あなたと出逢う物語
たこ焼きウォーズ

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「それでは始めたいと思う」
 なんとなくだがこれからカオスになる予感が柿崎はしていた。
 生駒隊の作戦室。
 集まったのは嵐山、生駒、柿崎、迅そして桜花とここ最近では馴染みのある顔ぶれだ。
 始まりは生駒の一言「親睦会やらへんか?」から始まり「たこ焼き食べたい。タコパするで*」からの今である。
 各々のライフスタイルがあるため一番参加人数が多い日に設定したもののあまり変わり映えしない面子に突っ込んだのは生駒本人である。
「月見と橘高おらへんやん。花が消えたわ」
 女性唯一の参加者である桜花の前でそういう発言はいかがなものか。
 桜花をフォローするべきか生駒を突っ込むべきかと考えているうちに嵐山と迅の口が開くのが見えた。
「生駒ーー」
「桜花ーー」
「花ならあるじゃない」
 彼等の反応を無視し一番最初に言葉を最後まで言い終わったのは桜花だった。因みに桜花の言う花は自分のことではない。今回のメイン具材とも言えるタコだった。彼女はタコを指しながら言い切ったのだ。
「明星、分かっとるやないか」
「そのための集まりでしょう」
(いやいやいやいや……!)
 そうだけどそうではない。
 人間以下、しかも茹で上がって生きてもいないものを花と称していいものか。これが出会いを求める合コンであれば女性から好感を得られることはほぼないし、生駒はただの盛り上げ役で終わる。女の子にモテたいと言っているのにモテない理由はそこだ。しかし柿崎が指摘できる空気は存在していなかった。
 二人の雰囲気にあてられて嵐山もそういえばそうだったと同意している。あの顔はそうだ間違いない。まともな感覚がベイルアウトしてしまった嵐山はきっとこちら側に戻ってくることはないのだろう。
 今から戦地へ赴くわけではないのに妙な緊張感が柿崎を襲う。
 柿崎は恐る恐る迅に視線を向ければ、彼は一瞬頬を引きつらせて淀んでいく瞳に、多分、自分と同じ感想を抱いたのだと柿崎は悟った。
「とにかく焼いてくれないと食べられないんだけど」
「せやな、焼くで〜」
 先陣を切る生駒がたこ焼き器に生地を流し込んで行く。その隣で迅がタコを入れ嵐山が小皿を柿崎が竹串を皆に配る。
「??」
 渡された竹串に目を丸くしている桜花の姿を見る限り初めてなのだろう。分かりやすい反応にそれとなく話を広げるために柿崎が声を掛ける。
「明星、初めてなのか?」
「そうだけど、え、私焼くの?」
 どうすればいいのか分からないではなくどうして私がやるのかという方だったらしい。らしいといえばらしいがタコパって皆で焼くものではなかったか。少なくても桜花以外の面子が集まってやる場合は作って食べるをワンセットに楽しむものだったと柿崎は記憶している。
「生駒がプロみたいに作っているのに私やる意味ないでしょ」
「たこ焼きは主食でありおかずでもあるからな。焼けるの当然や」
 ――と言いつつも褒められて嬉しいのかいつも以上に生地をひっくり返す手際が良い気がする。もっと褒めてもいいんやでという生駒の空気に乗っかって桜花が声援を送る。
「生駒すごーい。私、生駒の作ったたこ焼き食べたい」
「ええで、ええで」
「確かに生駒が俺達の中で一番上手いよな!」
「あはは、イケメンに褒められると照れてまうわ!」
 桜花の若干棒読みの声援の補助をするように嵐山からも褒め言葉が飛んでいく。二人に応えた生駒は気をよくしたのか勢い余って一面を全て焼き尽くし、ほいほいと皆の皿にたこ焼きを届けていく。
