星が奏でる狂詩曲
見解
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「桜花は嵐山のためにどこまでできる?」
言い出したのは自分だが突っ込みたくなるほど脈絡も何もなかった。迅が告げた言葉に桜花はどういう意味なのだと考えてから返事をした。
「何の話?」
嵐山の名前を聞いただけで慌てふためく彼女はここにはいない。諦めたというよりは自分の気持ちに決着をつけた。そういう印象を受ける。思わず迅は聞いてしまう。
「もう平気なんだ?」
「事ある毎に嵐山案件を持ってきていたのに何を今更」
その通りだ。迅は心の中で呟いた。だが、それはそれ。いい未来になるように自分は動かなくてはいけない。これからのことを考えればボーダーに対しての理解は多ければ多い程いいのだ。
「そうだな、言い方を変えるよ。嵐山のために自分を犠牲にできる?」
「死ねってこと?」
「……そこまでは行かない、予定」
いつもなら即答で断ってくるのにそれをしない。たった今、確定した。
迅は誰にも読ませないように表情を貼り付ける。
「ありがとう」
「私、返事していないけど」
「桜花は引き受けるよ。おれのサイドエフェクトが言っている」
迅の言葉に桜花は露骨に嫌な顔をする。しかし反論もここから立ち去ることもしない。だから迅は今までのこと、そしてこれからのことを話す。
「もう気づいていると思うけど」
警戒区域外で度々起こっていたイレギュラーゲートの出現。それはどこで頻繁に起こっていたのか。そしてその処理に毎回駆り出されていたのは何故なのか。
既に桜花はこの作戦の演者として舞台に上がっていた。本人の意思とは関係ない。そして勝手に上げられた舞台から下りることは許されていない。
「怒っていいよ」
「……相手が違うでしょ」
(そっか、桜花はそう答えてくれるのか)
「ねぇ迅。それはアンタとボーダーどっちからの依頼?」
「どっちも」
「そう」
今はまだ命令ではない。この時点で桜花にはまだ選択権がある。
(断ってもいい、なんて言えないな)
自分の思考とは反対に口は器用に言葉を選び発していく。淡々とかわされるやり取りは最早会話ではない。業務連絡。それが一番しっくりきた。
桜花はどう想っているのかは見ていれば分かる。彼女は完全に仕事モードだ。向こうにいた時から培われているそれはこういう時程頼もしい。
「私はどこまで好きに動いていいの?」
答えなかったら勝手にする。
続けられた言葉に迅は苦笑した。それはどう考えても引き受けるという意味だ。
だから答えた。
好きにしてもいいと。どのような結末を迎えるかは本人次第。だから自分が思うままに動いて良いのだと。
「後のことはおれ達がやるよ」
「じゃあいつも通りだわ」
笑う桜花はいつも通り。だから迅もいつも通りに振る舞った。未来を盗み見ても自分の感情を表には出さない。言いたい本音も助言も全て呑み込んだ。代わりにその気もない言葉を彼女に贈る。
「終わったら一緒に嵐山に怒られようか」
「げ、最悪」
言葉の割に穏やかな声色だった。それがかえって迅の胸を拉げる。
桜花――。
音にしなかったそれをなかったことにする。
「はぁ!? アンタこういう時にありえないでしょ!!」
自分のお尻を撫で回す手を反射的に捻り上げて桜花は抗議する。
「次にしたら顔面殴る」
「うわぁ、マジだな……もう二度としないよ」
「最初からしないでよ」
桜花の言葉に迅は空返事する。見えた未来は二つ。全力で良い方向に転がるようにと願いを込めた。
☆★☆
麟児はある人物を捜していた。
自分の中ではほぼ決定だったのだが確定ではない。何せその考えへ至ったのは、桜花の反応による状況証拠のみだからだ。
千佳の体育祭を観戦しに行った時に交流を図っても良かったのだが相手の反応を見るのを優先にしたため機会を逃してしまった。
しかし幸いにも麟児は桜花が率いる隊のオペレーターだ。彼女の自由気ままな破天荒ぶりは良くも悪くも周囲を引っ掻き回す。労せずともきっかけは簡単に作りだすことができる。麟児にとって桜花は情報収集及びコミュニケーションツールの一部でしかない。悪いことも持ってきてしまうがまだ麟児の手に負えないことではない……今のところは。
麟児が心配するのはこれからのことだ。
