星が奏でる狂詩曲
火蓋
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桜花は今、三門市立中学校の体育祭に来ていた。
ボーダーの任務なんて関係なし。所謂オフ。プライベートだ。
学校とは無縁であるはずなのに彼女がここに赴いていたのは青葉が千佳や夏目という仲間を引き連れて体育祭を見に来て欲しいと頼みに来たからだ。
青葉に好かれているのは知っていたが先日少し揉めたばかりだ。あの年頃の女の子であれば桜花を遠巻きにしそうなものだが青葉はそうはならなかった。桜花は彼女の精神を侮っていた。嫌なら頑なに拒めばいいのだろうが残念ながらその理由はない。「佐補ちゃんにも会って欲しい」と桜花の手首にあるプロミスリングを理由にされた辺りでなんとなく察しなのだが、千佳が「修くん達も見に来てくれるので一緒にお弁当食べましょう」という一言を突きつけた。決定打になった。食い意地を利用するなんて卑怯ではなかろうかと思うが本能が抗えなかった次第である。
青葉と千佳が喜んでいる中夏目が憐れんで見てくる。彼女は桜花のどの事情を知っているのだろうかと考えるが見当はつかないのでおいておくことにする。
それよりも気にするのはやはり青葉の方だろう。相手が飛びつきそうな餌を用意するのは常套手段の一つ。噂の佐補ちゃんが嵐山の血縁者というのを知っていて引き合いに出してきたのに素直に感心する。兄妹愛が物凄い嵐山が任務がない限り体育祭を見に行くのは容易に想像がついた。
逢いたいようで逢いたくない。
それをずっと繰り返すうちに脳内の大部分が彼で占拠されていた桜花にとっていいきっかけだ。今までどう接していたかなんて思い出せるがその都度自分のなんとも言えない行動も付随してくるので居た堪れない。そもそも前と今は違うのだしと紛議るのに必死だ。
(平常心、平常心)
どんな時でも冷静にいるのが戦いの基本だ。分かっている、分かっているのだ。
例えばボーダーの顔といわれる嵐山にはファンがいてどの世代からも人気で話し掛ける隙が無いのは予想できる。これは仕方がない。だが、SNSの影響で桜花の存在が知られるようになったために何もしなくても視線を集めるようになっていてそれどころではなくなるとか……は、全く考えていなかった。
聞こえてくる桜花の通り名は善意も悪意も半々か。最近はネタとして扱われているため三大成分で構成されている。自分が今どういう立場なのか現実は正直に突き付けてくる。おかげで恋の病に侵されることなく頭は酷く冷静だった。寧ろこの中で恋のときめき百パーセント、私は貴方しか見えていませんなんていうメルヘンな作りになっていなかったことに安心した方が良いのかもしれない。そう思うしかなかった。
「桜花さん、桜花さん! この子が佐補ちゃんだよ!」
「ああ、青葉達がお世話になったみたいで、ありがとう」
「お兄ちゃん達からよく話を聞いていたので会えるの凄く楽しみだったんです! まさか噂の人だとは思っていなかったですけど」
「……どうも」
今、気温は何度なのだろうか。目の前の女子中学生のテンションとは違い低くなるばかりの自分のテンションに温度差を感じる。そんな桜花の心境を知らず彼女達は楽しそうな話題に話を咲かせている。佐補が桜花の腕にあるプロミスリングに気づいたのか嬉しそうに顔を綻ばせている。
「お兄ちゃんが言う通り、大事にする人なんだね」
そのお兄ちゃんは自分のことを妹に何と吹き込んでいるのだろうか。好奇心が先行する前に脳が冷静に分析する。恐らく自分の本質とは違うことで話をし、ハードルが上げられている。誤解を生む前に修正をしなくては。そう思った矢先に邪魔が入る。
「佐補――!」
