影浦雅人
優しい人
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「あ、カゲさんだ」
「カゲさん」
「かげさん!」
「カゲさんっ!!」
「カゲさーん!」
「五月蠅ぇ!!」
影浦雅人は叫んだ。
普通なら影浦の声、表情に仲の良くない人間は尻込みするのだが、
目の前の後輩はそんな事なかった。
逆にやっと影浦が反応してくれたことに目を輝かせていた。
「カゲさん、これからご飯ですか!?」
「そうだよ、他になんかあるかよ」
影浦の言葉に目の前の後輩神威アキは期待に溢れた目で見てくる。
それとは真逆に彼女の隣にいる…友人は怯えてこちらを見ていた。
この話の流れ。
アキの感情。
そして彼女の隣にいる友人の感情。
この後何が起こるかなんて一つしか考えられなかった。
「一緒にごはん食べましょう!」
「断る」
「え〜〜〜〜どうしてですか――!!?」
断られると思ってもいなかったのか、
理解できないと叫ぶアキに、
影浦は隣の友人を見ろと言いたかった。
彼女の友人は影浦の言葉に安堵しアキの袖を引っ張る。
「俺は鋼たちと教室で食べるんだよ」
「アキちゃん、先輩もそう言っているし、ね」
全力で言う友人にアキは渋々それに従った。
「じゃあ、今日ランク戦しましょう!」
「今日は空閑とやるんだよ」
「えーまたですか??
じゃあその次!!」
「…気が向いたらな」
たくさんの視線が集まってくるのを感じて、
影浦は早々に切り上げた。
そんなぶっきらぼうな彼の姿を見て、
アキの友人は小声で言う。
「アキちゃん、よくあんな怖い先輩に話し掛けられるね」
「カゲさんは怖くないよ、強くて優しい」
アキの言葉に友人は信じられないものを見る目で彼女を見つめた。
学校ではあんな感じなのかもしれないが、
ボーダーでは違うのかと思った。が、
友人の想いはアキの言葉により見事に崩れた。
「カゲさん、本気で訓練してくれるし、
はっきりと言ってくれるし、凄くいい人!
この前もランク戦で身体をこうスパーンッと真っ二つに…」
そう言って自分がどういう風に斬られて負けたのか説明した。
はっきり言って一般人である人間に訓練内容を言うのはどうかという話だ。
更にいうなれば、
ランク戦=模擬戦だという事は分かるとしても、
戦いに無縁な人間に身体を真っ二つにされたと語るのは配慮に欠けるし、
その話題のチョイスはどちらかというと影浦の印象を悪くする。
何も知らない友人はアキの話を聞いて、
案の定、影浦に対していい印象は持たなかったが、
それに気づかず只管影浦の事を話すアキがどれだけ彼を慕っているのかは分かった。
ここまでくると逆に影浦に同情を覚えるくらいだ。
そんな後輩たちが話している内容こそは聞こえないものの、
刺さってくる意識に既に影浦は参っていた。
尊敬、恐怖、親愛、同情…彼女ら二人だけでどれだけの感情を出すのかは知らない。
もう一方は知らないが、
後輩であるアキをよく知る影浦は大体彼女がどういう風に暴走しているのか想像がついてしまった。
…想像ついてしまった自分にげんなりした。
「カゲ、そんなに疲れてどうしたんだ?」
教室に帰ってきてぐったりしている影浦に村上鋼は声を掛けた。
「どうもこうもあるかよ。
アイツ学校でも関係なさすぎだ」
「――…もしかして神威さん?」
「……」
「あの子、元気だよね」
返事をしない影浦に、逆に村上は誰の事を言っているのか分かったようだ。
それだけ村上と影浦は親しいし、
それだけアキと影浦の逸話を知っているというのもある。
「ちっ、俺が何したんだよ」
「え?カゲがそれだけ慕われているって事だろ?