最近の桜花は様子が少しおかしい。妙に動揺したり心ここにあらずのことがしばしばある。それは麟児が初めて彼女と会った印象から少し離れていた。それはきっと彼女のことを考えるならいい傾向であるのだろう。しかし兵として見るなら上手く動かない人形は邪魔でしかない。それでは困るのだ。そしてそれは桜花本人が望むところではないことも知っている。
今はまだ戦闘面に表れていない。だが日常で少しずつ綻びが出始めているならそれが戦闘時にも出てこない保証はないのだ。
不安定だから揺れ動く。であればどちらか一方に転がしてしまえばいい。完全に使いものにならなくなる前に麟児は彼女の妨げになっているものを排除すべく動く。
自分の作戦室へ行くには必ずこのラウンジは通る。ここで会えれば御の字。違っても作戦室へ直接赴くだけだ。ツールは既に自身が手にしている。
「雨取さん?」
声を掛けられて立ち止まる。都合よく現れてくれた対象に麟児は快く返事をした。
「ああ、嵐山か」
「ここでお会いするのは珍しいですね」
「そうだな、俺は本部に来ても作戦室に籠ることが多いからな」
悪いな。そう意味を込めて呟けば想像通り、そんなことはないと素直で優しい言葉が返ってくる。
「丁度良かった。実は嵐山に用があったんだ」
「そうでしたか!」
「ああ、急ぎではない。任務ではなくただの私用だからな」
「それなら――」
今、業務休憩で嵐山はラウンジで迅と柿崎とで軽食を取ろうとしていたことを明かしてくれた。人のいい嵐山は良ければ一緒にどうですかと誘ってくれる。
(迅もいるのか――……)
玉狛支部にいた時に数度だけ顔をあわせたことのある未来視のサイドエフェクトを持つ男。皆と同じように接しているもののきちんと一線を引いてこちらを観察する姿はボーダーのものか彼のものかは分からない。自分の立ち位置を把握していた麟児は最低限の接触しかしなかったことを思い出す。ある意味都合がいいのかもしれない。麟児は迷うことなく笑顔で対応する。嵐山は怪しむこともせずそのまま麟児と一緒に迅達が待っている席へと歩んだ。
「待たせてすまない」
言うと反応した二人が麟児の存在に気づいたようだ。柿崎は前回の体育祭の時に顔をあわせたこともあり簡単な挨拶と共に会釈される。そして迅は玉狛で見た時とは違って少しだけ表情を引き締めていた。
(わざとだな)
通常なら身構えるところだが迅は相手にそうさせて事を動かさないようにしている。そう考える方がしっくりくる。麟児の接触により今後に影響が出る。だから麟児の警戒心を煽って何もして欲しくないのだ。
(桜花か)
麟児の見解としてはこのままにしておく方が支障を来すのだが。それを良しとすることは単純に考えて桜花が抱えている想いに付け込むということだ。もしも想いに呑み込まれて動けなくなる時が来るとすれば……そうなった時のために麟児はそういう訓練を桜花としている最中だ。それさえも未来視で見えての選択であれば迅の行動に納得できる部分もある。だが面白くはなかった。
軽く食事をとりながら他愛もない雑談をしていく。話の切れ目に今思い出したかのように麟児は言葉を発した。
「そうだ、返したいものがある」
麟児は自身が手にしている紙袋を嵐山の目の前に突き出した。意味が分からず首を傾げる嵐山。柿崎も少し気になるのか関心が移ったのが分かる。迅にはまだ変化はなかった。
「これ、桜花に貸しただろう」
嵐山は渡された紙袋を開いて見る。中にはタオルとTシャツが綺麗に畳まれて入っていた。それは最近見たものだ。
「どうして雨取さんが」
きょとんとしながらも浮かび上がった疑問をそのまま口にする嵐山はいつも通りなのか柿崎の様子は変わることはない。迅もこの時はまだ変わりはなかった。
「ああ、部屋に散らかしていたから見兼ねて、な。ちゃんと洗っているから安心してくれ」
さらりと告げられた事実にこの場にいた男共は一瞬にして思考が停止した。考える機能が復活してきた時にはついどういう意味なのかと考えてしまう。柿崎は考え至ったのかどうしたらいいものかと周囲を窺う態勢を取ることにしたようだ。オロオロするのと反対に嵐山は真顔。迅に関しては目が細くなり偽りはないかと探っているようだった。残念ながら麟児の言葉は足りないが事実である。