物凄い勢いで言葉が飛んでくる。桜花は反射的に避ける。言葉から想像させた通り実際に佐補に飛びつくように駆け寄ってきた嵐山を目の前で見ながら桜花は胸が一瞬高鳴るのと同時に僅かながら距離をとる。どうやら好きだと認めてもその辺の反応は変わらないようだ。先程まで冷え切っていたのに徐々に体温を取り戻すように熱が上がっていく。制御不能な自分の身体に桜花は頭を抱えたくなった。
「ちょっとお兄ちゃん! やるなら副にやってよ」
「もうしてきた」
「げ」
逃れられないことを悟ったのか佐補が浮かべた顔色はあまりよろしくない。助けを求めるように彷徨う視線が桜花を捉える。が、桜花は容赦なく首を横に振った。
「桜花さん酷い」
その呟きを拾い上げた嵐山はそういえばと視線を寄越した。
「桜花! 周りがざわついていたからいるんだろうなって思ってたけど。どうしてここに?」
「周りがざわつく大半はアンタだから。……青葉に誘われたのよ」
「ああ、もしかして」
「そうです、それです!」
「え、何が?」
満足そうに頷く二人をよそに桜花は置いてけぼりを喰らう。
「明星さん何も聞いてなかったんすか?」
「ご飯食べに見に来てっていう話じゃなかったの?」
「マジか――あたしはてっきりチカ子か青葉が説明しているものだと……」
夏目の言葉に青葉と千佳が声を揃えて言う。
「千佳ちゃんのお兄さんがそれは言わない方がいいって」
「兄さんが桜花さんを誘う時はご飯の話だけしろって」
そして種明かしは断れない状況でするものだとも言われていたことを暴露する。タイミングは間違いなくその話題が出た今だ。ただ千佳が思う断れない状況と青葉が思う断れない状況は少しばかり違う。嵐山がいるか否かで状況が変わると分かっているのは無論後者の方だった。
「麟児……」
「呼んだか」
「なんで、アンタが!?」
「いるだろう。俺は千佳の兄だ。妹の勇姿を見に来るくらい不思議なことではないだろう」
確かにその理屈はおかしくはない。だが相手は麟児。桜花の中では迅が趣味とする暗躍と同等の暗躍趣味の持ち主だと思っている。寧ろ策士。近界遠征のおかげで彼は腹に黒いものを飼っている男だ。仲間であれば良し、敵になるなら面倒なことこの上ない。そんな相手が純粋に妹を見に来た等とは信じられなかった。
「そうだぞ。兄妹の勇姿を見届けたいのが兄心ってやつだ」
兄妹愛について賛同を得られた気がしているのか嵐山が麟児をアシストする。今にも握手を交わしそうな雰囲気に桜花の目は白目を向きそうだ。個々が持つ性格はさておき、顔面に無表情を貼り付けている男と目をきらきら輝かせている男はそれだけでも対照的だ。本気で言っている嵐山に是非とも鏡を渡してお互いの顔つきを見比べて貰いたい。
「あ、嵐山は麟児のことを知らないからそんなこと言うのよ」
警戒することなく素直にそのまま信じるなと安易に伝える。しかし可愛く首を傾げている嵐山に伝わった様子は全くない。うっと怯みそうになる桜花を見ながら麟児は何の情も込めず事実だけを突きつける。
「桜花の場合偏見が強いだけだろう」
「誰のせいよ!」
自分は悪くないと噛み付く桜花を麟児は雑に交わしていく。つまり痛くも痒くもないし誰にどう思われても構わないということだ。
二人のやり取りに千佳は目をぱちくりしていた。
「あんな兄さん初めて見たかも」
千佳の呟きを嵐山は聞き逃さなかった。景色を眺める感覚で見つめれば麟児と視線が合う。僅か数秒の出来事だ。嵐山が会釈をするのと同時に視線を外され後を引く形となった。
さて、三門市立中学校の体育祭には一種の催しみたいな種目があった。外部参加型の交流リレー。主に近隣の高校が自分達の学校をアピールするために在学生が参加し、保護者が二チームになるように参加。そして地域交流ということでボーダー隊員も数人選抜されて参加していた。市民がボーダーに親近感が沸くよう計らったものだが成果は着々と上がっている。