「お店に売っているやつみたい」
「せやろせやろ。イケメンが焼いとるから美味しいに決まっとるやろ」
「はいはい」
「桜花、生駒っちの扱いに慣れたな――」
 いつも通りの柔和な表情に戻っている迅がしみじみと呟いている。確かに、この短期間で二人の関係はボケと突っ込み、ボケとボケ、ボケとそれを持ち上げて落とすというようなコント姿を見せるようになっている。意思疎通ができているかどうかは別として波長は大分はあっていた。だから二人を放置すると混沌世界ができあがるのを迅と柿崎は学んでいる。二人が楽しむのは良いが軌道修正は必要なのだ。
「ということで第二ラウンド――俺も焼いてもらった美味しいたこ焼き食いたいな〜」
「嵐山、出番じゃない。生駒のために焼いてあげなさいよ」
「ん、今そういう流れだったか?」
「そう言う流れだったでしょ。生駒が自分でイケメンが焼いたから美味しいって言ったのよ? なんの問題もないわ。はい」
 仕方ないから生地だけは流し込んであげるとプレートに適当に流し込んでいく桜花に生駒が少し哀しそうな目をした。
「明星、あかん。タコが入ること考えたって!」
「うーん、もう手遅れだからタコ入れていくね」
「迅早まるなや!!」
 タコが投入され必要以上に溢れる生地を綺麗に丸めることは難しい。どんな焼き上がりになっても大丈夫だぞと言わんばかりに嵐山が皆に竹串を持たせる。
「俺、一人だと大変だから手伝ってくれ」
「え」
「焼くのも楽しいぞ」
「え――……」
 言いながらくるくると綺麗にひっくり返した嵐山に桜花は信じられないものを見るような目を向ける。その隣で「意外とできるものだね」と呟きながら迅も何の問題もなくくるくると綺麗に生地をひっくり返した。
 難易度上がっているのに、ものともしない二人はとてつもなく器用だった。生駒は「何でもできるイケメンずるい」と嬉しいのか泣いているのか喜びたいのかで表情が忙しい。
 柿崎も二人のように焼くものの苦戦した痕跡を残すような出来となった。今まで数度行われているタコパで知っていることなので今更残念がることもない。相変わらずこんなものかなと自分自身で思っているところだ。
 初参加の桜花はやはりというかなんというかかなり酷いもので、そもそもひっくり返す気はないだろうと言わんばかりに竹串で生地をぐちゃぐちゃと掻き乱していた。そしてたこ焼きの面影もない残骸が出来上がってしまった。
「ちょっと桜花、食べ物で遊ぶのは駄目でしょ」
「私が食べ物で遊ぶ奴だと本気で思っているの? 心外だわ」
「大丈夫だ。何度もやれば上手くなるぞ」
 タコだけをすくい食し始めた桜花に恐らく求めていないだろう励ましの言葉を貰ってしまい桜花は軽く項垂れた。
 彼女の隣で残骸になった生地をスプーンで嵐山が掬い自分の皿へと持っていったおかげで綺麗になってしまったプレートが第三ラウンドが始まることを告げていた。
「生駒プロ〜」
「任せておき!」
 助けを求めるように桜花が声を掛ければ生駒は口角を上げ眩しいくらいの笑顔を見せる。そしていい感じに生地とタコを投入し、先程に比べひっくり返しやすい状況を作り出した。
「ほな、行ってみようか〜」
「そう言う意味じゃないんだけど」
 聞こえてきた声を拾った柿崎は苦笑した。どうフォローするか一瞬考えたが行きつく先は分かっている。自分にも覚えがあることなのだ。
「まーあれだ、俺も最初まったくできなかったけど、今ではなんとかひっくり返せるようになったし……明星もそのうちひっくり返せるようになるさ」
「あーー柿崎が未来の私なわけね」
 桜花は残っている生地を見てげっそりとして答えた。
 
