迅悠一
その未来、喜んで
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幾つもの未来が目に映る。
別に望んで見ているわけではないけれど、
見えない未来の恐ろしさを知っている。
それに比べれば見えた方が断然良かった。
ならば、役に立てるように未来を見ていたかった。
もっと欲を言うなら、見知らぬ誰かのためではなく、
大切な人のためになるような未来を見たいと思った。
見続けたいと思った。
できればそれが幸せに溢れたものならいい――。
「悠一、そろそろ起きないと仕事遅れちゃうよ」
その声で迅悠一は目を覚ました。
朝、自分を起こしに来たのは迅アキ。
苗字で察したと思うが、
アキは悠一の妻である。
「おはよう」
「おはようアキ」
二人揃ってとる朝食。
時間が合えば一緒に食べたいと言い出したのはアキだ。
そう言ってくれるのは嬉しいし、
こうやって一緒に食事するのは想像以上に幸福に満ちている。
特別な料理がでてくるわけではないし、
特別な話をするわけではない。
一般家庭に出てくるような料理が並べられ、
ありふれたどこでもするような日常の会話をする。
それが毎日できる事の意味を悠一は知っている。
「いただきます」
そう言って自分の手料理を食べてくれる悠一の姿を見て、
アキは嬉しそうに微笑む。
そして自分も一口食べる。
「……」
「アキどうしたの?」
「う、うーん…ちょっと食欲なくて」
「風邪!?」
悠一は慌ててアキの顔を覗き込む。
何か未来が見えないかと思うが、
どういう事か何も見えてこない。
悠一が持つサイドエフェクトは都合がいいものではない。
見たいと思っても未来が見えるわけではないし、
逆に見たくないと思っても見ないこともない。
それはいつもの事なのに、
今は見れない事に不安を覚える。
アキが無理に笑おうとして急に吐き気が襲って来たらしい。
「ちょっとごめん」と言うと、
アキは洗面所の方に駆けて行く。
その姿を見ても何も未来は見えない。
余計に悠一は焦る。
焦るしかない。
「悠一、心配しすぎ。
大丈夫…だから」
戻ってきたアキがそう言うが、
不安は益々募るばかりだ。
「病院、病院行こう!」
「あ、安静にしてれば大丈夫だと思うから…」
「オレ一緒に行くから!!」
「悠一仕事――…」
「アキが具合悪いのに」
「落ち着いて。仕事行って。
私大丈夫だから、病院ちゃんと行くから」
アキの言葉に迅は黙る。
確かに防衛任務のシフトが入っている。
急遽代わるのは難しいかもしれない。
正論を言って自分の隊長の心配をさせてくれないアキに迅は妥協するしかなかった。
「…じゃあ、ボス呼ぶから一緒に――」
「上司をこき使うのはどうかと思うけど」
そこはアキが折れるしかなかった。
このままだと本当に悠一はアキに付きっ切りだろう。
別にそれが嫌なわけではアキはなかった。
寧ろ嬉しい。
だけど悠一にしかできない仕事がある事をアキは知っている。
家の中で好きなだけ独り占めにしているのだ。
だから仕事は――と言うアキに悠一は思いっきり抱きしめた。
「防衛任務終わったらすぐに帰ってくるから」
「うん」
そう言って仕事に出たものの、
悠一は気が気でなくて仕事に集中できなかった。
早く終わらせて切り上げたい…のだが、
残念ながら防衛任務に仕事を早く切り上げるという行為はできないのである。
周囲の人を見る限り、最悪な未来は見えてこない。
だから大丈夫だと信じたいが…、
やはり不安なものは不安であった。
心ここにあらずではあったが、
防衛任務が終わるまで目の前に現れたトリオン兵を斬って斬って斬りまくって、
ようやく防衛交代の時間になった。
いつもなら引き継ぎ作業もするのだが、
そこは今回同じ班になった隊員に事情を話し、任せた。
スマホには玉狛支部の支部長である林藤から、
【ちゃんと奥さんの話を聞けよ】というメッセージだけがあった。
一緒に病院に行ったのだから教えてくれても…それだけ本人の口から聞けという事なのだろうか。
今、悠一が出せる最短最速で家に帰った。
「アキ!!」
勢いよく扉を開ける。
アキは驚いた様子で「本当に早かったね」といつも通りに言う。
…それに少し安堵した。
「ボスからメールがあったんだけど」
「林藤さんから聞いてない?」
「聞いてない!!」
だからそんな形相なのかとアキは思った。
「アキの未来が見えないからオレーー」
悠一の言葉を聞いて確かにそれはいつも以上に心配するという事を理解した。
少し…というか大分申し訳ない。
「病院行ったんだよね!?
どうだったの!!?」
「できるだけ落ち着いて聞いてほしいんだけど――…」
アキの言葉に悠一は益々余裕がなくなる。
だが、逆にアキは頬を赤らめる。
そのちぐはぐさに悠一は混乱するばかりだ。
「赤ちゃんできた」
………………。
…………。
……。
「え?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
悠一の反応にアキは頬を膨らませる。
「だから落ち着いて聞いてほしいって言ったのに」
そしてもう一度、アキは言う。
「赤ちゃん、できたの。
悠一と私の子供」
ふふふと微笑むアキに悠一は実感が沸かない。
アキが言うという事はそういう事なんだろう。
…そういう事なのかと自問自答し、
ようやく呑み込む。
そして徐々に押し寄せてくる感情に、
悠一は素直にそれを出した。
「アキ」
悠一はアキを抱きしめる。
「嬉しい?」
「嬉しいに決まってるよ!!」
「良かったー」
アキも悠一の背中に腕を回し、
ぎゅっと抱きしめた。
「悠一にはもう一人未来を背負わせちゃうね」
「オレ、アキと…それとこの子の未来を背負うのは好きだよ」
自分達の子供と認識すると恥ずかしくなる。
だけど悠一は自分の気持ちを伝える。
彼の言葉を聞いてアキも負けじと言う。
「言っておくけど、
この子の未来を背負うのは私も、だからね。
私達の子供なんだから、二人で一緒に背負おう。
それくらいは私にもできるんだから」
「二人で…いいね、それ」
二人は笑い合う。
そして口にするのは愛の言葉。
「愛してる」
「おれも。アキ、愛してる」
そしてまだ見ぬ我が子に――…。
20161123
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