ボーダー選抜メンバーは嵐山隊や顔出ししたことのある隊員が中心に参加している。今回は昨年注目を浴びた三雲修が断り切れず参加。そして高校の体育祭前の練習のために空閑遊真も参加するよう指示を受けた。本人は修と千佳がいるからと快く了承。高校の体育祭の参考にするかは微妙なところだが楽しそうにしているので誰も何も言わなかった。他は佐鳥賢、太刀川がメンバーである。
対する保護者枠に出揃った顔ぶれはこれまたどういうことか、嵐山、柿崎、桜花そして……。
「嫌だよ、体力おばけに囲まれて走るの」
今、迅が駄々を捏ねている最中だった。
因みに誰が誰の保護者かというところだが嵐山は無論、弟妹の繋がりからだ。柿崎は巴虎太郎、桜花は青葉、迅は千佳経由になる。保護者どころかただ仲の良さだけで選ばれている。保護者の意味が問われるところである。「皆、身内が好きだね」というのは絵馬ユズル談。夏目から言わせると彼等のように露骨ではないだけで絵馬も大概である。
本来であれば自分ではなく修か遊真が保護者枠で参加していたことを迅はサイドエフェクトで知っている。たまたま二人がボーダー枠で参加することになったため迅に白羽の矢が立ったのだ。運動神経が決して悪いわけではないが桜花、嵐山、柿崎に比べれば良くない。今回は勝敗など関係はないが彼等と一緒に参加するのは憚れる。少なくても現広報部隊隊長と前広報部隊員が揃っているだけでもインパクトがあるのに最近炎上中の桜花がいるため目立たないわけがなかった。因みにいえば迅も例の件で注目されがちだ。モテるのは嬉しいが暗躍趣味が捗らなくなるのは辛い。絶対に参加しない。サイドエフェクトが言わずともそう決めていた。
「千佳ちゃんには悪いけど、おれの代役は生駒っち」
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。皆のイコさんです。どや?」
円らな瞳は健在。真顔で恥ずかしげもなく登場してきた生駒に桜花は思わずチョップをかます。別にノリ突っ込みに付き合う気はなかった。ただ調子に乗らせてはいけないと自分の勘が言っていた。
「生駒が一番遠くない?」
「だって俺だけ置いて行かれるの寂しいやん」
自分と仲のいい同世代が全員参加するとなると呼ばれていない生駒としては仲間外れにされているような気がするのだろう。そんなこと訴えられても知らないし、そもそも桜花は自分がそれに参加するために呼ばれたことも知らなかった身だ。既に玉狛弁当を御馳走されそして玉狛支部で行われる体育祭お疲れ様会のご招待も受けている。しっかり買収された身としてはやることはきちんとやる。ただそれだけだ。
『さて、お待たせしました。毎年恒例の交流リレー。今年も各高校の先輩方、そして保護者、ボーダーの皆さんが参加しております!』
某ボーダーB級オペレーター並みのテンションとリズムで司会がチーム紹介を行っていく。周囲のざわつきは例年以上。顔ぶれを見れば予想通り。気づけばボーダーが二チーム参加している形になっているが嵐山の身内がいることが知れ渡っているため誰もが受け入れている。寧ろ兄という顔が強いせいか小学生時代以来の最後の兄妹参加行事に温かい目で見守るようだ。
生駒の陰に隠れながら桜花は状況を眺めている。誰もが嵐山に好意的だ。その事実を刻み込む。たったそれだけなのに胸が軋む。
(しっかりしろ)
周囲の目を気にすることでどうにか自分の奥底から沸き上がってくる気持ちに蓋をし、余計なことをしないように努める。
『位置について、よーい』
パンッ。
引金が引かれる。空砲が音を立ててリレーが始まった。
「ねぇねぇ桜花さん、普通の高校生ってどれくらいの速さで走るものなの?」
