影浦雅人
悪戯先


「トリックオアトリート」

そう言って後ろから抱き着いてきた男に、
アキは有無を言わさず目の前に飴玉を出した。

「これあげるから離れて」
「うわっ、準備よすぎでしょ」
「ゾエに渡されたのよ。魔除けだって」
「うわ、ゾエ酷すぎ」
「的得ているだろ。
犬飼離れてやれ」
「ちぇー荒船はアキの味方?」
「お前等が付き合っていればそんな事しねーよ」

荒船の言葉でも離れようとしない犬飼に、
実力行使だと二人を引きはがしてくれたのは村上だった。
この二人がいるのは実に有難い。
なんていったって今は影浦も北添もいないからだ。
影浦は補習で遅れる事が分かっている。
北添もその付き添い(見張り)となっていた。
夜からは一緒に防衛任務があるのでそれまでアキは本部で待機していた。
…それにも限度があり暇だからと歩き回った結果、
冒頭に至る。

「荒船くんと鋼くん、助かったわ」
「アキ酷くない?
少し前は構ってくれたのにさー」

まるでアキが悪いみたいな言い方をするが、
不思議と嫌悪感はない。
コミュニケーションの塊である犬飼は人懐っこく、
アキの中で弟キャラに部類している。
スキンシップをよくしてくるが悪い人でない事は知っている。
アキは犬飼と仲が良いし、
彼が言うように今までだったら犬飼のスキンシップに軽く付き合うくらいはしていた。
それが仇になったのだろうか…と少しだけ反省している。
荒船が言った通り二人は付き合っていない。
そしてアキには現在、彼氏がいる。
その身で他の人と過度なスキンシップはしないようにしている。
相手に悪いし、それにまだキスどころかハグだってしたことがない。
それなのに他の人とは…と思うところがあるのと、
アキの彼氏が個人的に犬飼の事を気に入らないというのが理由だ。
皆は既に知っているが、あえていう。
アキの彼氏は影浦だ。
スキンシップどころか犬飼と話したりするだけでも嫌な顔をしている。
どうしてそこまで犬飼の事が気に入らないのかは知らない。
露骨に嫌そうな顔をしている影浦を目の前にしても、
フレンドリーに接してくる犬飼は強者だ。
一方通行な矢印に少しだけ同情するが、
それとこれとは別だ。
犬飼はわざとらしくぶすくれているだけだ。

「お前もいい加減にしとけよ。
あ、神威、ゴミついてるぞ」
「ありがと」

言うと荒船はアキの頭に手を伸ばす。
その隣で犬飼が荒船狡いなんて言うせいか、
なんだか頭を撫でられたかのように錯覚する。
相手は犬飼ではないので違うだろうが。

「えっと――…」
「どうしたの鋼くん?」

何を考えているのか唸る村上に声を掛けるが、
村上は何だか視線が泳いでいる。
分からないなーと何故か呟かれてアキは首を傾げるしかない。

「トリックオアトリート」

少し待つと律儀に村上がハロウィンの台詞を言う。
その後、頬を引っ張られた。
もしかして律儀にイベントを実行しようとしたのかとか、
今一生懸命悪戯を考えていたのかと思うと、自分より大きい少年が可愛く感じる。
お菓子を渡す前に悪戯されたが、
可愛いから許そうとアキは内心思った。

「村上も狡くない?
抱き着くのはダメだけど頭と頬はいいわけ?」
「抱き着くのと頭触るのと頬を引っ張るのは次元が違うから」
「えー」

言うと犬飼がアキの空いている方の頬を、
村上がやっているように引っ張る。
何をしたいんだ此奴はとアキが睨んでいた時、
犬飼の視線が動いたのと村上の手が離れたのは同時だった。
村上は嬉しそうにカゲと口にした。
言葉通り、アキの彼氏のご登場である。

