこんなにいます――。

影浦は何か物言いたげな顔をして、
顔を逸らした。


20160604


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