分岐点
時枝充

しおりを挟む


今日も新入生のオリエンテーションがあった。
万能手である時枝は攻撃手と銃手の監督役をしていた。
一通りの訓練の説明あとはC級ランク戦の説明をしたら終わりだ。
時枝は遊真を見る。
ランク戦のやり方を覚えたようで遊真は「なるほどね」と呟いた。

「おれ一人のためにわざわざありがとう。キトラの先輩」
「時枝だよ」
「ありがとう、ときえだ先輩」

ぺこりとお辞儀をする遊真を見て近界民だけどちゃんと礼儀正しい子だなと思った。
ボーダーには派閥がある。
近界民は許さない所謂恨みを持つ城戸派。
市民の安全第一の忍田派。
そして近界民とも仲良くしようぜの玉狛派だ。
時枝は別に近界民に恨みはない。
とはいえいい印象も持ってはいなかった。
何せ彼等は自分達の世界に侵略して来た異界人。
自分の家族は大丈夫だったが友人のところは被害に遭っていた。
それを思うと少し微妙な感覚を持っているというのが正直なところだった。
身の回りで言えば同級生のあかりがそうだ。
唯一の家族である母親が近界民に攫われている。
あかりがどれだけ母親の事が好きで、どういう想いでボーダーにいるかも想像でしかないが、知っているつもりだ。
学区内ということもあり、小学校から一緒だった時枝は間違いくあかりにとって今でも交友関係がある数少ない友人の一人だ。

時枝は思い出す。

小学生時代のあかりは…正確にいえば、眼鏡身につける前のあかりは人付き合いが壊滅的だった。
人の名前と顔が一致できず、相手が誰なのかという知覚ができないのだ。
それは集団心理が働きやすい子供たちにとって格好のネタだった。
「眩しい」「数字が見える」
誰にも見えないものが見えるという彼女。
自分達とは違うものというレッテルが貼られるのは簡単だった。
そんな中で、ここまでいい子に育ったのは奇跡的だった。
その奇跡には女の子好きな佐鳥が話しかけに行ったり、
彼の抑止力として時枝が側にいたりというのもあった。
幼い時から時枝は場の空気を読んで動く人間だった。
子供なのにできた子である。
そう周りは評価するが、時枝からしてみれば自分はただのおまけに過ぎなかった。
実際にサイドエフェクトで顔の判別ができないあかりの自分達の判断基準は至ってシンプル。
クラスの中でも特に眩しく光る二人…あとは声を覚えればそれが誰か分かる。
よく話しかけてくるのが佐鳥で、その側にいるのが時枝だと認識するのは当然だろう。
自分の話を拒まず素直に受け取ってくれる佐鳥に嬉しそうに笑うあかりを見て、
自分たちと同じなんだなと思った。


「そういえば、遊真はあかりの事知っているんだよね」
「うむ。知ってるぞ。
あかりはおれが近界民だと知っても普通に助けを求めるし、
おれが困ってたら助けてくれる面白い奴だよな」
「あかりらしいね」

近界民もこちら側の人間も関係ないとしてみることができるのは、
今までのことがあってだろう。
…いや、逆にあかりからしてみれば一緒に見えるのかもしれない。
何せトリオンはこちら側もあちら側同じなのだから。


小学校の途中から眼鏡を掛けるようになったあかりは、
初めて人の顔が見えるようになったらしい。
彼女の中でそれは驚きの連続で、
「こんな顔してたんだ…」と呟いた。
そして「私、二人の顔は絶対覚える」と宣言したあかりは大好きな人たちの顔をすぐに覚えた。
それからは人付き合いも少しずつ改善されていったが、最初のインパクトが強かったのだろう。
小学校の間、変な子だという周囲の認識は無くなる事はなかった。
あと、気になりだしたらそれに向かって一直線なところとか。
直ぐに周りが見えなくなるところはある種佐鳥と同じで、
誰かが手綱を引いていないといけなかった。
佐鳥から始まったとっきー呼びはいつの間にかあかりにも伝染していて二人してとっきー、とっきーと名前を呼ぶ。
ピーチクパーチク鳴く雛の世話をする親鳥の気持ちがよく分かる。


「ときえだ先輩はあかりのことが好きなんだな」
「そうだね、大事な友達だからね」

時枝は笑う。
それを見て遊真も笑った。


20160205


<< 前 | | 次 >>