俺は嬉しいけど」
「お前はゾエか。別に嬉しくねーよ」
…とは言いつつも邪険にはしない。
見た目や素行で怖がれがちだが、
影浦は面倒見がかなりいい。
それを知っている村上からすれば実に微笑ましい。
村上の感情を読み取り、影浦はうるせーと小さく反論した。
そんな影浦を見て、照れているのかと村上は思うが、
影浦にとってそう単純な事ではないらしい。
正直…口にして何度目になるか分からないが、
影浦はどうしてアキに懐かれるようになったのか分からないのだ。
意識して懐かれるようなことをしたこともないし、記憶にもない。
彼女に対し邪険にはしていないが特別可愛がっているわけでもない。
悪い気はしないが、それだけにどうしてと思う事の方が多い。
なんでこんなにも後輩の事を考えなくちゃいけないのか…。
放課後になり、影浦は今日も空閑遊真とランク戦をするためにブースに来ていた。
とりあえず、鬱憤を晴らすためには大暴れするのが一番。
そして最近影浦のお気に入りである空閑は対戦相手にぴったりだった。
しかし待っても空閑が現れる様子はない。
電話やメールの返事もない空閑に舌打ちをして、
先にランク戦ブースで待っておくことにする。
「ふむ。神威先輩はかげうら先輩の事がすきなんですな」
「そうなの!」
何か聞いてはいけないものを聞いた気がして影浦の足は止まった。
目的の人物である空閑を発見することができたが、
その隣には件のアキがいる。
しかも話している内容のせいで、
影浦は迂闊に近寄ることができなくなった。
「かげうら先輩。強くていい先輩だよな。
おれもよく相手にしてもらってるぞ」
「空閑くんいいな〜私は最近空閑くんのせいで全然だよ…」
「おお、それはすまん」
「空閑くん、絶対そう思ってないでしょ」
「うん」
「もー。ま、分かるけどさ」
アキは頬を膨らませた。
年齢の割に身長が低く童顔なため、
その仕草は中学生にしか見えない。
本人もそれを自覚しているらしい。
「この見た目損なんだよねー」と呟いた。
「私子供っぽく見られるから本気で相手してくれる人、あんまりいないんだよね。
斬ったら可哀想みたいな…さ」
「舐められてるってことか?」
「そう、そんな感じ。
で、私が勝ったら向こうが本気を出していなかっただけだって言ってくるの。
だったら最初から本気出せばいいのに」
「どこにでもそういう奴いるよな―…」
空閑も身に覚えがあるらしくアキの言葉に同意した。
小さい隊員全員の悩みといってもいいのかもしれない。
「その点かげうら先輩は違うよな。
真剣に相手してくれるからおれは助かってるぞ」
「そう!そうなんだよ!
これでもかってぐらい本気で斬ってくれるでしょ!?
私感動しちゃって!」
「神威先輩マゾなのか?」
「違うよ!
空閑くんなら分かってくれると思ったのにー」
アキの言葉に空閑は笑う。
その反応からするにアキの言いたいことが分かっているらしい。
影浦が自分よりも空閑の方を可愛がっているのはアキも知っている。
だからこそ、こんな意地悪な後輩が良いのかとアキは悪態をついた。
守りたいものがあってボーダーに入隊した隊員は、
強くなるために訓練をする。
だから自分だけ本気ではいけないのだ。
相手が本気を出してくれて真に自分が磨かれる。
見た目を言い訳にされて手抜きをされているアキにとって、
腕だろうが足だろうが首だろうが、
はたまた胴体を真っ二つにされようが、
本気で相手をしてくれる影浦は相手の事を真剣に想ってくれる優しい先輩に他ならなかった。
「かげうら先輩は強くて優しいよな」
「そうなんだよ空閑くん!」
後輩たちの会話はヒートアップしていく。
これは黙って聞いている方が恥ずかしいのではないかと影浦は思い始めた。
だからといってあの中にどうやって入ればいいのか、
影浦は分からない。
仲のいい友人から見れば、影浦は面白いくらい呆けているのだろう。
ようやく二人は影浦の存在に気付く。
「お、かげうら先輩」
「カゲさんだ!」
駆け寄ってくる後輩に影浦はぶっきらぼうに返事をした。
「カゲさん今ここに来たんですか?」
「ああ、そうだよ。
っていうか空閑ァ、ブースにいるならメールくらい寄越せ」
「おお、すまない。
神威先輩と話し込んでたら忘れていました」
そう言う割に空閑の顔は申し訳なさそうに思ってはない。
更にいうなれば、空閑から面白がられていることが伝わってきた。
言葉と顔と感情がちぐはぐな空閑に困惑するが、
それはいつも通りランク戦をしてしまえば済むことだ。
「おら行くぞ」という影浦の言葉に空閑は制止を掛けた。
「おれ、久しぶりにかげうら先輩の試合見ようかな」
「なんでだよ」
「神威先輩と話してて興味が湧いてきました」
「え、空閑くん譲ってくれるの!?」
「うん。かげうら先輩を独占しすぎるのは良くないよな。
今日、おれは見ておくからお二人でどーぞどーぞ」
「空閑くん、凄く優しいね!」
「かげうら先輩程ではアリマセン」
「お前等、その気持ち悪い会話止めろ」
「む、かげうら先輩、神威先輩と戦うの嬉しくないのか?」
「嬉しいわけないだろ。
こいつまだ弱いだろうが」
「これから強くなります。
だから先輩、お願いします!!」
影浦の怒声。
頭を下げる後輩一人と見守る後輩一人。
傍から見たら何か誤解が生まれそうな感じだが、
当人たちは至って真剣だった。
これから稽古をつけてくれる先輩に敬意を表す。
そんな二人の尊敬の念が身体に突き刺さり、
影浦は頭を掻いた。
ただでさえアキ一人に手を焼いているのに、
それが一人増えたのだ。
影浦としては堪ったもんじゃない。
「分かったよ!
……神威、やるぞ」
「はいっ!!」
諦めた影浦と嬉しそうなアキ。
部屋を入っていく二人を見て空閑は呟いた。
「かげうら先輩へんな嘘つくね」
そう呟いた空閑もアキに負けず劣らず、微笑んでいた。
20161203
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