星が奏でる狂詩曲
運命に向かって
しおりを挟む
[ 13 / 15 ]
最後に桜花の行動を見ていたのは開いたゲートに飛び込んだところだった。
目撃者は佐鳥と、援護に駆け付けた二宮と水上。彼女の発想と行動力はある意味感嘆する。この目でしっかりと見ていたはずなのに余りの出来事に夢でも見ていたのではないかと思ってしまう。
「いや――あんなことする人おるんやな」
そういう感想が出てくるのもその後、桜花の反応が某ホテルで確認されたからだ。森林公園のトリオン兵を片づけた二宮と水上はゲートと繋がっていたと思われる場所に向かった。その部屋には既に斬られたトリオン兵と手引きしたと思われる人間が気絶して倒れている。
「後始末はするとは言ったけどさ……」
背後から現れたのは迅だった。
人目を気にせずぼやくことの意味を二人は考える。
「手綱は握っておけ」
「その役目はおれじゃなくて麟児さんだったんだけど」
「……」
露骨に嫌そうな表情で二宮は黙り込む。水上は現場を眺めながら「これ、どうするんです?」と迅に問う。
「あ――それは唐沢さんが根回しをしてくれる」
「この人達は?」
「とりあえずボーダーに連行。その後も唐沢さん主導で上層部が動くんじゃないかな」
頻繁に起こるイレギュラーゲートに露骨に目立ち始める桜花の行動。薄々と感じていたがこうも目の前に具現化されると複雑な気持ちになってしまう。
「事はボーダーだけでは片付かないってなるとやっぱりこの人達、近界民とちゃうということですよね」
「だろうな。今日のトリオン兵を見る限り自分達で開発までしているのだろう。その技術をどこから得たか……ボーダーからかそれとも俺達が認知していない近界民から得ているかのどちらかだろう」
「で、明星さんはそれを止めるために動いたと」
「止めるというよりは気に食わないから殴り込みに行っただけだろう」
「ま――……確かにキレとったしその可能性は大やな」
テンポよく交わされる言葉に迅は明後日の方角を見る。
(ここまでだ)
迅は自身のサイドエフェクトで何か得られないかと見回して目を細める。この場にいる人間から得られるものは何もない。この先を知るにはいつものように暗躍して情報を集めていくしかないのだろう。
「嫌な予感しかしないな――」
珍しく漏らされた言葉に、その音に、迅がどこまで見ているのか把握した二人は同意する。
「これで何もない方がおかしいだろう」
二宮なりのフォローだったのか。それに応えるよりも先に本部から一報が入った。
時は数五分前、迅達が乗り込んでくる前のホテル内でのことだ。
「拠点は三つ。県をまたいでいるところもあるし遠いわね。そこから下るか。麟児、後はアンタの判断に任せるわ」
桜花が脅すとそれに慣れていない彼等は情報を吐いてくれた。情報が正しいかどうかを精査しなくては使えるかどうか分からない。桜花もそう判断したのだろう。自分が今からの行動を口にすると返事を聞かずに桜花は麟児との回線を切った。レーダーの状況から見て換装を解いたと言えばいいのだろう。乱闘の痕跡だけを残して彼女は暫く雲隠れするらしい。
(――とはいえ、俺も聞いていたから行く先は知っているんだがな)
彼女が本気で敵組織の根城を一人で潰し回るなら二日くらいあれば足りるだろうか。向こうがまだ戦力を十分に見せていないとすればもう少し掛かるが、今までの行動を考えると敵はボーダーに攻撃をするが戦闘慣れしている感じはない。それを踏まえれば余計な悪足掻きをされる前に潰すのは手段として悪くはない。上層部の指示を待てと止めなかった理由はそれだ。先日、迅に言われたことを思い出しながら麟児は溜息を吐いた。
「さて、後は任せると言われたわけだが」
ボーダーに所属している以上隠し通せるはずがない。そもそも隠すメリットはない。
麟児は森林公園内での戦闘を思い出す。彼女の人間関係を把握しているからこそ分かる行動の一つ一つ。どう見てもかなり私情を挟んでいる。
(何かのスイッチが入ったのだろうが、俺に任せたということは大方自分一人で潰したいから時間稼ぎをして欲しいと言ったところか。……自己満足だな)
さてどうしたものかと考えて数分。桜花が先程までいた部屋に二宮と水上。遅れて迅が侵入したのだ。よく鉢合わせなかったものだと感心する。室内を検分する人間が現れたこのタイミングで麟児はボタンを押し、本部のオペレーター室へと回線を繋ぐ。
「明星隊長がポイント2018io2qにて森林公園内へトリオン兵を送り出していた部隊を鎮圧。そのまま敵の拠点を聞き出し占拠に向かった」
通信室の向こうから机を叩くような音、驚くような声、様々な雑音が聞こえてくる。
『何を考えているのだ!?』
森林公園内での騒動、そして二宮と水上達は今自分達がいる情報を本部へと繋いでいるのだろう。事態を見届けた鬼怒田室長が声を上げる。尤もな反応に麟児は冷静に反応する。
