星が奏でる狂詩曲

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 他人はそれぞれの役割を持っている。他人とは違う自分だけの力を持っている。共にすることはできなくてもいつかは交わるかもしれない。いつまでも平行線を保ち走り続け、結局交わることはないのかもしれない。
 いつも自分とは違う場所にいる彼女を気にしてしまうのはきっと彼等のように交わることがないからだろう。
『もっと私のことを気にしときなさい』
 不敵に笑う彼女。
『その意味を決めるのは嵐山。……嵐山の中で何か分かったら教えてよ』
 ちょっとだけ泣き出しそうな顔をしたのも彼女だった。
 コロコロと変わる表情や態度。嵐山はずっと考えていた――。



「嵐山! ……最近どうだ?」

 ボーダー本部内通路。たまたま出会った柿崎に嵐山は呼び止められた。何の変哲もない世間話、だと思ったのだがなんだかぎこちない柿崎に嵐山は首を傾げる。
「いつもと変わらないが。柿崎はどうだ?」
「俺もいつも通り……ってそうじゃない」
 頭を抱える柿崎の姿を見て嵐山は状況を呑み込めない。
「具合が悪い……いや違うな。何か悩み事か?」
「あ――何で俺が聞かれているんだ。逆だろ逆」
「逆?」
 先程から挙動不審の柿崎に最早首を傾げることしかできない。
「とりあえず落ち着いて話すか?」
「この後の予定は――?」
「あぁ、ないから大丈夫だぞ」
「ないのに本部に来るのも珍しいな」
「……なんとなく、な。ないから作戦室へ行ったんだが皆から休んでくれとお願いされてしまって」
 追い出されて手持ち無沙汰になったのだと告げた嵐山にほっと胸を撫で下ろしつつ、ここから近いからという理由で柿崎隊の作戦室へ行くことになった。

 柿崎隊作戦室。ソファに腰を下ろし落ち着いたところで切り出したのは嵐山だった。
「それで俺がどうかしたのか?」
 普通は逆だろう。そう思うのは柿崎だけだ。最近様子がおかしい嵐山の力になれたらと思いながらももしかしたら杞憂で終わるかもしれない。断定できる程の要素がないからこそ何かを探るような感じになってしまう。頼りない自分を恨むと悪循環に陥ってしまいそうだ。今日は嵐山の話を聞く。勘違いであればそれでいいのだと意を決する。
「あぁ、最近の嵐山はちょっと変というか……何かあったのかなと思ってさ」
「変?」
 初めて指摘されたのかきょとんとした表情をする嵐山にやはり自分の勘違いなのだろう。急に肩の力が抜けて息を吐く様に柿崎は言葉を漏らす。
「この前、雨取さんと話した時心ここにあらずって感じだったから。てっきり明星に何かあるのかと思って――やっぱり気のせ……」
「柿崎は凄いな」
「い、う、えぇ!?」
 自分で気にしておいてなんだが、嵐山の告白に柿崎の脳内では生駒の言葉がくるくると駆け巡る。嵐山の気持ちを敏感に悟った生駒に称賛を送りつつ「そうなんだ」と返事をするので柿崎はいっぱいいっぱいだ。
「何かあるというか何かあったというか詳しいことは言えないんだが――」
「あ、ああ」
 一体何が飛び出してくるのだと柿崎はごくりと唾を呑み込んだ。
「桜花から自分のことを気にしておけと言われて」
「え」
「どういう意味か聞いたんだが、その意味を決めるのは俺らしくて、ずっと考えてる」
(嵐山じゃなくて明星じゃないか!!)
 まさかの変化球。辛うじて受け止めた柿崎はテーブルに突っ伏すことなく真っ直ぐに嵐山を見つめていた。恋愛ごとに鈍いと言われがちな柿崎でも分かる好意の言葉。どう聞いても桜花は嵐山に好意を持っている。それに気づかない程嵐山は鈍感だっただろうか。
 中学生の頃からそうだが、嵐山は告白されることが多く、真摯に受け止め返事をしている。場数を踏んでいるとでも言えばいいのか。相手が隠していない限りその好意に鈍感であることはまずない。
 ――と同時に、今回の相手はあの桜花だ。相手のことを考えず、自分が思うままに相手との距離を詰め好き勝手にするのが得意な人間だ。振り回すのはいつものこと。それを考えると彼女の発言をそのまま好意に結びつけるのは時期尚早なのかもしれない。
 つまり、どういうことだ。
 柿崎の脳内は主に生駒の前情報のせいでパニック旋風が巻き起こっている。が、順当に考えれば桜花が嵐山に気があると見るのが正しいだろう。そうだと仮定して話を聞くことにする。
「それで上の空か?」
「そのつもりはなかったんだが、雨取さんはよく解かっているんだな――と」

