分岐点
出水公平

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ボーダー隊員の星海あかりは変わっている。

その情報を知るのは意外と早かった。
何せ初対面での第一声が「眩し……!」と悲鳴を上げるところから始まる。
この場には通常の人よりトリオン量が多い者が集まる。
そりゃ視る人視る人彼女にとっては眩しくてしょうがないだろう。
そして彼女が特異なサイドエフェクトを持つことを知らない人間にとって、
彼女との出会いは奇怪であった。
特に彼女の奇怪と呼ばれるそのリアクションもトリオン量が多ければ多い程、
激しさを増す。
天才と呼ばれる出水も例外ではなかった。

「これ、酷いっ!直視できない!!」

出水が初めてあかりと出逢った時に言われた言葉だ。
インパクト強すぎて今でも覚えている。
出水が初めてあかりに会った時、
彼女にとっては不運の連続だったらしい。
眼鏡のネジが緩くなっていて少しの衝撃でも外れやすくなっていた。
そこですれ違う人とぶつかり、衝撃で眼鏡が落ち、
たまたまあかりの視界内に出水がいた。
お互いの視線があった後だ。
あかりが叫んだ。
この時出水はあかりがそういうサイドエフェクトを持っているとは知らなかった。
だからあかりのこの言葉を聞いて、
人の顔を見てなんて奴だと正直思った。
言われた出水の心境とは変わって隣には同時期に入隊した米屋がゲラゲラ笑っていた。
それも更に出水の神経を逆撫でした。
文句の一つや二つ言う権利は出水にはあるはずだし、
実際言おうとも思った。
しかしその前にあかりの悲鳴が聞こえたらしい菊地原の傍にいた宇佐美が駆けつける方が早かった。

こういう事は何度か経験してきたのだろう。
宇佐美は状況を把握するのに左程時間は掛からなかった。
出水達に説明を丁寧にしていく。
信じにくい話だったが、そもそもサイドエフェクトと呼ばれる能力は出水にとって縁がないものであった。
だが、悪友である米屋の従妹である宇佐美の言葉を、
信じられないと切り捨てる事はできなかった。
理解はできなかったが納得するしかない。
そう悟った出水は実に大人な対応をした。

人生に一度しかないだろう出逢いから数日が経った。
接していくうちに分かった事だが、
星海あかりは悪い子ではなかった。
割と素直で真っ直ぐな人間だった。
コミュニケーションはあまり得意ではないらしいが、
会話ができない程のものではない。
好きなものは好きだと言うし、否があれば認めるし努力もする。
常に前向きだ。
たまに人と価値観があわないことがあるのか、
きょとんとする事もある(これが本人にとってはコミュニケーションの難しいところらしい)が概ね人付き合いは良好な部類に入るのだと思う。
そこには小学校から馴染みがある時枝、佐鳥、烏丸や、
オペレーターでありながらエンジニア気質の宇佐美の力もあるが、
それを差し引いてもあかりは悪い子ではなかった。
なんとなく庇護下に置きたくなるような感じの子だったと言ってもいいかもしれない。

この頃のあかりは、
本部内にいてもエンジニアの許可がなければトリガーの起動をしなかった。
訓練室にいるよりも開発室にいる事が多かった。
合同訓練には出ていたがランク戦はあまりしないし、
人より訓練生期間が長かったのは致し方ない。
彼女がB級になった頃、
同期の一部は早くもA級になろうとしていた事もあり、
あかりは正隊員になったが補欠隊員だと見られている。
それを肯定するように回収班として防衛任務後のトリオン兵の回収や現場調査を行う事が多い。
あかりが開発室にいる事が多いためかいつの間にかエンジニアとして所属しており、
そちらの仕事をメインにしている事も原因の一つではある。
あかりも周りのその評価に異論はないのか、
素直に受け止めている節がある。
だけどそれを快く思わない人間もいるわけで――…


「お前、本当勿体ないよなー」
「何がですか?」

ランク戦終了後、休憩ブースで寛いでいた。
A級一位太刀川隊の射手の出水は基本前線で暴れる太刀川のサポートを行うのが主だが、
自ら前線に出て動き回る事もする。
那須のように敵を追いつめるように撃ち、
二宮のように相手を動かすために撃ち、
加古のように相手の隙を狙って撃つ事もある。
器用にいろんな戦い方ができるのが天才と言われる彼の強みであるが、
たまには火力や物量に物を言わせた真っ向勝負もしたくなる。
そう行った時、自分と同じように多大なトリオン量を持つあかりはちょうどいい相手だった。

出水の容赦ない大量のアステロイドをハウンドで撃ち落とす。
ハウンドをメインにしているだけあってあかりは撃ち漏らすことはしない。
しかもただ当てるだけでなく、しっかり相殺していく。
これはサイドエフェクトの恩恵があるのかもしれない。
それでも実戦経験の豊富さや器用さは出水の方が上だ。
お互い好きなように撃ち合って結果、勝敗は出水の方に上がった。

「バイパー上手くなってんじゃん。
アステロイド相殺しながらその間を通ってきたのは正直ビビった」
「それでも先輩みたいに正確には程遠いです。
何発か上手く弾道引けなかったし……」
「それは経験だろ」

少しずつだがあかりも成長している。
どこかの隊に入ればB級中位、
もしかしたら上位にだっていけるかもしれない実力はあるのではないかと出水は思っている。
だが、あかりはチームを組もうとしない。
言えば決まって「エンジニア業務を優先したいので」だ。
あかりが遠征に行きたがっている事は知っている。
でも、それを差し置いてまで優先にしたいと思うような事は何なのか出水は知らない。

ピピピピピピッ

通信音が鳴る。
どうやらあかりに任務が入ったらしい。
これは今防衛中の隊がトリオン兵を倒した時に鳴る。
つまり回収班としてあかりが現場に行くという事だ。

「任務入りましたので、失礼します」
「気をつけろよ」
「はーい、ありがとうございます」

あかりは律儀にぺこっとお議事をしてブースを出て行く。
それを見送っているとふふっと笑い声が聞こえた。

「あかりちゃんがランク戦やるの久しぶりに見たわ」
「加古さんお久しぶりっす」
「久しぶりね出水くん。遠征お疲れさま。
良かったらこの後どう?」
「いいっすよーランク戦やりましょう」

加古のお誘いに了承すると再び出水は待機室に入って行った。


20151022


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