「今回の新たなトリオン兵の出現で野放しにするのは不味いと判断したのでしょう。後先、考えていませんね。一応、敵の拠点も三つ聞き出しているので真偽を確認するために――と言ったところですか」
『明星隊員が何事もなく丸く収めるところなんて想像できんわい。独断専行を止め……せめて部隊編成するのを待つべきだろ。いやその前に雨取麟児。貴様は止めんかい!』
「止めましたよ。もう少し引き延ばすことができれば二宮隊員、水上隊員と鉢合わせて完全に止めることができたのでしょうが……あいつ、換装解いて通信できないようにしているので。スマホにも掛けていますが電源切っています。連絡どころかどの拠点へ向かっているのかも判断できませんね」
半分本当で嘘である。後は自分の判断に任せると桜花に指示を出された以上、麟児はその通りに行動することを選んだ。勿論それは桜花の利害は関係ない。
『じゃじゃ馬め』
城戸指令の低い声を聞く。次に何が起こるのか想像するのは簡単だ。今、本部オペレータ室から今回の作戦参加メンバーに作戦終了の旨が伝達される。
『迅、お前には直接聞きたいこともある。至急本部まで帰還せよ』
『……了解です』
一連のやり取りを聞き終えて麟児はパソコンの電源を切る。代わりに備えてあるノート型パソコンを手にし、作戦室を後にする。桜花が単独行動に走っている以上、自分も動かない方が怪しまれるか。別に悪巧みをしているわけではないが一部の者が自分にいい顔をしていないのを知っているため用心しすぎるくらい考えて行動する方がいい。
本部の通路を歩き、麟児は嵐山隊作戦室の前で止まる。扉を開き躊躇うことなく麟児は室内へと踏み入った。
「失礼する」
「雨取さん?」
いきなりの訪問に嵐山と綾辻は何かあったのだろうかと一瞬身構える。それでも相手が見ても分からないような温和な雰囲気でいるのは流石といったところだ。
「どうぞお掛けになって」
「すぐに出るから気を遣わなくていい。今回の任務……いやこれからに関してだが、いいか?」
二人が頷くのを確認し麟児は本題に入る。
「後に上層部から正式な話が行くと思うが俺の口から言わせてもらう。まず今回任務を終了させたのは桜花が相手を戦闘不能にしたからだ。で、その時に敵から本拠地を複数聞き出している。ボーダーは部隊を編成して今日、明日中に突撃をするだろう」
「急ですね。今回のことを考えると他のところとの連携が必要になるはずですが」
近界民ではなくこちら側の世界の施設へ突撃するのだ。ボーダーがただの民間組織である以上、国に対して然るべき手続きが行われるはずだ。本来であればその手順をしっかりと落ち着いて踏むと麟児は肯定する。
「あぁ、通常ならな。しかし今は待っている時間はない」
「それってどういう意味なんでしょうか?」
それだけ緊急な何かが起こっていることだけは分かる。しかしその理由までは見当がつかない。綾辻の疑問に麟児は端的に答える。
「桜花が単独でそのうちの一つに乗り込みに行った。対応時間が遅くなればなるほどボーダーは後手に回ることになる」
だから近々制圧しに行くのだと二人は悟る。
「明星さん大胆というか……それだけ緊急を要すると判断したということでしょうか?」
「いや、あいつはただ切れてそのままの勢いで乗り込んだだけだ。しかも邪魔されたくないのか換装を解いてスマホの電源も切っている。俺さえも居場所どころか連絡が取れない状態だ。乗り込む寸前まで、トリガーを使わない気だ」
麟児は真っ直ぐに嵐山へと視線を向ける。キレた発端はなんだったのか本人に自覚させる。意図を理解した嵐山は口を開こうとしたが麟児に制止させられる。どうやらそれは当人達だけでやってほしいらしい。確かに言うべき相手は違うだろうと、嵐山はその言葉を呑み込んだ。
「雨取さんが来た理由はこの後の突入部隊の編成についてですか?」
「迅が招集されている。サイドエフェクト次第になるが高確率で嵐山隊は待機だ。俺なら念のためにそうする。今から決行するなら尚のこと。お前は無理だ」
トリオン体が破壊されているからだと、理解できる。だから感情的になるところではない。沸き上がるものを露わにしないようにと嵐山は努める。突然襲ってきた虚無感が胸にぽっかりと穴を開ける。それは”今度こそ一緒に”という想いが叶わないからだろうか。
「前に言ったよな。桜花は自分の領域に他人が入ることを拒絶している。あいつのことを想うなら深入りはするな」
「そういう話でしたか? 俺はてっきり――」
嵐山の言葉に麟児は溜息を吐いた。
「嵐山はそういう答えを出したのか。なら何故……いや、大方拗らせている原因はあいつか」
麟児は一瞬思考してから口を開く。
「お前の判断のおかげで明星隊長は無事だった。感謝する」
義務的な言葉を投げつけて立ち去ろうとする麟児に嵐山は反応する。
「雨取さん。桜花がどこへ行ったのか知っているんですよね?」
「桜花の居場所どころか連絡も取れない状態だと言ったはずだが」
「それ」
