あなたと出逢う物語
その未来は手の中に

しおりを挟む


 迅と桜花が付き合う様になっても劇的な変化はなかった。今まで通り防衛任務を行い友人と過ごす。迅の趣味である暗躍に桜花が付き合っているのか、はたまた桜花が迅を振り回しているのかは目撃した人物により見解が異なるが、少なくとも今まで通りの二人ではあるらしい。
 別に付き合っていることを隠しているわけでもないが、桜花が人前で恋人特有の甘ったるしさを見せるのが苦手だったことに原因があるのだろう。
 だから、なんでもない日常の合間に愛を囁いて手を繋いで抱きしめて桜花の体温や匂いを感じてそれなりに甘いひと時を過ごしていた。人目を盗むような時間は迅自身も性に合っていたししっかりと楽しんでいた。
 暫くはこのままで――。
 そう思っていたのに嘘はない。しかし回数を重ね共にいる時間を積み重ねていくうちに、まだ一緒にいたい。もっと一緒にいたい。と別れる度に想いが溢れ出た。自分は思った以上に人並みの欲を持っているのだと思い知る。傍にいるだけでいいなんて――どこかの聖人君主でもあるまいし現状維持で満足できる程、男という生き物は我慢強くできていない。桜花が迅をどう認識しているかは分からないが、少なくても迅は今よりももっと男として見られたいし求められたかった。そのためには今以上に二人の時間を作ることが必要だった。
 玉狛では周知されているが中でいちゃつくのは先輩として少し気恥ずかしい。だからカラオケやネットカフェやホテルなど密室空間への出入りをしようと考えるのは最早、自然の流れだった。しかしどういうことなのか……思い立った日は何故か出入りする瞬間を写真に撮られてSNSで話題に上がり余計に二人の時間が確保できなくなる未来が見えるのだ。
 桜花が過去にSNSで炎上したことがある。旬だってもう過ぎているのだからいつまでも追いかけるのは止めて欲しい。再燃なんて迅は望んでいない。ただでさえ桜花は不運を引き寄せるきらいがある。近界民に攫われたり悪意やネタとして扱われることに付き纏われすぎて本人も慣れてしまう始末……平穏には程遠い。一時期とはいえ迅もそれを利用していたこともあったので声を大にして言わないが、ご遠慮願いたかった。
 そうすると、だ。残った選択肢がボーダー本部。桜花の部屋になる。ボーダー本部という施設にちょっと懸念があるがしかい用意されているプライベートルームならどう過ごしても問題はないはずだ。そこでなら二人の時間を確保することは容易いはずなのに、これもまた何故か上手くいかないのだ。

『昨日の夜は熱かったな〜続きしようぜ』
『迅もいるのか! お前ばっかずるいだろ。俺も混ぜろ』
『え、お前ら最近よくつるんでるけど付き合ってたり……お、マジか〜。え、俺今より疎外されるのか? やめろよ』
『いちゃつきたいなら俺を倒してからにしろ! お、いいなこれ。よし、今からこれで行こう。よし、今からランク戦しようぜ〜』

