ボーダー級エイプリルフール
嵐山さんには通じない


「嵐山さんだ」

別に大きな声を出したわけではなかった。
ごく普通に、呟きレベルの声量だったのだが、流石トリオン体。
普通の倍の身体能力を持っているせいか、
アキの声を拾ったらしい。
別に呼び止めたわけではないのに律儀にもアキの前にやってきて挨拶をしてくれるのはボーダー隊員でも数少ない。
「神威さん、今から本部に行くのかい?」
「はい、嵐山さんは広報…ではなく防衛任務ですか?」
「そうだよ」
爽やかな笑顔で答えられる。
「嵐山さん今日も追っかけられたのか?」
「ネイバーか?今日はまだ見てないぞ」
「そっちではなくて人間の方。
嵐山さんかっこいいから女の子にキャーキャー言われているって」
「はは、別にエイプリルフールだからってわざわざそんな嘘言わなくていいぞ?」
佐鳥が言ってたと続くはずだった言葉は嵐山本人に遮られる。
あれ、この人無自覚?
不安に思って聞いてみるとボーダーだから皆声援を送ってくれているだけだと純粋な返事が返ってきた。
それも間違ってないだろうが大半は嵐山隊ファンだとアキは認識している。
「嵐山さんの彼女になろうとする人は大変ですね」
「俺、彼女いるぞ」
「嵐山さん、分かりやすい嘘ですね」
「本当本当。ほら」
言って嵐山は携帯を取り出す。
彼女の写真を見せてくれるのだろう。
とりあえず見てみるとそこに写っているのは嵐山の愛しの妹が写っていた。
「妹か。嵐山さんはぶれないですね」
「嘘をつくって意外と難しいよな」
お互い顔を見合わせて苦笑する。
一層のこと嵐山は嘘をつかずこのまま純粋な大人を目指してほしい。
そしてダメな大人たちを正してほしい。
アキは内心思った。この時までは。

嵐山の携帯を見てふと思いついたネタがあったので、そういえばーとアキは口を開く。
「先月返事もらって付き合うことになったんですよね副君と」
アキの言葉に嵐山が固まった。
流石に分かりやすい嘘だったなと思ったアキだったが、それにしては嵐山の反応がおかしい。
「嵐山さん?」
「神威さんだったのか…!」
「え、何が?」
「バレンタインの時、副がチョコを持って嬉しそうにしてたんだけど、そうだったのか…神威さんに貰ったのか!」
バレンタインだからチョコ貰ったら嬉しいと思うのだが、
どうやらその時の様子と今のアキの言葉で嵐山の中で一つに繋がったらしい。
これはもしかしなくても不味い展開なのではないかとアキは思った。
「神威さんなら安心して副を任せられる!
まだ頼りないとこもあると思うがよろしく頼む」
「いや、そんな」
「家にはいつ遊びに来るんだ?
挨拶はいつ来る!?」
「いやいや、いろいろ飛びすぎ」
本気で喜んでいる嵐山に罪悪感通り越して危機感しかない。
エイプリルフールの流れからどうしてここで信じるのか理解できないが、それよりもここを脱出しないとヤバイ。
「嵐山さん、盛り上がってるとこ悪いがこれは嘘で――」
「恥ずかしがらなくてもいいぞ!
休みなのに珍しく副も早起きしてたし、もしかして今日はデートか!?」
「すみません嵐山さん、許してください」
「確かにびっくりしたけど頭を下げなくてもいいんだぞ?」
何を言っても嵐山の都合のいいように言葉が解釈されていく。
もうダメだ。
何もしゃべらない方がいいのではないかとも考えたが、
黙ってても嵐山の想像が暴走していくのは明らかだ。

アキは苦肉の策をとることにした。
後で謝ろうと思いながらもとりあえずここを逃れなければ…
そうだ、これは時間が解決してくれる。

「そういえば佐鳥も佐補ちゃんに告白したとかどうとか…」
「何!?賢が!!?」
意識を逸らす事に成功した。
頑張れ、もうひと押し。
「それで今日返事を貰うとかなんとか…」
「そうか。よく教えてくれたな。ありがとう」
嵐山のアキに向ける顔は爽やかだ。
だがその後の賢のところに行ってくると言った時の雰囲気は先程と違ってなんだか怖い。
あれだ、娘を嫁にやる父親みたいな感じの怖さ。
弟と妹ではこうも反応は違うのか…とアキは思ったがそれよりも、だ。

「佐鳥すまん」

ここにはいない佐鳥に謝る。
今度売店のパンを奢ろうと心の中で約束した。

嵐山には二度と兄弟ネタはやらないことをアキは胸に深く、深ーく刻んだ。


20150403


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