「は? 遊真、ずっと見てたんじゃないの?」
「う――ん、バラツキがあって誰を参考にしていいのか分からなかった」
第二走者である桜花と遊真は第一走者が来るのを待っていた。トラック一周するのにそんなに時間は掛からないとはいえ多少なりとも空いた時間だ。少しでも有意義な時間にすべきだろう。そういう考え方をするのは相変わらずだ。
「もっと素直に楽しめばいいのに」
「素直に楽しんでいるぞ? だから合わせようと思いまして」
「修を参考にすれば?」
「オサムはまだまだ発展途上なので」
「じゃあ、今走っている高校生に合わせれば? 参加しているの陸上部だろうけどそれより少し遅めに走るか……まぁ元からすばしっこいなら同じでもいいんじゃない?」
相談に乗っているようで適当に返事をする。遊真が常日頃トリオン体で行動していて肉体よりも運動能力が向上しているため全力を出せないのは知っている。しかし男子高校生の走る平均速度何て今まで見たことがない桜花にとってその質問は最初からいいアドバイスはできない。それを遊真が知らないわけではないだろう。
「周りに合わせるのは大変だな」
「の割に楽しそうじゃない?」
「うん、オサム達といるのは楽しいからな」
少年が浮かべる笑みから本心で言っていることは分かる。良かったじゃない。それで終わらせようと思えば予想外にも無邪気な言葉が返ってくる。
「桜花さんは、楽しいか?」
『第一走者、先頭は三門市立第一高等学校陸上部! 続いて六頴館高等学校、そして保護者Aチーム、Bチーム……』
アナウンスの声が二人の会話の終了を知らせる。生駒がテイク・オーバー・ゾーンに入る五メートル前で桜花はスタートし始める。バトンを渡されそのまま思いっきり走り出した。
もう二度とやることはない中学最後の体育祭。
感傷に浸る暇もなく無心でただバトンを次の柿崎へ繋げることだけを考えた。
「だ――久々に生身で全力疾走した」
リレー終了。結果から言うと陸上を生業にしている高校生には勝てなかった。いい線をいっていただけに残念だ。
「柿崎と嵐山に救われたわ」
「明星も速かったじゃないか」
「俺は俺は?」
「生駒はサービスしすぎ。真面目に走れ」
「なんや見とったんかい」
「……見てたわよ」
トラックから出ての反省会というよりは感想会。全く練習をしていなかったのに割とスムーズにバトンパスができえていたし問題はなかっただろう。ただここにいるのは体育会系。各々もう少し走り込みを、脚力を、腕を振りぬけるようにしないと云々考えるくらいに前向きな発想で己に課題を課していた。次にその成果を披露することができるかは謎である。
「兄ちゃん、お疲れ」
嵐山に言葉を掛けながらスポーツドリンクを渡したのは弟の副だった。弟の差し入れに感激して今にも飛びつこうとする嵐山に先手必勝。副は「もうすぐ種目だから!」と制止させ駆け出して行った。あまりの手際の良さに今まで随分経験値が溜まったようだ。本人も分かっているのだろうがどうしても嬉しさを表現したかったようだ。一瞬残念がったが有難く、差し入れてもらったスポーツドリンクを口にした。
「あぁ、喉乾いた」
ふと聞こえてきた声に嵐山は反応する。脳裏に少し前に飲み会でばったり会った時のことがちらついた。だから自然に聞いたつもりだった。
「桜花いるか?」
差し出されたスポーツドリンク。確かに運動する予定がなかった桜花としては是非ともいただきたいところだ。だが、桜花は何も反応せず呆然と見つめ返した。嵐山が手にしているペットボトルの件はちゃんと見ていなかったので知らないが、キャップが開けられていること。そして容器の中身が少し減っていることを見れば口をつけたのは明らかだった。
「ばっ……いらないわよっ!」
