影浦雅人
消失した恋
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「カゲくん、また喧嘩したの?」
「るせーよ」
そいつとちゃんと話したのはクラスが同じになってからだ。
神威アキは俺と同じボーダーのA級部隊に所属している隊員だ。
ポジションが違うせいか、本部で話す事はほとんどない。
それはクラスが同じになって話をするようになった今でも変わらねぇ。
アキと話すのはボーダー本部よりもクラスの方が多くて、
クラスよりもメールのやり取りをする方が多かった。
仲がいいかと聞かれたらいい方だ。
アキとの距離感は程良くて心地よかった。
突き刺さる感情も悪意なんてものはなく、
俺に向けられるのはゾエや鋼と同じ、少し優しいやつだった。
「カゲくん、聞いて。
わたしのとこ遠征に選抜されたの」
「んなの、知ってる」
ボーダーで秘密裏に行われている遠征は、
A級部隊と一部の隊員しか知らない。
俺も同じA級部隊だ。
その存在が知らないはずはなかったし、
どこの隊が遠征に選抜されるかも知っていた。
そしてこいつが遠征に行く目的がなんなのかも知っていた。
アキは近界民に攫われたヤツを助けたくて、
必死で強くなっていったのを俺は知っていた。
「わたし暫くいないから、ちゃんとノートとっておいてよ」
「そんなん鋼に頼めよ」
「えー。カゲくん知ってた?
わたし戻ってきてから一週間後テスト。
カゲくんも勉強しなくちゃいけないし丁度いいでしょ?」
「知らねーよ」
「いいから。
ちゃんとわたしに教えてよね」
教室内で交わされた言葉。
いつもボーダーの事を外で話さないアキが、初めて話した言葉。
突き刺さってきたのは緊張と嬉しさ。
初めての遠征でアキの目的が達成できるかは分からねー。
見つかるといいななんて言えなかったのは、
アキに変な希望を持たせたくねーとかそんなんじゃなかった。
俺が言いたかったのは……
「ちゃんと帰ってこいよ」
「うん、行ってきます」
それがアキを見た最後だった。
*********
ランク戦ブース内。
純粋な疑問を投げかけてくるチビに目を向けた。
玉狛って言えば次のランク戦での敵だったか。
「B級上がりたてでもう上位入りたあ、なかなか必死じゃねーか。
さてはおめーら遠征狙ってるクチか?」
その言葉で飛んできたのは肯定の感情だった。
相手が子供だから飛んでくるものは素直だ。
…俺のサイドエフェクトの事を知らないから、
余計にそうなのかもしれねーが。
こんなチビが遠征を目指す理由……
「どした?
好きな女子でもさらわれたか?」
「知りたきゃ心を読んでみなよ。
そういうサイドエフェクト持ってるんでしょ?」
見た目から想像できないような冷静な態度の中にある、挑発的な視線。
俺のサイドエフェクトをどう聞いたかは知らねーが、
少し混じっている期待の感情に、
思わず舌打ちをした。
「俺のクソ能力はそんな便利なもんじゃねーよ。
帰るわ」
子供のくせにとても静かな感情だった。
それでもこのチビが遠征を目指しているのは本当らしい。
こいつの理由はどんな理由か興味はねーが、
ふとアキの顔を思い出した。
「俺らははっきり言って遠征なんざどうでもいい、
俺らより弱えーやつらを上に行かせるつもりもねぇ」
俺より弱いアイツ…
俺らの隊よりランクが下だったアイツの隊は、
遠征に行ってそれっきりだった。
「Aに上がりたきゃ俺らに勝ってから行くんだな」
イライラした。
俺らより弱いヤツが遠征に行こうとしているのが、
見ててイライラした。
思い出したのは、あの時最後に見たアキの顔。
アイツは笑顔で、俺に『行ってきます』と言っていた。
…あの時の俺はアイツを送りたいわけではなく、
一緒に遠征に行きたかったわけでもなく、
ただ、アイツが遠征に行って欲しくなかった。
アイツが自分の大事なヤツのために遠征に行こうとしているのを知ってて、
俺が言いたかったのは…
無事に帰ってこいとか、
大事なヤツのために遠征に行って欲しくないとか、
そんなもんじゃなくて……
俺が言いたかったのは…
――アキが好きだ。
一緒にいてえと思った。
だけど、好きなヤツのために遠征目指して頑張っていたアキには言えなかった。
…言う事ができなくなった言葉だ。
「胸糞悪ぃ」
俺らより弱いヤツを行かせるか。
こんな思いをするのは俺だけでたくさんだ!
20160808
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