分岐点
那須玲
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「那須先輩、こんにちはー」
「いらっしゃいあかりちゃん」
病室に入るとあかりは慣れた感じで側にあった椅子に腰掛けた。
目の前にいる那須玲は見た目通り病弱で儚いが似合うような女子高生だ。
病弱な身体でもトリオン体を維持できるかというボーダーの研究の協力者である。
結果、病弱でもトリオン体に換装し他の隊員と同じように動けることが実証されたが、
換装後、体力そして精神疲労は他の人間よりも大きいようで、
那須はトリオン体から本体へ戻ると必ず疲労していた。
今回はいつもより体調が悪かったのにトリオン体へ換装したらしい。
それで戻った時、いつもより負荷が大きかった事で倒れてしまったのだ。
今は回復したようだが、念のために二、三日入院する事になった。
あかりがこんな情報を知っているのは無論、彼女がエンジニアに所属しているからだ。
トリオン情報の解析はここにも繋がっており、
少しでも那須の負担が軽くなればと研究をしている。
那須とあかりの関係は研究者と被験者というだけではない。
先輩、後輩としての仲でもあった。
「先輩、聞いて下さい!
先輩に教えて頂いた通りバイパー使ってみたんですけど、
出水先輩に上達したと褒めていただきました!」
「本当?役に立てたなら良かったわ」
「はい」
嬉しそうに話すあかりを見て那須も微笑む。
「でも出水くんが相手だという事はランク戦は……」
「負けました。
でもハウンドとバイパーいい感じだったので、
いろんなパターンを試してみます」
「相変わらず勝敗に興味はないのね」
「そんな事はないですよ。
でも悔しさより感嘆したというか…こういう風に使えるんだなーって思いました。
やっぱり経験は大事だなーって」
呟くようにしゃべるあかりは真面目だなと那須は思う。
普通は悔しさをバネに、
次は勝ってやるという意気込みが向上に繋がっていくのだが、
あかりにはあまりそういうものがない。
少なくてもランク戦からはそういう風に那須は感じていた。
勉強熱心なので向上心がなくなることがなかったのは幸いなのかもしれない。
あかりはポイント数はあまりないので、
B級下位くらいの実力だと認識されている。
それどころか回収班として働いているため、
防衛任務もまともにできない補佐隊員と思われている節がある。
確かにあかりが勝つところはあまり見ない。
…というよりはランク戦自体あまり参加していない。
参加したとしても出水のように既に経験豊富な実力者だ。
自分と同レベル、またはそれより少し上の相手と戦うことがないあかりの戦いは、
結果だけ見ると負けてばかりだ。
でもただ負けているわけではないと知っている人間は知っているし、
少し勿体ないとも思っている。
どこかの隊に入れば今よりも経験はできるだろうにと彼女を知っている人間は誰しも思っている事でもある。
でも誰も彼女を勧誘する事はない。
それはエンジニアが全力で拒否をするからだ。
「こちらにいてくれないと困る」「星海のサイドエフェクトを有用するには開発室にいてくれた方が良い」「こちらの仕事もしているんだ、チームと両立するのは厳しい」
尤もらしい言葉で捲し立てる。
あかりをチームに誘わないのはもう暗黙の了解というものかもしれない。
しかし那須は知っている。
その言葉は言葉通りの意味ではないと。
だから那須は言う。
「あかりちゃんさえ良かったらうちの隊に入らない?」
これはいつも二人だけになった時のやり取りだ。
那須の言葉にあかりはやんわりと断った。
「もしかしてトリオン体の換装を解いた後の事気にしてる?
大丈夫よ、私で皆慣れていると思うから」
「那須先輩、自虐ネタ止めましょうよ」
「そう?」
那須とあかりは先輩、後輩という仲だけではない。
あかりの体質に関して…秘密を共有する仲間でもある。
那須がトリオン体の換装を解いた際の疲労について、
知っている者は多い。
だが、あかりの事を知っているのはエンジニアと目の前にいる那須くらいだ。
それはあかりが訓練生時代に遡る。
合同訓練で、攻撃手、銃手、射手は対人戦闘を行った。
所謂サバイバルゲームだ。
最初こそあかりはすぐにベイルアウトしていたが、
入隊して一か月もするとそこそこいい動きをするようになっていた。
後半まで生き残れる実力を身につけ純粋に仲間たちと喜んでいた。
訓練後、開発室に用事があると言って仲間たちと別れたあかりは、
洗面所に駆け込み、換装体を解いて嘔吐した。
それを那須が目撃したのはたまたまだった。
那須だっていつもチームメイトと行動を共にしているわけではない。
一人で本部を歩くことくらい極稀にあるのだ。
那須にも覚えがあるのだが、
いくら自分が病弱だと知られていても心配はできるだけ掛けたくないもので、
気分が悪くなるとこっそりと医務室に行くか…近くになければ洗面所に行く。
あかりの行動はまさにそれだった。
トリオン体を解いた事による反動に身に覚えがある那須は他人事だと思えるはずがなかった。
那須はあかりの背中を擦る。
「きついと思うけど深呼吸すれば少しは楽になるから。
歩けるようになったら医務室に行きましょう?」
「だ、いじょうぶです…酔っただけなので……すぐに治……う、ぷっ」
「酔う?」
あかりが落ち着いてから事情を聴いた。
見られたものはしょうがないとあかりも開き直ったようで素直に話した。
どうやらあかりは自身が持つサイドエフェクトの副作用で、
トリオン体の換装を解くと酔った状態になる事が多々ある。
肉体だと眼鏡を外すかどうかでトリオン情報が視える。
そのため、視覚…つまり目に負担が凄く掛かるのだが、トリオン体の時はそうではないらしい。
トリオン体に眼鏡の概念がないせいなのかどうかは分からないが、
肉体の時と違ってトリオン体になるとトリオン情報がダイレクトに入ってくる。
その膨大な量に耐え切れず、酔うという状態になってしまうらしい。
エンジニアの方で痛覚OFFと視覚補助の組み合わせで今は自身のサイドエフェクトでトリオン体の時にそういった感覚になることはなくなったが、
問題はその後で…それは絶賛研究中だ。
「なので、那須先輩にも負担を掛けることがあるかと思います……すみません」
「私の事知ってるの?」
「はい、あ、私一応エンジニアもやっているので。
星海あかりです」
それが那須とあかりの出会いだった。
「エンジニアさん達のおかげで負担も少しずつ減ってきたのよ?
ありがとうね」
「それなら良かったです」
へらっと笑うあかりに那須は思わず抱きつきたくなる。
ベッドの中にいるので物理的に不可能なのだが。
「あかりちゃんは大丈夫なの?」
「はい、もうドンと来いです!」
あかりの場合、技術の進歩というよりは慣れに近かった。
小さい頃乗り物酔いしやすかった子も、大きくなれば酔い難くなる感じに似ている。
「先輩、退院したら私のバイパー見てくださいね!」
「いいわよ。手加減はしないから覚悟しておいてね」
「はい!」
二人は笑い合う。
今日の病室はいつもよりすこし和やかだった。
20151024
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