今日のち未来
ちょっと先の未来で


「双葉ちゃん聞いて聞いて!!」
 抱きついてきたきらりを黒江は受け止めた。
「いきなりどうしたの?」
「私、緑川と両想いだった!」
「は?」
「緑川と両想いだったの!!」
「……きらり、駿のこと好きだったの?」
「そうみたい」
 少し会話が噛み合っていない気がするが言いたいことは理解した。
 黒江は二人の様子を思い出す。確かに喧嘩する程仲が良いというのは二人のためにあるような言葉だ。しかし二人が恋愛感情を持っていたのは知らなかった。
 緑川と兄弟のように育った黒江は彼のことをよく知っているし弟のように想ってはいる。
 きらりはボーダーに入隊してから知り合ったが、裏表のないまっすぐなところは好きだし気兼ねなく過ごせる友達だ。
 自分の好きな人達が両想いなのは嬉しくて黒江の胸がじんわりと温かくなる。しかし今きらりから相談された内容に関しては黒江は役に立ちそうにないと早々に断念した。
「両想いになったら何をすればいいの?」
「知らない」
「早い!」
「私に聞かれても困る。駿に聞けば?」
「なんて言えばいいの!?」
「そのまま言えばいいんじゃないの?」
「そっか〜……え、恥ずかしい!」
「きらりめんどくさい」
 わたわたとし始めるきらりに「メールすれば?」と提案すれば確かにそれならばと嬉々としてスマホを取り出す。しかし画面と睨めっこしたままきらりの指は全く動かない。
 黒江は溜息をつくと、きらりの手元からスマホを奪い取った。そして慣れた手つきでメッセージを作成し、臆することなく送信した。
「へ、返事くるのどきどきする……どうしよう」
 きらりは双葉に抱きついた。腕に込められる力がいつもより強い。そこからきらりの気持ちが流れ込んでくるようで双葉もつられてそわそわしそうになる。
(恋をするとこうなるのね)
 自分は経験したことがない友達から知る初めての感覚に双葉はやっぱり自分では力になれそうにない。自分だったらこういう時何をするかと想像する。
「身体、動かしたら紛れるんじゃない?」
「そうかも。双葉ちゃんありがとう! 私、ランク戦してくるよ!!」
 ばっと勢いよく離れると手を大きく振りながらきらりはランク戦ブースに向かって駆けて行った。

 きらりの姿を見送った五分後。
 双葉の元に似たような展開が繰り広げられるとはこの時は思ってもいなかった。



「双葉――!!」

 スライディングするのではないかといわんばかりに勢いよく滑り込んできた幼馴染に黒江は何事かと冷たい目を向けた。
「駿、五月蠅い」
「そんなことより聞いてよ、おれ星空と付き合うことになったんだけど!」
「知ってる」
「なんで!?」
「きらりから聞いた」
 黒江の一言に頭を抱え緑川は叫ぶ。……かと思えば次の瞬間黒江に詰め寄って「おれどうすればいいかな?」なんてまるで迅と遭遇した時のテンションを向けてくる。幼馴染の変わり身の早さには感心する。
 先程、きらりと似たようなやりとりをしていた黒江はまたか……とため息が出そうになった。いろいろと察して欲しいと緑川を見やるが、全く気付く気配はない。ジト目になってしまったのは幼馴染特別待遇だった。
 付き合うのに悩んでいるとかだったらぶん殴ってやろうかと思ったが話を聞いてみれば緑川が悩んでいるのはデートのことだったので拳を作ることはなかった。
 因みに誘ったのはきらりだ。「メールで送られてきて」と聞いてもいないのに事細かに緑川は話し始める。そして文面まで見せてきた。誰がどう見ても舞い上がっていた。
「駿、プライバシー」
 画面を見せられても困ると手で制する。そもそも文面を送ったのは黒江なので見る必要もない。しかし『今度、遊ぼう』と送っただけでこんなに舞い上がるものなのかと疑問でしかない。
(そういえば、駿ときらり、ボーダー以外で会ったことない)
 ボーダーで知り合ってランク戦で仲良くなって、共に迅のかっこよさを語り争いと、いつも一緒にいるイメージが強いがその実、二人は今まで一緒に遊んだこともないしボーダー外で会ったことはない。その事実に気づいてみると確かに、二人がどうすればいいのかと悩むのもなんとなく分かるような気がしてくる。だからといって双葉にはどうすることもできないのだが。
「自分で考えたらいいじゃない」
「分からないから聞いているんだよ!」
「きらりに聞けば?」
「本人に聞けないよ――」
「駿めんどくさい」
 二度目のやり取りに黒江は今度こそ溜息を吐いた。ここまで思考・行動パターンが同じならお互い面と向かって言えば早いだろうに――あぁ、二人とも初めての彼女彼氏だからかというのもあって余計に言えないのかとそう結論付けた。であれば、経験がありそうな人に助言を乞うしかない。
「……先輩達に聞いたら?」
 丁度目の前を通りかかった米屋、出水、奈良坂を見て黒江は言う。
「え、よねやん先輩達って彼女いたことあったっけ?」
 素直な言葉がそのまま出てしまったせいか、緑川の言葉をそのまま拾った米屋達は緑川に近寄る。
「お前出会い頭にそれはないだろ」
 米屋が緑川の首に腕を回して絡みに行く中、出水が若干苦笑していた。
「おれがボーダーに入隊してからそういう話聞いたことないよ!?」
「確かにこの一年誰とも付き合ってないけどよ」
「緑川より経験あるよ」
「え、あるの!?」
「おい、コラ」
 目の前のじゃれ合いにどうでもよくなったのか黒江が後退りし始める。このまま先輩に任せて逃げるつもりのようだ。そうはさせないと緑川に呼び止められて黒江は舌打ちした。
「で、話から察するに緑川に彼女ができたってことか?」
「そうですね」
「誰? オレ達が知っている子? 星空ちゃん?」
「なんで分かったの!?」
「やっぱりか――寧ろ遂に?」
「あれだけ仲良いなら、なぁ?」
 顔を見合わせ相槌を打つ出水と米屋。今までそういう風に思われているなんて思ってもいなかった緑川は目を丸くする。そして瞬き。瞬きする度に気恥ずかしさが溢れてくる。そのせいでいつもの元気の良さは隠れてしまう。途方に暮れてしまいそうなところに助け舟を出したのは黒江だった。
「それで、デートはどうするか決めたの?」
「そうだった!」
 一番大事なことだ。
 初めてのデート。どこに行けばいい。何をすればいい。知らない相手ではないのに、いつもなら悩まないことがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
「緑川が星空のことを想っているのはよく分かった。であれば星空と一緒に決めればいいんじゃないか?」
「双葉にも言われた……奈良坂先輩でもそういうことあるの?」
「……あぁ、よくやるよ。デートは一人ではできないからな」
 じーっと見つめてみるが奈良坂のポーカーフェイスは崩れることはない。緑川は奈良坂とそんなに交流があるわけではない。だからこれはなんとなく。なんとなくだがいつもより少し柔らかい感じがして、それが緑川の胸にすとんと落ちてくる。
「おれ、星空と話してくる」
「あぁ」
 後先考えずに勢いだけで飛び出そうとするのが分かって黒江は少し落ち着けと意味を込めて呟いた。
「きらり、ランク戦ブースにいるから」
「うん、ありがとう!」
 元気よく答えると緑川はそのまま駆け出した。


20190321


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