作戦室でいつまでも置きっぱなしにしていたのをいいことに麟児はこれを利用した。それだけだ。人間完全な嘘を吐くよりも本当に含まれる小さな嘘を吐く方が自然体でいられるし、相手に悟られない。だからそれが一つの誤解を生む。
「その……雨取さんは明星と付き合っているんですか?」
繊細な事情に踏み込むことを遠慮する柿崎が珍しく口を開いた。ここで聞きそうな人間が何も聞かなかったことで逆に気を遣ったのかもしれない。
「今は付き合っていない」
答えているようで随分曖昧で狡い返事だった。これでは過去に何かあったのか未来にそういう願望があるのか分からない。柿崎は後者の意味で捉えたのか小さくエールを送っていた。
「まー桜花で想像はつかないよね」
そう発言することで迅は話を終わらせようとする。違う流れに持って行こうとした雰囲気を感じ、麟児は待ったをかけた。
「下手ではあるがないこともないだろう」
ぎょっと迅の目が見開いた。
「桜花は人の領域にずかずか入り込んで行くからハマれば相手をその気にさせることはできるだろう。問題は他人に自分の領域に入られるのを拒絶している部分だな。あれは本人だけじゃなくて周囲も手を焼く」
麟児は三人の反応を眺めていく。
(なるほどな)
自分が欲しい成果はそれなりにあげられたようだ。もうここには用がないと立ち上がった。
さて、この雰囲気はどうしたものか。
柿崎は他人と比べても普通の自分がどうしてこういう時に気づいてしまったのかと悔いてしまう。いや正確には気づいても何もできない自分に、だ。
麟児が立ち去った後、迅は「用事ができちゃった」と早々に離脱した。あれはサイドエフェクトで何かが見えたのだろう。隠しもしない様子は珍しかったがそもそも迅が未来のために動くことは珍しくはない。
今、柿崎は嵐山と二人だけになった。昔チームを組んでいた仲。そして今は友人として、仲間としての交流がある。仲は良好。戸惑うことはない。では、何が問題なのか。
嵐山はいつも通り。彼のことをよく知らない者からすればそう見えるだろう。しかし違うのだ。具体的にどこがと聞かれると答えにくいのだが……雰囲気とでもいえばいいのか。善意も悪意もなければ人好きがしそうな愛嬌のある顔でもなかった。無、とも違う。
(そういえば嵐山、最後は何も喋らなかったな……いつからだ?)
柿崎は先程の出来事を思い返す。そして桜花の借りていたTシャツを返しという話題からだと気付く。同時に「アイツどっちなんやろな」という生駒の声までもが再生された。
(え、まさか、本当なのか!?)
柿崎は自問自答する。そうだとすれば何も知らなかったとはいえ無神経にも程がある。麟児を応援した自分の行動を思い出し、頭を抱えたくなってしまう。
どうすればいいのか分からない。それでも声を掛けたのは彼の人柄だった。
「嵐山――」
呼ばれたことに気づいてどうしたのだとこちらを向く。その瞬間いつもの嵐山が帰ってきたと感じた。
「大丈夫か?」
「ん? 何が、だ?」
嘘を吐いているとは思えない。明らかな素の返しに柿崎は無力な自分を呪った。
☆★☆
「麟児さん」
後を追おうとラウンジに出た迅はすぐに彼と出会った。サイドエフェクトは使っていない。使う必要もない。何せ麟児は待っていたのかすぐそこにいたのだ。
「何の用だ」
「煽るの、止めて欲しい」
それは誰に対してだろうか。
麟児の目はそう言っていたが迅は完全に無視をした。ここまでしておいて口にする気はないのだろう。中途半端な行為に何を考えているのか問いたくなる。
(だが、サイドエフェクト抜きで考えればこの行動は――)
年相応のものであると感じてしまう。
出会い方が違えばきっと嵐山も迅もいい後輩になっていただろう。自分がボーダーにいなければそう思っていたかも知れない。
麟児は自分の立ち位置を理解している。そして何のために動くかも決めている。ボーダーの一部として取り込まれたが麟児は自分の頭も、便利な手足も全て捧げた覚えはない。
「お前こそ手を出すなよ」
「っ」
「俺まで巻き込まれる」
「……少し、遅かったですね」
自分はどういう態度を取るべきか決めたのだろう。へらへらとした顔で告げてきた迅に、麟児は内心溜息を吐いた。
20181230
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