影浦雅人
アオハル


「お、カゲこんなとこにいた」

アキは臆することなく俺に近づいて手を伸ばす。


――きっとアイツは知らない。
その行動で俺がどれだけ救われたのか――。


「また、一方的に因縁つけられたのか?」
「るせーよ、てめぇこそ俺と一緒にいたら誤解されるんじゃねぇのかよ」
「はは。俺は事実だし別にいいんだ」

アキは俺の手を無理矢理取ると身体を引っ張った。
仕方なく俺は立ち上がる。

「カゲは見た目で損してるよな」
「アキは一応女なんだから女らしく付き合う奴選べ」
「一応は余計だ。
それに俺が誰と付き合おうが関係ない。
ってか、カゲ見た目通り荒っぽいだけで全然素直だろ。
周りが見る目ないだけだ」

「るせーよ」


――きっとアイツは知らない。
その言葉で俺がどれだけ救われたのか――。


ただその日は、
清々しい程の青空だった気がする。



**********



「あれ、アキちゃんじゃない?」

ゾエの言葉に俺は視線を向ける。
確かにそこにはアキがいた。
傍には見覚えのない奴の姿もある。
「誰だろうにあれ」と心配そうに呟いたゾエに俺は頭を掻いた。
そんな気にしなくても分かってるっつうの。

「アキー」

俺は少しだけ声を張り上げた。
ちゃんと聞こえた俺の声にアキとそして傍に野郎がこっちを見る。
二人の意識が俺に突き刺さる。
気まずそうな感情と邪魔だ面倒だという混じった感情。
それが誰のものかなんて言われなくても分かる事だった。

アキが返事をする。
あわせて傍にいた奴が舌打ちした。
アキの耳元で何か言うとこっちの方に歩いてくる。

「おい」

すれ違い間際に野郎に声を掛ける。

「なんだよ」
「てめぇこそアイツに何の用だよ」

突き刺さってくるもの…それだけで呼び止めるのに十分だった。

「お前に関係ないだろ」
「まぁまぁ二人ともそんな怖い顔してたらアキちゃん怖がっちゃうでしょ?」
「けっ」

ゾエの介入で張り詰めてた空気が少し変わる。
野郎は舌打ちするとそのままこの場から立ち去った。
さっきから飛んでくる意識に俺は視線をやる。
それは勿論アキだった。
アキは苦笑しながら何か考えている。
それは突き刺さる感情で分かる。
…何を考えているのかまでは分からねーけど、
碌なもんじゃねぇことだけは分かる。
こいつは隠し事をしたい時、
気まずさと決意と罪悪感を向けてくる。
今がまさにそれだった。

「アキ、あの野郎なんだよ」
「ん?あー…昔、つるんでた奴」
「今も付き合いあるのかよ、あんな胸糞悪い野郎」
「ないぞ。久々に会ったから思い出話してただけだ」
「思い出話であんなガラが悪い面になるかよ」
「ガラが悪いって…カゲ渾身のギャグか何かか?
見た目だけで言えばカゲもガラが悪いだろう」
「見た目云々に関してアキに言われたくねぇ」
「はぁ?俺、どこからどう見ても普通の女子高生だろ?」
「んなわけあるか。鏡見直せ」
「まーまー。二人とも根は優しいのは知ってるけど、
もう少し落ち着こうね」
「「ゾエ五月蠅い」」
「え、ゾエさんに対して酷くない?
二人とも息がぴったりでゾエさん嬉しいけど悲しい…!」

ゾエが泣いたふりをする。
分かってる。
だからこっちに気を遣うんじゃねぇよ。
俺は静かに息を吐く。

「お前俺に隠し事できるって思ってるのかよ」
「カゲは昔から目敏いな」
「アキが分かりやすいだけだろうが」
「そんな事ないと思うけどなー」

そう言うとアキは笑う。
その表情とは裏腹に飛んできたのはあまりいいものではない。
コイツは困っていて俺に対して哀しい感情を向けてくる。
そんなにさっきの見られたくないとこだったのかよ。
それとも俺に勘付かれてたのが嫌だったのかよ。
俺のサイドエフェクト…。
感情は分かるけど何考えているのか分からねぇんだよ。
…クソ!
もっと分かりやすく主張しろ。

「俺、この後用事あるから行くな」

そんなに嫌なら行かなきゃいいだろ。

「行くんじゃねぇよ」
「カゲ俺の話聞いてたか?俺、用事がある」
「行くの嫌なんだろうが」
「……カゲは本当に俺の事よく分かってるな」
ったりめーだ。
そんなこと口にしてもこいつには分からねぇだろうな。
俺がどうしてアキの感情に敏感なのか、
どうして俺がアキを気にするのか。

「喧嘩しに行くわけじゃないぞ?
それに相手は人間だからな。
心配しなくても大丈夫だ」

何も知らないアキが俺に向かって言う。
今度は自信に溢れてる。
まさか今ので吹っ切れたのか?
…は?なんでだ。
嬉しいとか思うなよ。
俺、何にもしてないだろーが。
前向きになったり意識の切り替えが早かったりするのはいいけど、
少しくらいは弱ったままでいろって。
それで少しくらいこっちに頼ったっていいじゃねぇか。
そう思う俺の気持ちなんてアキは知らない。
昔どうして荒れてたのか分からねーくらい、
基本こいつは前向きだ。
自分の目で見て考えてそれを信じる。
だから変な事に巻き込まれる。
そんなアキはとてつもなく馬鹿だと思うし、
俺はそんなとこが…割と……好きだ。

アキの顔を掴む。

「少なくても俺にこんな事されている時点で心配するだろ。
お前隙ありすぎ」
「これはカゲだからだろう」

なんでここで笑うんだよ。
…クソが。

「二人とも仲良いのはいいけど…ゾエさんの存在忘れてない?」

るせー。空気読めよ。



**********



「カゲ、お前馬鹿だな」
「はぁ?ダチなんだから助けるのは当たり前だろ!?」
「俺についてこなかったらこんな目に遭わなかっただろう」
「てめぇにだけは言われたくない」

仰向けになってお互い言い合う。
身体はボロボロで正直動かなかった。
だけど胸の奥から沸き上がる何かに思わず二人して笑いを零した。


――きっとアイツは知らない。
その行動で俺がどれだけ救われたのか――。


「何かあったら俺を巻き込めよ」
「はは。カゲはカッコいいなー」
「…アキだけだ」


――きっとアイツは知らない。
その言葉で俺がどれだけ救われたのか――。


そんなお前だから俺は……。

「カゲ、ありがとう…」

清々しい程、空は今日も青かった――。


20161106


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