嵐山は麟児が手にしているノート型パソコンを指す。それは遠征時などにオペレーターが使用するためのものだ。
「持ち出すということはそういうことですよね?」
「俺が編成されることは考えないのか?」
嵐山は何も答えない。ただそう信じているのかその目は真っ直ぐだった。
「話の途中にすみません。たった今、オペレーター室から新しい任務が発令されました。森林公園の任務にあたっている隊員は現場を鎮静する部隊と本部へ帰還する部隊に分けられました。本部内にいる隊員も数名指名されています。三十分後、任務の通達があるようなので……嵐山さんは大会議室へお願いします」
綾辻は麟児の顔を見るだけに留めた。その後に続く嵐山の名前を聞く限り、その中に麟児の名前はなかったのだろう。麟児はスマホを確認する。こちらに連絡が何もないということは本部待機ということでもないと都合のいいように解釈する。さて、と一呼吸。麟児は嵐山を見返した。
「俺達が聞き出したポイントは三つ。蓮乃辺にある高層ビル、四塚市の廃遊園地、〇県境にある商社だ。今からの招集で直ぐに任務を行うとして、夕方から夜に掛けて蓮乃辺、四塚市が片付くくらいか。トリオン体の回復時間を考えてやはり嵐山がこの件に参加することはない」
「ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはない。言っただろう、あいつに深入りはするな。俺は諦めさせに来たんだ」
「はい」
麟児は肩を竦めると嵐山隊の作戦室を出た。嵐山もその後を続くような形で部屋から出ると指示があった通り大会議室へと向かう。
その姿を見届けながら麟児はエントランスに向かって歩き出した。自分のポケットで主張するスマホを取り出し、画面に表示されている名前を見て迷わずに出る。
『用件は何だ、迅――』
嵐山がベイルアウトして、麟児と話してから然程時間は経っていないように思う――というのは嵐山の体感で実際はもう少し経っていた。大会議室に入室すると既に数人が着席している。その中には既に迅や風間、二宮、水上といった数名の隊員がこちらに帰還しているのも確認した。嵐山も彼等に倣って空いている椅子に座った。
「全員揃っていないが先に始めさせていただく」
任務対象者は後に連絡すると忍田本部長が伝えてから城戸は今回の任務が森林公園での近界民騒動と関連があるという前提を話す。被害規模というよりは相手側が行ってきた襲撃内容の問題視。市民の混乱を防ぐために近界民を盾に彼等を庇ってはいたがそれは相手の行為を増長するだけだった。結果、今日という事態を招いたと、これからの任務の正当性を説明する。
「――ある経路で入手した敵の拠点と思われる三ヵ所の調査及び襲撃をしてもらう。森林公園の現場はトリオン兵を全て討伐したとはいえ未だ騒然としている。傍にはマスコミ関係がいたことにより完全に落ち着くまでは現在現場に残っている嵐山隊を中心に数名に対応を任せる」
そしてマスコミの目を現場にいるボーダー隊員や市民に向けさせる。沈静化するのにボーダーは手一杯という印象を与えるためできるだけ長引かせる予定だ。世間が本事件を注目し騒ぎ立てている間に今から編成される三部隊が各拠点に向かい一斉に襲撃する。それが今回の作戦だ。
拠点の場所が全て三門市の外ということもあり実力と共にいつも以上の覚悟も問われることになるため必然的にA級クラスの隊員が選出される。拠点制圧の三部隊の中には勿論、嵐山の名前はない。代わりにあるのは後処理の部分。翌日、既に報道されると予定が組まれているメディアへの顔出しだ。今回ベイルアウトしたことで自分の身の安全の証明。そして市民の不安の払拭。今敵対しようとしている組織に対してのメッセージもあるだろう。
指定の時間が来るまで待機ということで解散となった。
それぞれの部隊、自分に課せられた任務のスケジュールを頭に叩き込み嵐山は席を立つ。近界民の襲撃時の防衛任務で行われるミーティングとは違う異質な空気。更に幾つかの視線も感じた。誰も話し掛けてこないことをいいことに嵐山は気づかない振りをして部屋を出る。そして三門市へ繋がる隊員専用の連絡通路を歩いて外に出た。いつも見る街並みだ。車道近くに寄り、嵐山は手を上げて車を止めて乗り込んだ。
「お客さん、どこまで?」
「三門駅まで」
不意に聞こえてきた声に目を見開く。
「ほら、詰めて詰めて」
言いながら迅が嵐山の身体を奥へと押し込み、座席に腰を下ろした。嵐山の意志を確認することなく閉じられた扉に嵐山は息を吐き出した。どうしてここに――と聞くのは今更だろう。
「やっぱりな」
自分よりも先に言われてしまった言葉に嵐山は苦笑もできない。
「止めに来たか?」
「おれが何を言っても嵐山は自分が決めた選択を信じて動くだけだろ? そういうとこ、小学生の頃から変わらないよね」
何時の時の話だと、嵐山は微笑んだ。
20190303
<< 前 | 戻 | 次 >>