「テメェら俺がいない間に何してんだよ」

それを合図に犬飼が思いっきりアキの頬を引っ張った。

「痛い…!」
「あ、ごめんごめん」

アキは頬を抑えた。
犬飼がワザとなのは分かっている。
アキが抗議の声を上げる前に影浦が声を上げた。

「いい加減にしろよ」
「やーん、カゲ怖い〜」
「カゲ落ち着けよ、犬飼だって悪気があるわけじゃないんだ」
「るせーよ」

言うと影浦はアキの手をとり引っ張る。

「ちょっとカゲ!?」
「行くぞ」
「カゲ〜ゾエさんたちこの後任務だよ」
「五分前に連絡よこせ」
「はいはーい」

通り過ぎる瞬間、影浦と一緒に来たであろう北添が手を振る。
呆気に取られたその流れで、
他のメンバーも見れば各々の表情で見送られていた。
一体どういうことなのかアキは理解ができない。
「アイツ等マジでうぜぇ」と影浦が呟いたのを聞いて我に返る。
アキが連れて行かれた先は仮眠室だった。
そのうちの一つに二人は入った。

「カゲ、この後防衛任務なのになんで仮眠室?」
「他のとこじゃ邪魔だろうが」
「何が?」

言いたいことがあるなら作戦室でもいいじゃないかとアキは思った。
それだけ影浦がアキを見る目は鋭い。
だから何か小言の一つや二つ飛んでくるのだと思っていた。

「何抱き着かれてんだよ」
「…見てたの?」

最初から見られていたとは思わず、
アキは口をポカーンと開けた。

「アイツには気を付けろって言っただろう」
「見てたなら知ってるよね。あれ、不可抗力」
「油断しすぎだろ」
「もしかしなくてもカゲ妬いてる?」
「るせーよ」

影浦はアキの頭を押さえつけた。
照れて顔を見られたくないのかなとアキは思ったが、
どうやらそれだけではないらしい。
上から「これは荒船の分」という言葉が聞こえた。
影浦が今度はアキの頬に触れる。
そして「これは鋼の分」と口にする。
あの時三人に触られたとこを言っていると気付いた時、
この流れでいけば影浦は抱きしめてくれるのではないか。
手を繋いだり一緒に過ごしたりするだけじゃ足りない。
もっともっと近くにいて触れ合いたい。
アキは少し期待してしまう。
影浦と視線が絡み合う。
少し見つめ合って影浦がアキの頬を引っ張った。

「痛ーい!」
「バカ。そんなの向けんなよ」
「照れなくてもいいじゃない!
カゲのケチー」
「ケチじゃねぇよ。
人の気も知らねぇで…」
「カゲは私の気持ち知ってるんでしょ?」
「だから性質が悪ィんだろうが。
大事にしてぇのに、そんな期待されたら歯止めきかねぇだろ」
「そんな事気にしてたの?」

アキは安堵した。
手を出してくれないのは自分に魅力がないのかと思ってしまっていた。
影浦に触れたいのは自分だけなのかと思っていた。
でも違う事が分かった。
そこから導き出した結論を影浦はきちんと受け取ることができただろうか。
…アキは思うよりも行動する事にした。
アキは手を広げる。

「私はカゲに滅茶苦茶にされても大丈夫。
っていうか、カゲになら何をされてもいいし、嬉しい」
「そんな恥ずかしい事言うなよ」
「言わなくても伝わってるんでしょ?」
「…ちっ」

影浦は観念した。
我慢するのを諦めた。

「覚悟しろよ」

影浦はアキを抱きしめる。
それに応えるようにアキは影浦の背中に手を回した。
至近距離で見つめ合うだけでお互いの息がかかって熱い。
そして気づけば唇を重ねていた。
角度を変え、何度も何度も求めあうように。
影浦の手がアキの腰の方へ移動する。
そして――…
影浦の携帯が鳴った。
その音に現実に戻される。
舌打ちをした影浦を見てアキは笑う。
先程までが嘘のようだ。

「るせーよ」

アキに向けられた意識を正しく汲み取た影浦は言う。
その顔は少し可愛らしい。
アキが思っている事を受信した影浦は悪態をつく。

「後で覚えてろよ」

その言葉にアキは嬉しそうに微笑んだ。


20161020


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