 嵐山は思い出していた。
麟児が桜花のかわりにTシャツとタオルを返してくれた日、沸き上がったものは嫉妬なのか羨望なのかそれとも違う何かなのか。きっと一言では収まりきれないものだ。だからなのだろう。心の奥に引っかかったままで気になっている。
気になっていることはそれだけではない。
「先日の大規模侵攻のことを覚えているか?」
「明星が……敵側について錯乱し回ったやつだろ」
「あぁ」
 桜花はトリオン体に換装できなくなっても最期の瞬間まで戦うことを選んでいた。桜花に言わせればその時点ではお互いまだ敵だ。「敵を目の前にして換装を解くのは止めて」と元気になった彼女から嵐山は散々言われた。その意味は分かっている。だけど相手は信頼している仲間で、迅からは「あまり無茶をするなよ」としか言われていなかった。だから嵐山は行動できたのだと思っている。
 第三次大規模侵攻時のことを思い出す。
鉢合わせてから桜花のポケットにあったスマホからバイブが鳴る。それは自身の居場所を知らせてしまうもの。自分の命が第一と謳っている桜花なら真っ先に捨てるものだ。だけど桜花は捨てなかった。だから嵐山は武器を持たないまま迎えに行けたのだ。
 桜花は破天荒でいつも何をしでかすか分からない。何かを得るためなら他人から残酷だと非道だと指を指されても貫き通すところがあるし、同時に捨てられない何かを最後まで手にしていようと足掻くところがある。
「身体がボロボロになっても一人で立ち上って前へ進んで」
 武器を持たずに近づいた嵐山に桜花は目を見開き、信じられないと拒絶した。受け入れられないと怖がるように身体を震わせた。力が入らなくなるその瞬間まで抵抗し続けた。その姿を間近で見ていたからこそ嵐山は思う。
そこまで彼女を追いつめたのはダレのせいだろう。
「だから支えたいと思ったんだ」
 今まで必死になって一人で繋いできた彼女に、今度は手を取って一緒に――と思ったのだ。しかし現実はそうはならなかった。桜花はとことん自分の道を勝手に突き進む。隣に誰かが入るスペースを空けてはいなかった。そのくせ傍には迅や風間に太刀川、麟児と自分ではないダレかがいる。決して一人ではない。であれば、それでいいのではないか。そう思えるのに胸がぽっかりと穴が開いているような感覚に嵐山はなった。なってしまっていたのだ。そして不思議なことを考えるようになる。
 例えば桜花は相手が風間だと縋りつくが自分にはしてくれるのか。麟児相手に遠慮することなく言いたい放題だが自分にはどうか。迅が口づけたものは口にするが自分のものでも同じことをするのか。あの時、事故で触れ合った唇に顔を真っ赤に染め上げたが、他の人間と同じようなことが起きたらやはり同じような反応を……するのだろう。だけどそれを見られるのは嫌だなと、些細なことから申し訳ないくらいに邪なものまで考えてしまう。まるで空いた穴を何かで埋めようとしているようだ。
「この間の明星の傷って……――あの反応、もしかしてって自責の表れだったのか」
「自責、か……」
 柿崎が言っているのは先日、桜花の腕に水が掛かったせいで服が透けて見えた傷のことを言っているのだろう。それは第三次大規模侵攻よりも前に負ったものであるが嵐山の口から本当のことは言えない。否定も肯定もせず曖昧に放っておくことしかできない。
「やっぱりお前等は凄いよ」
「そうか?」
「そうだよ。あとお前の口からナチュラルにそういう言葉が出るのも」
「? 普通だろ」
「中々出るもんじゃないだろ。自覚無しなのがある意味凄いな、本当……それだけ好きなんだな」
「あぁ、好きだぞ。桜花は友達で仲間だからな」
 そして素直で言いたい放題やりたい放題、他人を振り回すところが。誰に何を思われても構わず自分を貫くところが。最後まで必死に掴もうと、歩こうとしているところが。美味しそうにご飯を食べているところが。コロコロと変える表情が。最近見せる照れたような恥ずかしがっているようなところが。そしてちょっと間抜けなところが。明星桜花を構成している一つ一つが嵐山は好きなのだ。
「友達で仲間って……嵐山のは広いというか深いからな――明星の言う通り、意味を決めるのはお前だわ」
 呆れながら柿崎は言う。
「未だにお前が明星に返事をしていないってことはそういうことなんだろ? しっかり自分の中で明確になるまで考えろよ」
「あぁ、口にして少しスッキリした。ありがとう」
「俺なんて別に……迅ならもっと上手く言ってくれたんだろうけどな」
「何言っているんだ、柿崎だから良かったんだよ」
「ならいいけど」
「本当にありがとう。もう少し考えてみるよ」



