影浦雅人
風邪引いて安らぎ得る


この日、影浦雅人は寝込んでいた。
朝、目覚めたら熱いような寒いような感覚と気怠さに、
体調を崩したのを察するのは難しくはなかった。
体温計で測ってみたらディスプレイには38.7℃の文字。
熱が出ているという物的証拠をもって、
本日は学校を休んだ。
LI○Eに体調を気遣うような文面が飛んできたがすべて無視。
返す元気は残念ながらないのだ。
飛んでくるメッセージが、
まるでサイドエフェクトで感情を受信した時のように頭に突き刺さって痛い。
風邪から起こる頭痛は仕方がないが、
こんな時くらいサイドエフェクトも休んでくれればと思う。

「カゲ―――!!!」

ここにいないはずの神威アキの声が遠くから聞こえてきて重症だと思った。
風邪のせいなのかサイドエフェクトのせいなのかは分からない身体に突き刺さる痛みに、
少しだけ吐き気を覚えた。
どんどん突き刺さりが強くなる。
音がこちら側に近づいてくる。
そして勢いよく開かれた自分の部屋の扉に、
頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

「カゲー無事!?」

わんわん泣きながら走り込んできたアキは、
そのまま寝ている影浦に抱き着いた。
心配しているのは伝わってくるが、
この女、俺が風邪引いているのを忘れているんじゃないのかと、
影浦ははっきりとしない頭でそう思った。

「アキ、痛ぇ…」
「あ、ごめん!!」

アキは自分が抱き着いている事に対して言っているのだと思い、
慌てて離れた。

「怪我してない?大丈夫なの??」

一瞬何のことを言っているのか分からない。
思考停止気味の頭でそれを理解しろという方が難題なのかもしれないが…。
しかしその疑問は影浦の口から出る前にアキの口から答えを吐き出されたため、
解決した。

「防衛任務でアクシデントがあって怪我したって、
当真くんから聞いたの。
私もう心配で…!」

原因は当真だった。
確かに昨日防衛任務はあったが、アクシデントなんてものはなかったし、
いつも通りに任務は終わった。
例え任務中にへましても、
ベイルアウト機能があるため、本体が直接怪我するには、
相当な事態になっていなければいけないが、
三門市に大規模と呼ばれるような近界民の侵攻はないので怪我しようがない。
つまりは当真の嘘である。
どういう意図でアキに嘘をついたのかは知らないが、
おかげで影浦は風邪に屈して寝ている場合ではなくなったのだ。
アキをそのままにしておくと新たな誤解が生まれそうで、
面倒だったのだ。

「怪我なんてしてねぇし、俺は防衛任務失敗する程弱くねぇよ」
「本当!?怪我してないの!!?
良かった〜」

心配からの安堵。
これで少し落ち着いたかと思えば、また新たな感情が出てくる。

「じゃあなんで学校休んだの?」
「…風邪しかねーだろ」
「え、カゲ風邪引くの!?
いつもマスクつけて予防しているのに?
なんのための予防なの?
いや、それより風邪大丈夫?
少しは良くなった??」

一息でいろんなことを聞いてくるアキは疑問、呆れ、心配と大忙しだ。
つまりそれはこの短時間でいろんな感情を影浦のサイドエフェクトにより受信してしまうということだ。
痛いとかむず痒いとかいろいろだった。
ただでさえダウンしているのにこの追撃コンボは酷い。
自分の事をなんだと思っているんだと問い詰めてやりたかったが、
その元気は既にベイルアウトしている。
今の影浦にできるのはたった一言。

「落ち着け。
大人しくできねーなら帰れ」

冷たく聞こえるかもしれないが切実だった。
そして、ついでにいえば、
風邪がうつるかもしれないので早く帰ってほしいというのと、
少しだけだが影浦の欲と言ってもいいような本音が混じっている。
影浦の言葉を聞いたアキがどんな顔をしたのか確かめなくても、
彼女がどう思ったのかは突き刺さってくる感情で分かる。
アキは影浦のある言葉に対して嫌がった。
そして感情がどんどん一つに集約されていくのが分かる。

「静かにしてるから一緒にいてもいい?」

アキの言葉に影浦は答えなかった。
ただ目を閉じて、アキの意識にだけ集中する。
そうすると少しだけ温かくなるようなそんな心地になるから不思議だ。
何も答えなかった影浦に対し、
アキは少し安心して、ベッド近くに座る。

「早くよくなってね」

その言葉と意識を受け取り、影浦は眠りについた。


20161115


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