 ふと思い浮かんだ言葉は実際この部屋で聞いた言葉だ。しかも全て同一人物から発せられたものになる。空気を読めないなら教えれば済むことのはずなのに教えても気にせずに絡みにくる男に剣で黙らせることができなかったことを迅は今までにない程、後悔した。
「あ」
 今、目の前にちらついた光景に声を上げる。見えたとははっきり言わなかったのにも関わらず桜花はこれから起こることが分かったのだろう。慌てて自身の部屋の扉に駆け込もうとしたがそれよりも先に扉が嫌な音を立てて勢いよく開かれた。
「明星〜今日もやろうぜ!」
 部屋の主の許可なく扉を開けプライベートルームに上がり込む太刀川は今まで通り。お邪魔虫以外のなにものでもなかった。
「お、迅もちゃんといるな」
 満足そうに微笑む太刀川をよそに桜花は扉を睨みつけている。肩がわなわなと震えているところを見ると今回も壊れてしまったのだろう。
「信じられない! アンタうちの扉を何度駄目にすれば気が済むのよ!!」
 飛び掛かりそうな桜花を静止させるように抱きしめる。それでも彼女の怒りは治まることはないようで迅の腕を解こうとしている。身じろぐ度にいい匂いが鼻を擽るが迅はぐっと堪えた。
(鬼怒田さんに桜花の部屋をもう少し頑丈にしてもらうようにお願いしておこう)
 理性を手放さないように違うことを考え、そして呆れたという顔を迅は太刀川に見せる。
「お前らいちゃつきたいなら他でやれよ」
「それ、太刀川さんに言われたくないから」
 存外にお前は邪魔だと告げているのに当の本人はどこ吹く風だった。
「い、ちゃ……!?」
 桜花が言葉を詰まらせる。目の前の太刀川がニヤついているところを見る限り腕の中にいる桜花は今、迅が見たい顔をしているのだろう。
(おれ見れないのに太刀川さんが見るの、狡い)
 器量が狭いかもしれないがそう思ってしまったのだからしょうがない。そしてことごとく邪魔されているのだから恨みが募ってしまうのは自然の道理……に違いなかった。
「そもそも太刀川さん桜花のとこに来すぎなんだよ」
「明星いつもボーダーにいるしやる相手いない時は丁度いいんだよ。そんなこと言うならお前普段から俺の相手をしろよな」
「十分相手してると思うけど」
 ランク戦で言えば桜花よりも太刀川の方が剣を交えているのは事実だ。ちゃんと付き合っていることを主張すれば「足りねぇよ」と返される始末。太刀川は迅にとってなんなんだと言いたくなる。いや、聞かなくても返ってくる言葉は分かるのだが。
「お前ライバルより女を取るのかよ」
「取るでしょ」
「即答かよ。少しは悩めよな」
「悩まないって」
「マジか」
「マジだって」
「……マジか〜〜」
 太刀川は迅をそして桜花を見て溜息を吐いた。今更な反応を見て襲ってきたのは脱力感だ。自分の胸にある桜花の熱を感じて腕だけは緩めなかったのは今日はまだこの後の二人の時間を諦めていないからだ。太刀川がどれだけおもちゃを取り上げられた子供のような表情をしても心が揺れ動くことはない。
「これって俺、馬で蹴られるやつか?」
「馬じゃなくても雷は落ちるわよ」
「え――この扉壊れやすいだけじゃねぇの?」
「反省の色全くないじゃない! 一度鬼怒田さんに怒られろ」
「鬼怒田さんはちょっと、な――……はぁ。そんなに俺を邪険にするならお前ら一緒に住めばよくね?」
「え」
「え」
「……ん? 俺何か変なこと言った??」
 確かに一緒に住めば二人の時間は確保されるし今みたいに邪魔されることもないはずだ。何故こんな簡単なことを思いつかなかったのかと頭を抱えたくなる。
(でも、そっか――おれ、桜花がこの部屋から出る未来は見ていなかったから)
 それはないのだと無意識に除外していたのかもしれない。どんなに未来を見ることに長けていても迅にとって未来を変えるので手一杯。自ら作り出すことに関しては不慣れなのだ。そう思うと奔放的な桜花がボーダーを出て違う場所に住む発想に至らなかったことが少しだけ疑問に思ったが……傭兵にとって住む場所が変わることの意味を考えたら、なんとなく想像はできた。
(……かっこわる)
  求められたいと思っていながらそれ以上に桜花を求めしがみついている自分に苦笑する。思わず抱きしめる腕に力が籠る。迅の心境を感じ取ったかそれとも違うことを考えているのか、桜花は大人しくされるがままになっている。胸に押し寄せる波にそわそわする。未来はまだ何も見えてこない。
「とりあえず太刀川、出て行ってくれない? 私、今から忙しいの」
「まぁまぁそう言わずに一戦くらい……」
「鬼怒田さん、忍田さん、風間さん」
 特定の人物にしか効かないであろう言葉の羅列。言い切った桜花を太刀川は恨めしそうに見下ろしていた。
「……それ、狡くねぇ?」
「今まで使わなかっただけ感謝すべきでしょ」
「あーそうだな」
 太刀川は頭をぼりぼり掻きながら思案する。どうやら今回は空気を読むことにしたらしい。諦める代わりにと太刀川が迅に視線を向ける。
「太刀川さん、何も言わなくていいから」
「そうか? じゃあ、次はちゃんとやろうぜ」
 言いたいことだけを残して颯爽と去っていく太刀川に「言われなくても」と呟いた。ふぅと息を吐く。腕の力を抜けば手は自然と下に落ちていく。
「ちょ、どこ触ってるの」
「ん――太もも」
「聞いてた? 私、今から忙しいのよ!」
「うん、念のために言っておくけど賃貸や物件の購入には契約やら審査やらあるから今日いきなり住めないからね」
「え、そうなの?」
「そう」
 桜花がこの部屋から出ることを選択した。その決断の理由は間違いなく自分と同じ想いだろう。
「ねぇ桜花」
「何?」
 迅は意を決して、共に未来を作り上げるための言葉を口にする。

「おれと一緒に住もう」


20200414


<< 前 | | 次 >>