 そしてずっと考えている。
 思えばそれは桜花に気にしておけと言われる前からもずっと、だ。
彼女が第一次大規模侵攻で攫われた人間だと知ってから、一緒に戦う仲間になってから、友達になってからずっと気にしている。
 広報活動の一環で桜花が自分の傷痕を晒して「恥ずかしい」と言った時から気になるようになっていた。なんであの時桜花はそう言ったのだろうか。本当は違うのではないだろうかと。釣り針がどこかに引っ掛かって釣糸が引けなくなった。そんな感覚。それが柿崎の言葉で少し抜けかかっている。
(自責、か)
 それはこちらの世界でボーダーを掻き乱したことではない。
 桜花の腕の傷はこの世界との繋がりを失った時にできたものだ。胸にある傷は仲間に裏切られてできたものだ。彼女が捕虜になる時に聞いた身体にある傷の数。チームで動いて罠で嵌められたことがある。自分の目の前で仲間がいなくなった。捕虜からボーダーへ入隊する時にとった調書でそう記録されている。恐らく彼女の傷は何かを失う度に刻まれるのだ。直接本人から聞いたことはない。彼女が強くなることに固執していることや割と単独行動を好むことを考えてのもの。想像の域は出ない。でも、それが本当だとしたら桜花が只管に傷を隠す理由はきっと思い知るからだろう。自分が弱いせいで大切なものを失うことに。

 大学での交流会、バーベキューを行う日がきた。
今回はちゃんと自分達のところまで情報、迅の予知が下りてきていた。つまりそれは知られても構わないところまで事は既に動いているということだ。上層部から任務が下される。案の定自分の付近に配置されている桜花。知ってから胸がざわついた。
 そして現れるトリオン兵。桜花が柿崎の援護に入ってから一人で戦っていると聞いて頭の中は自分がやらなければならないことだけしか入っていなかった。
 
 ――今度は桜花に怪我をさせたくない。

 その行動が、判断が、正しいかどうかは別にして頭は割と冷静だった。自分のことは勘定に入れずただ守ることだけを考えて飛び出した。相手を倒すまで引けなかったからずっと引金を引いていた。背後から桜花の両腕が回されたから何故か大丈夫だと妙な安心感さえ覚えてしまった。最後まで戦うことを放棄しなかった。
 活動できるだけのトリオンがなくなってから嵐山は自身の作戦室、ベイルアウトマットまで飛んだ。ギリギリだった。オペレーターの綾辻から聞いて、佐鳥から心配したと言われ反省はしたが後悔はしていなかった。何せ皆が無事だったのだ。だからそれで良かったのだとその時までは思っていた。

 嵐山が落ちた後、キレた桜花が単身で敵の本拠地へ乗り込むという暴挙に出るとは思ってもいなかったのだ。


20190211


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