「ちゃうちゃう。鉄板と生地の間に入り込むように素早くやな」
「プロは黙ってて」
「桜花、意外と不器用だよね〜」
「上手い奴も黙ってて」
 場の雰囲気に乗っかる桜花はなんだかんだで付き合いが良いのだろう。周囲に見守られながら桜花は柿崎の追体験をしていた。
「柿崎、もう一回」
「お手本なら生駒に頼んだ方が……」
「アンタが私に近いんだから、いいのよ!」
 ひっくり返せそうでひっくり返らない。やっとのことでひっくり返した生地を横から嵐山が丁寧の整えてそれっぽく見せていく。
「共同作業でようやくって、どんだけ……私たこ焼き職人には慣れないわ」
「なるつもりがあったの?」
「あるわけないじゃない。お腹膨れていないのに気力が減っていくのって何故かしら」
 もう飽きてきたのか桜花がタコパ開始時とは違った意味で投げ槍になっている。「お礼にあげる」と言いながら今仕方ひっくり返したものを両隣にいる嵐山と柿崎の皿に無理矢理載せていった。
「俺は、俺は?」
「はいはい、誘ってくれてありがとーございました」
 できたてのたこ焼きをぷすりと刺し、桜花は生駒の目の前まで運んで差し出した。
「……」
 騒ぎ立てていた生駒が急に真顔になり身動き一つしなくなった。思うよりも先に自分の背中に流れた一粒の汗に柿崎は先程までの楽しい雰囲気が少しだけ毛色を変えたのだということを悟った。
「俺、女の子にあーんして貰うの、夢やったけどなんかこれは違うわ。明星、あかんねん」
 マジレスだった。思っていても言うなよとかあかんねんってなんやねんとかいう突っ込みは音になることはない。そう言われている桜花の顔には感情という色が浮かび上がることはない。
「アーン? 熱いからそんなことしないわよ。それより皿出してくれない?」
「なにこれ、俺誤爆やん! 恥ずかしいわ」
「はいはい、生駒可愛い」
「女子に可愛い言われる俺、恥ずかしい……」
「可愛い可愛い」
「あかんやろ、助けてイケメンズ!!」
 再び始まってしまったコント。生駒の助けを求める声に柿崎ははっとする。
「明星、あまり生駒を揶揄うのは――」
「楽しむためのタコパでしょ? 問題ないわ」
「いや、その楽しみ方は違うだろ」
 柿崎は桜花を止め、生駒を落ち着かせてなんとか場の空気を修正しようと試みる。一人でマイペースな二人を相手にするのは大分骨が折れる。ちょっと手伝って欲しい。そういう意味合いを込めて嵐山と迅を見ればそちらはそちらで別のことが起こっているようで、嵐山が迅を制止する声を上げた。
「迅!」
 おかげで桜花も生駒もコントを止めてくれたので良かったのか……と思いながらそうでないのだと知るのはすぐだった。
 迅が誰も見ていないのを良いことに生地にぼんち揚げを投入していたのだ。
「何してんねん」
「タコもなくなったしここで真打の登場かな〜って」
 タコパ開始時に迅は仲間だと思っていたのにあれは嘘だったのか。柿崎の希望が少し消えた。
「変なもの入れるんじゃないわよ」
「ぼんち揚げは変じゃないよ。寧ろ、美味しいから! 大丈夫!」
「迅が言うならそう、なのか?」
「何流されているの! 迅、それ加古さんと同族だから」
「えーおれのは愛が詰まっている」
「迅、お前の愛が溶けとるで」
 熱せられたぼんち揚げがじわじわと生地を浸食する。今からぼんち揚げを抜き取るのは諦めるしかなかった。
「アンタ、責任もってそれ全部食べなさいよ」
「えーぼんち揚げ絶対美味しいっておれのサイドエフェクトが言っているし、皆で食べようよ」
「嫌よ」
 言うと桜花は抵抗するようにぼんち揚げが溶け込んだ生地に向かって竹串を突き刺した。そしてくるりと鉄板から生地を引き剥がす。
「お」
「え」
「上手くひっくり返せたな!」
「いや〜そこまで嫌がっちゃうかな?」
「当たり前。絶対、食べなさいよ」
 両面焼き上がったぼんち入りたこやきを容赦なく竹串で刺し、桜花は迅の皿に投げ入れた。
「初めて綺麗に焼けたのに全然嬉しくないんだけど! 柿崎、責任取って!!」
「俺かよ」
「ん――じゃあ桜花の、戴きます」
 そう言って迅は戸惑うことなくそれを口にした。

 桜花が綺麗に焼くことのできたたこ焼きは少しざらとした舌触りにほんのり優しい醤油味で美味しかった、らしい。


20190406


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