反射的にとった桜花の行動は可愛くもないが可笑しくもなかったはずだ。だけど目の前にいる嵐山はそう思わなかったのか。もしも彼に尻尾があるならば垂れているに違いない。様子が変わったことは分かってもどうしてそうなったのか分からない。ではこの場をどうにかするにはどうすればいいのか。答えは絶賛迷子中だ。
余計に喉が渇いてしまった桜花は「自販機で買ってくる」と一言告げて逃げるように立ち去った。
「嵐山、女性相手に無神経じゃないか?」
「ついやってしまった。すまない」
「謝るのは俺らとちゃうやろ」
「そうだな」
言うと嵐山は手にしているスポーツドリンクを生駒に押し付ける。
「俺、ちょっと謝ってくる。それ頼む」
返事を聞かず追いかけて行った嵐山に生駒は自分の手にあるスポーツドリンクを見て呟いた。
「アイツどっちなんやろな」
「え?」
「あの嵐山がつい、やで? それって友達の延長線上でやってしまったのか意図的にやったのかどっちか気にならへん?」
普通に自分達とつるんでいる時と同じノリでやってしまったのではないだろうかと柿崎は思うがあまりにも生駒が神妙な顔つきで言うものだから何も言えなかった。この時、柿崎は気づかなかった。たった今、一種の沼に一歩踏み込んでしまったことを――。
「なんでジュースばっかりなの」
自販機前にいる桜花は嘆いていた。単純に水分補給をしたいだけなのにあるのがジュース系ばかり。スポーツドリンクの気分であったが生憎売り切れ。残りはお茶と水だけである。後者でも十分喉を潤すことはできるので我慢するかとお金を入れようとする。
「桜花!」
自分の名前を呼ぶ声。しかも嵐山だ。律儀に追いかけてきた彼に一瞬躊躇ったもののすぐさまいつも通りの顔を作る。
「何?」
「さっきは無神経なことをしてすまない」
飲み物の件のことだと分かると「別に気にしていない」としか答えられない。自分としては気にしてしまう出来事だったとしてもそれを嵐山は知らないはずだ。わざわざ追いかけてまで謝る必要もない。
「今スポーツドリンク切れてるんだけどお茶と水どっちがいいと思う?」
「え、水?」
「じゃあそうする」
百円玉を探しながら自販機に小銭をを入れていく。
「嵐山気にしすぎじゃない?」
どの口が言うのだと思わなくもなかったが、少なくても嵐山は気にする必要はないはずだ。そう告げれば嵐山は申し訳なさそうな声色で答える。
「桜花が気にするとは思っていなくて」
「それってどういう意味よ」
確認もせず勢いでボタンを押すのと同時に桜花は予期しない言葉を聞いてしまった。
「桜花は、迅と付き合っているのか?」
「は?」
自販機からガタンッと飲み物が落ちてきた。どういう流れでそうなってしまったのだろうか。分からない桜花は素直に反応した。しかし嵐山は桜花の反応を見ていないのか再び言葉を投げつける。
「それとも雨取さんのお兄さんと付き合っているのか?」
「はぁ?」
次に桜花の口から出てきたのは可愛げのない声だった。やはり話の流れが掴めない。何故、付き合っている云々の話題が振られているのか、しかも相手に選ばれたのが迅と麟児だ。基準が謎である。そう冷静に思う部分と嵐山にそう思う何かがあることを知って脳内で理性と感情の大会議が始まってしまう。優勢だったのは感情の方だった。ただそれがショックだったのか、苛立ったのか、それとも悔しかったのか。はっきりとは言えない何かが桜花を支配していく。
「いきなり何よ」
「仲がいいなと思って」
「え、普通じゃない?」
他人には言えないような秘密の一つや二つはあるが誰かに指摘される程いいわけでもないだろう。そう思っての回答だったが嵐山は腑に落ちなかったようだ。いつもの爽やかさはどこへ行ったのか表情に陰りが見える。
(こういうのってどうすればいいの?)
