影浦雅人
WhiteLine
[ 9 / 16 ]
「…くそ」
全校生徒の視線が集まり、
影浦は舌打ちした。
恥ずかしいとかそういうレベルではなく痒くて痒くてしょうがない。
隣を見れば当事者であるアキは実に満足そうな顔をしていた。
理解できない。
寧ろお前が一番恥ずかしい奴じゃないのかと影浦は思った。
それを言いたいが言える雰囲気でもない。
何せ今は体育祭の最中で、
影浦とアキがいるのはグランド。
全校生徒どころか先生、保護者にまで注目され、
影浦は頭が痛いし突き刺さる視線で痛いし、
此奴マジで意味分からねぇ…とアキに対しての意識と、
そしてこの後の自分の未来を想像して、どうすればいいのか全く分からなかった。
――事は数分前に遡る。
影浦は人混みが好きではない。
自身が持つサイドエフェクトとは関係なく、だ。
だけど学校にボーダーと組織にいる限り共同生活は嫌でも強いられる。
そこは仕方がないと割り切ることはできる。
向けられる意識にいちいち反応していたらきりがないのだ。
それだけ長年自身のサイドエフェクトと付き合ってきた。
影浦は見た目が災いし悪意を向けられることは多々あった。
変な話、悪意による突き刺す痛みに慣れてしまったのだ。
不愉快ではあるが、向けている当人たちは影浦の体質を知るわけがない。
だから一度は我慢するようにしている。
それでも相手が悪意を向けるようならそれ相応の対応をするだけだった。
そんな影浦でも慣れない意識があった。
それが好意というものだ。
北添をはじめとし、
仲のいい友達はいるがその厚意とは少し違う。
それはむず痒い上にどう対処したらいいのか全く分からない。
かなり持て余していた。
そしてどうしてそういう話をしているのかというと、
現在進行形で影浦にそういう好意を向ける人間がいるのだ。
それがアキ。
何の冗談だと言いたいくらいの天真爛漫な人間だった。
自分のどこに惹かれたのか分からないが、
アキは影浦の事を好きで、それを公言していた。
そしてアキのそれに対応せず適当にかわす影浦というのが周囲の認識で、
三年生の間ではアキの一方通行は有名な話だった。
事実は影浦がどうすればいいのか分からなかったから相手にしなかったというところだが、
今思えばそれが今回の件を引き起こす要因になっていたのだろう。
事件は体育祭当日。
自分がでる競技も終え、穂刈と村上と一緒に応援席で寛いでた時だった。
これも祭りに部類されるのか、
祭り好きの穂刈が急に話を振ってきた。
「神威とはどうなっている。告白されたんだろう」
何故そんな話題になるのか分からない。
反論しようとしたが妙にハイテンションな穂刈は珍しく相手にしゃべらせる隙を与えないくらい饒舌になっていた。
「可哀想だぞ、いい加減に返事しないと」
「あぁ?俺にその気はねぇって」
「言ってないだろう、一言も」
「対応見てれば分かるだろうが」
「カゲは優しいからそういうことははっきりさせるだろう?」
「鋼、お前俺のことどう思ってんだよ」
気持ち悪ぃと吐き捨てた影浦に村上は笑う。
何とも言えないそれに影浦は反論せずそっぽを向いた。
彼等からするとそれが答えのようなものだが、
もう少し温かく見守る方向で行くかと穂刈と村上は思った。
「噂をすれば神威出てるぞ」
村上の言葉に二人はグランドを見る。
今は借り物競争でアキが一生懸命走っていた。
コースに置いてある紙を拾うとアキはキョロキョロ辺りを見回した。
その時、何故か身体に刺さる感覚がした。
誰かが自分に意識を向けている。
…このタイミングで感じたそれに影浦は嫌な予感しかしなかった。
アキは探しているものを見つけたのか、
満面の笑みで走っている。
「走ってくるな、こっちに」
穂刈の言葉通りアキはこちら側に走ってきていた。
アキが近づけば近づく程影浦の身体に刺さる感覚に鋭さが増す。
「影浦くん!お願い来てっ!!」
「は?」
影浦の返答を待たず、アキは影浦の腕を掴む。
抵抗する間もなく穂刈と村上にどんなお題が書かれていたか知らないけど行ってやれよと背中を押した。
確かにプライベートなら拒否権はあるかもしれないが今は学校行事。
半ば強制的なとこがある。
腑に落ちないが影浦はアキに引っ張られるままついていくしかなかった。
この借り物競争。
スタートしてコース途中に裏返しで置かれているカードに書かれているお題を探し出し、
それを持って走ってゴールするというどこにでもあるルール借り物競争だ。
勿論競技者がちゃんとお題を達成しているか判定するために、
引いたお題を公表するために中間地点にあるマイク前に行き発表する。
お題が達成していればそのままそれを持ってゴールまで走っていき、
達成していなければもう一度探さなければいけないのだ。
アキは影浦を連れマイク前に行く。
そして照れもせずはっきりと言ったのだ。
「わたしの好きなものです!!」
賑わっているはずの体育祭が一瞬にして静まり返った気がした…。
そして次の瞬間、
おぉ〜という歓声と囃し立てるような声と同時に、
影浦の身体に視線が突き刺さる。
ヤバイ、恥ずかしい…。
普通ならそうなるが影浦のサイドエフェクトによりそれどころではない。
好奇な視線や微笑ましさだったり、
からかいだったりと、いろんなものが突き刺さりそれどころではないのだ。
隣にいるアキは言ってやったぞと誇らしげだ。
アキの様子に判定する係の人間もどうすればいいのか分からなかったらしい。
影浦に同情と頑張れという応援の意志が飛んできて、
正直ほっとけと影浦は思った。
そして恐らく気をきかせてくれたのだろう。
「好きなものですね。そのままゴールへ走ってください」と言ってくれた。
否、言うしかなかった。
その言葉を聞いてアキが嬉しそうに言う。
「影浦くん、聞いた!?OKだって!!」
自分の好きな人だと認められて嬉しいとアキがダイレクトに影浦に対して意識を投げつけた。
そしてその中に混じっている期待。
アキはこの後返事を貰おうとしているのだという事も分かった。
今まで保留にしていたツケなのか。
はっきりと言えなかったそれを伝えないといけないのだという状況を作り出されてしまったのだ。
ここでちゃんとしなければいけないのは分かっている。
しかし影浦は何と言えばいいのかと悩んでしまう。
何せそれは今まで自分の口で告げたことのない言葉だ。
「…くそ」
影浦は呟いた。
言いたいのはもっと違う言葉。
アキに引っ張られ二人はゴールのテープを切った。
20161030
<< 前 | 戻 | 次 >>