分岐点
烏丸京介

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「あかりは迅さんに何か言われたのか?」
「?」

昼食休憩に烏丸から言われた言葉にあかりは首を傾げた。
何か言われたのかって何をだろうか。
顔を合わせれば挨拶ぐらいするし、
挨拶をすれば会話くらいする。
最近本部に入り浸る事が多い迅は絶賛暗躍中であり。
知っている者からすればそれだけ何かやばい事が起きるという事を意味していた。
迅が動くという事はそういう事だ。
変な緊張が走らないように定期的に本部に顔を出してはいるのだが……。
実力派エリートというものは大変なのである。
なので、前に比べて迅に会う機会が増えているあかりは、
烏丸が何を聞きたいのか分からなかった。
尋ねてみれば烏丸は素直に返してくれる。
近々起こる大規模侵攻の事だ。
既にA級をはじめとする各隊の隊長には連絡がいっている。
いつ来てもいいようにいつも通り且つ、いつでも対応できるようにしておいてほしいという指令が下ったのは最近だ。
回収班とはいえどエンジニアであるあかりはその対策に力を注いでいるので知らないはずがなかった。
防衛戦の事で…と言われればああと頷いた。

「私は本部で待機組」
「防衛戦に参加しないのか」
「それよりも本部にいる方が最善に近づくんだって」

何をする事になるのかは分からないけど。とあかりは呟いた。
迅の未来を視ることができるサイドエフェクトも万能ではない。
何が起こるか視ることはできても、
どうしてそうなるのかまでは分からない。
断片的にしか視る事ができないビジョンを迅なりに推測して繋げていく。
そこから導かれる未来を予想して対策を講じるのが迅の仕事だ。
その材料を手に入れるためには昼夜街や基地内を歩き回っている。
決してだらだら時間を過ごしているわけではない。
自分の推測が外れる事もあるので皆に伝える事は断片的に見えた未来だけというのがほとんどだ。
不確定要素が混じっている時は上層部にしか公言しないし、
そこから下にどの情報を伝えるか精査するのは上の仕事だ。

「そうか…」

言うと烏丸がだんまりを決め込む。
一体どうしたのだろうか。
いつもならこの場に時枝、奥寺の姿もあるが、
今日は朝から防衛任務のため特別公休だ。
烏丸の手があかりにのびる。
あかりはすかさず眼鏡をガードした。
こんなシリアスな状態でも烏丸は通常運転だ。
悪戯に失敗して残念そうだ。
少なくてもあかりにはそう見えた。
烏丸は迅が何か悪巧みしている事は知っている。
その未来を変える要素に自分が含まれていない事に自分の無力さを感じているのだが、
それをあかりが知るはずもない。

「あかりは頼りにされているんだな」
「そんなことないと思うけど…もしかして迅さんと何かあった?
サイドエフェクトも万能じゃないから参考程度にとどめておいた方がいいよ」
「迅さんも予知なんて聞くもんじゃないだろうって言ってたな」
「とりまる拗ねてる?」
「…拗ねてない」
「そっかー。でも何もしなかったら何も変わらない。
私たちができる事って最後まで足掻く事だけなんだよ」
「あかり、たまに凄く良いこと言うな」
「先輩たちに鍛えられているからね!
やれるかどうかじゃない。やるかどうかなんだって!」

ふふーんとよく分からない笑顔で昼食であるサンドウィッチを口に入れる。
何故そんなに満足気にされるか分からないが、
ちょっとだけイラっとさせられる。

「あかり」

呼ぶと烏丸は全力であかりの眼鏡を外した。

「うひゃあ!!?」

あかりの叫び声に教室中の視線が二人に集まる。
何をしているのかよく分からないが、
クラスメイト達はまたあかりをいじって遊んでいると認識している。
この風景は1−Bの恒例のものとなっている。
最初こそ烏丸ファンクラブが騒ぎ立てていたが…いい思い出である。

あかりの叫び声を聞いて少しすっきりしたのか烏丸も箸を進める。
何という扱いだろうか。
あかりが酷いと抗議しているその時だ。
立ち入り禁止区域に無数の門が開いた。
警報が鳴る。
ざわつくクラスメイト達とは対照的に事前に知らされていた二人は冷静だ。

トリガーを起動する。

近界民による大規模な侵攻が開始された――。


20160613


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