敵がいるなら斬ればいいだけの話なのにここには何もない。要因が分からなければ対処しようがない。
「はっきり言ってくれないと分からないんだけど」
「最近また迅とこそこそしているだろう?」
「いつも通りだけど」
「雨取さんのお兄さんと最近距離が近い気がする」
「同じ隊だからそう思うんじゃないの」
「先日事故でキスしてしま――」
「はっきり言うな!」
「あ、う、ん?」
「考えないようにしていたのに……」
ボソリと洩れた言葉に「そうなのか?」と嵐山が訊ねれば桜花は睨み返す。
「じゃあ聞くけど何でそんなに気にするの?」
「なんとなく」
彼の仕草や言葉、何一つ見逃すまいとしている桜花の目は非常に厳しい。あまりの迫力に嵐山の口から出てきたのは何の意味も込められていないただの言葉だ。結果、桜花の脳内で開かれている会議は一つの結論に達した。
「……分かった。じゃあ言うけど、もっと私のことを気にしときなさい」
「それはどういう意味だ?」
「その意味を決めるのは嵐山。……嵐山の中で何か分かったら教えてよ」
桜花は自販機から飲み物を取り出すと嵐山に押し付けた。
「喉が渇いたんじゃ?」
「間違えてジュースのボタン押しちゃったのよ。あげる」
もう一度小銭を自販機に入れ今度こそ水を購入する。
「用は済んだし、帰るわ。皆に伝えておいて」
「まだ終わってないぞ?」
「いいのよ別に。私、もう中学生じゃないから。じゃあね」
桜花はそのまま校門の方へと向かう。引き止める声も聞こえたが弟妹が学校にいる以上嵐山は追ってこないだろう。
(校門から出て真っ直ぐ。二つ目の角を右に曲がった辺り――……)
足を運べばタイミングよく門が開こうと空気が揺れ始める。
「あ――本当、言ってた通りじゃない」
トリオン兵バムスターの顔がひょっこりとこちら側を覗く。完全に出てくるのを待つ必要はないし、労力を使わずに済む絶好の隙を見逃す必要もない。
桜花はすぐさまトリオン体に換装すると孤月で決定的の一太刀を入れる。頭部と胴体を真っ二つ。胴体はこちら側に踏み込むこともできず向こう側へ落ちていく瞬間、スタアメーカーで撃ち抜いた。
「こちら明星。予定通りマーカーつけました」
『スタアメーカーの信号感知。場所の特定できました』
「検分した方が良い?」
『もうすぐ担当が現着する。明星隊員はそれまで待機されたし』
「了解」
本部との通信が終了すると、待っていたのか迅から連絡が入った。
『桜花、お疲れ様』
「そっちは出なかったの?」
『張ってたおかげでね。こっちは人が多いからな――門が開いたら被害が出ていたよ。いや〜生駒っちには感謝だね。じゃあおれ、そろそろぼんち揚げ買い終わってる予定だから、あとは任せてもいい?』
「帰ることになっているから問題ないわ」
『そっか、ありがとう』
「はいはい」
向こうから息遣いが聞こえた。ボーダーにとっていい方向へ進んでいるのだろう。これ以上会話することはないと桜花は自分の換装を解く。本部から回収班が辿り着くのを待ちながら先程買った飲み物をちびちび飲む。
「意味を決めさせるのは私なんだけどな――……悔しいくらいに好かれる自信がないわ」
珍しく気弱な自分に笑ってしまう。
ぽつぽつと通る住人に対処済みアピールをしながら、現れる人陰を眺める。目的の人物の姿を確認すると桜花は溜息を吐いた。
20181105
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