分岐点
雨取千佳

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一月八日ボーダー正式入隊日。

この日あかりは開発室にいた。
そこで突如轟音が響きボーダー本部が揺れた。
一瞬地震かなと思ったが、
そうではない事を知るのは意外と早かった。
急遽狙撃手訓練室にくるように連絡が入ったのだ。
何でも壁を修復するのに一応見ておいて欲しいという事だった。
エンジニアの中でもこういう雑務を行うのは決まってあかりだった。
本人も率先してやっているので別に苦痛にも何にもなってはいない。
ただ、連絡を入れたのが鬼怒田だったというだけだ。
鬼怒田は開発室室長…つまりエンジニアのトップの人間だ。
厳しい物言いをするが、トリガー解析や、
今のボーダーのトリガー量産に一役買っている実力者だ。
あかりが尊敬する一人である。
そんな鬼怒田から連絡を入れられたという事は緊急なのだと勝手に判断して、
あかりは訓練室に急いだ。

「壁のことは気にせんでいい。
あの壁もトリオンでできているから簡単に直せる」

部屋に入るとそこには鬼怒田が千佳の頭を撫でていた。
いまいち状況がつかめない。
確か、今日は新入隊員のオリエンテーションの日だ。
千佳がここにいるってことは、
狙撃手としてボーダーに入隊したって事だろう。
で、鬼怒田が何故いるのかという疑問だけが残るわけだが――…。
千佳を撫でている鬼怒田は死角になっていて見えないが、
逆に千佳の立ち位置からはあかりが部屋に入ってくるのは見えていた。
現状に戸惑っている事もあり、
千佳は見知った顔を見つけて思わず名前を呼んだ。

「あ、あかり先輩!」
「千佳ちゃん?えっと…これはどういう……」
「星海か。二人は知り合いなのか?」
「はい。以前玉狛で会って…!」
「玉狛だと?」

鬼怒田のその声に、あかりは地雷を踏んだなと思った。
玉狛は本部の人間と違って近界民に対する意識は割とフレンドリーだ。
そういうのを邪険に思う人間は少なからず本部にはいるのだ。
だが、あかりが知る限り鬼怒田は近界民に対して特別恨み等は持っていなかったはずだ。
最近、玉狛と何かがあったのだろうかと思いいたるのは簡単だったが、
一体何があったのか想像するのは難しかった。
とにかく鬼怒田に怒りをぶつけられると身構えてしまうが、
そうはならなかったのは千佳が雰囲気を察して身構えてしまったからである。
その空気を感じ取った鬼怒田は我が子に接するように穏やかな雰囲気に戻った。

「千佳ちゃん安心していい。
星海が壁を直してくれるからな」
「壁、ですか?」

何の事かと思って壁を見れば、
すぐにそれは見つけられた。

「あれ、狙撃手の訓練室って穴開いてた?」

狙撃手ではないあかりはこの訓練室に来ることはほぼない。
自分の記憶を辿ってみても穴なんて開いていなかったはずだが…と考え込むあかりに、
佐鳥が「開いてないから」と必死に突っ込んでいた。

「あかり〜いいところに〜〜!!
壁をなんとかしてくれないとオレが大変な事に――っ!」
「さとけんが壁壊したの?
どうやって??」
「オレは壁壊さないよ!!」
「あの…壊したのはわたしです…その、ごめんなさい!!!」

千佳にも頭を下げられて混乱しながらもあかりは眼鏡を外して壁を見る。

「凄い、一撃だ…もしかしてアイビス?」
「はい…ごめんなさい!!」
「千佳ちゃんがアイビス…確かに今のままじゃ壁ダメかも……」
「相変わらず話が早いな」

どうやら鬼怒田がエンジニアを呼んだのはそういう事らしい。
千佳が狙撃手で活動していくなら、
訓練中、それに耐えられるよう壁を強化しておかなければならない。
どれだけのトリオンを使えばいいのか一目見て分かったあかりは眼鏡を掛け直して、
対応するように返事をした。

「千佳ちゃん、大丈夫だよ。
今度から千佳ちゃんがアイビスを使っても壊れないようにしておくから」
「あかり先輩!ありがとうございます!!」

急に和み始める女子二人に周りは置いてけぼりだ。

「これは一体……!?」
「あっ、修くん、遊真くん」
「千佳!」
「お、あかりもいる」

玉狛の二人、修と遊真が入ってきた。
それに気づいて鬼怒田は修に何やら一括いれた。

「今日って新入隊員のオリエンテーションなんだろ?
なんであかりがいるの?」
「うん、壁の修繕…調査、かな?」
「おー穴あいてる」

遊真が壁に気を取られている。
それを見て千佳が遠慮がちに立っていた。
確かに壁に穴を開けた当人としてはその気持ちは分からなくもない。

「あかり、玉狛と知り合いなの?」
「あ、とっきー」

修、遊真達に遅れて部屋に時枝が入ってきた。
オリエンテーションの進行は嵐山隊メンバーが受け持っている。
新入隊員である遊真がここにいるのだ。
迎えというか…様子を見てるのも不思議ではないなと思った。

「うん、以前助けてもらったことがあったの。
それから玉狛にお邪魔する機会があって千佳ちゃんともそこで。
ねー?」
「はい。あ、あの時はそのご迷惑をお掛けして…!」
「あれはとりまるが悪いから千佳ちゃんは気にしなくていいよ」

二人の会話の流れからどういう事があったのか察することができた時枝は「大変だったね」と言葉を漏らした。
確か今日は烏丸は来ていた事を思い出し、
あとでゆっくり話そうと思った時枝だった。


20160129


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