分岐点
未来へ

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あかりがテレポートした先は数百メートル離れた地点。
そして何故か瓦礫の中にいた。
しかもここは見覚えがあった。
今は立入禁止区域内にあるからもう二度と立ち寄ることがない場所だ。
いつの間にかトリオン体が解けて生身になっていた。
あれからどれだけ時間が経ったのかは分からないが、
ここから出るなら救助を待つよりもトリオン体に換装してしまった方が早い。
そう判断して自分の手元にあるものを見て、
あかりは混乱した。
状況を整理したいだけなのに、情報が…いや先程までの記憶があかりを掻き乱す。
いつもなら簡単に出せる答えが出せない。辿りつけない。
もう一層のこと考えることを放棄してしまおうかとさえ思った。
それを後押しするように力が抜けていく感じがする。
意識を手放そうとした時、それは許さないと言わんばかりに声がした。

「あかり?」
「く、が…君……」

瓦礫が意図も簡単に除けられる。
遊真に腕を引っ張られ、あかりは外に出た。
立つ体力は残っていない。
あかりはそのまま地べたに尻もちをついた。
遊真はあかりの身体を気遣って彼女の目線に合わせるようにしゃがんだ。

「皆探してた」
「……」
「皆心配しているぞ」
「……」

あかりから返事はない。
更に口を開こうとして、遊真はあかりの手の中にあるものを見て雰囲気を変えた。
いつもの空閑遊真ではなく、
どちらかというと傭兵としての空閑遊真に近いかもしれない。
初めて彼のそういう姿を見れば、戦争に慣れていない人間は恐怖するだろう。
しかしあかりは反応できなかった。
恐らくそこまで思考が追いついていないからだろう。
遊真は静かに問う。

「それ、どうしたんだ?」


――それってどれだろう。


あかりは黙っていた。
それを遊真はじっと見ている。
後ろめたさがあるようには感じられない。
何か隠し事があるわけではない。
答えようとして答えられない…そんな感じに遊真は受け取った。
とりあえず見つかったことを報告すべきかと考えた。
さっきの言葉は嘘ではない。
あかりを心配している人はたくさんいた。
その中の一人が『ここからの未来は分からない』と言っていたのを何故か遊真は思い出した。

「…お母さんがいた」
「そうか」

あかりの母親は近界民に攫われている。
それを知っている遊真は状況を理解した。
捕らわれた人間は丁重に扱われるとはいえ大抵は自国の兵士として扱われる。
行方不明になったあかりの母親は再会した時は敵同士だった。
それだけのことだ。
近界民の世界ではよくあることだが、こちら側では今まで全くなかったこと。
そもそも戦争からも縁遠い。
戦い慣れしたボーダー隊員でもそうだ。
ほとんどの者が呼ぶ近界民はトリオン兵だ。
人型を相手にするのはほとんどA級隊員であるし、
その中でも殺し合いをするのはごく少数だ。
それに慣れていない人間が人型の敵、しかも自分の肉親と相対するのはよっぽどのことだろう。
遊真は察した。
あかりは今、状況理解できなくて、
いや理解したくなくて、偽りの希望を探していた。
自分の勘違いであればそれでいい。
考えすぎだと、誰か言ってくれればそれが現実だと思える。
ありもしない希望に縋ろうとするあかりを遊真は理解できる。
だからあえて遊真は言った。

「あかりが止めをさしたのか?」

遊真の言葉をあかりは心の中で繰り返す。
頭にあの時の光景が蘇ってくる。
あの時、話そうとしたけど言葉が通じなかった。
敵ではないのに、味方が母親を攻撃する。
母親が仲間を攻撃する。
傷を負う母親を目にして何もできない自分。
無力な自分しかそこにはいなかった。
その事実が悔しくて手の中にあるトリガーを握りしめる。

「……ん…気づいたらいなくなってた」

あかりは淡々と言葉を綴る。
それは自分の願望だ。

「こちら側にはいないんだと思う…。
門の向こうに…行ったのかな……行ってくれてたらいいな……」

あかりの言葉は誰が聞いてもただの現実逃避だ。
こんな時、人は何と声をかけるべきなのか。
黙ってそばにいるか、それとも優しい言葉を掛け時間が解決するのを待つか…。
だけど遊真はそんな事はしなかった。

「あかり見たんだろ?」
「…何も見てないよ」
「嘘だな。あかりは自分の母親がどうなったのか見たんだろ?」
「見てない、だってお母さんは…!」
「自分に嘘つくのは止めた方がいい。
あかりは素直だからな。
一時的に自分を誤魔化す事はできるかもしれんが、
嘘をつき続ける事はできない。
それはあかりを傷つけるよ」
「じゃあ私はどうすればいいの?」
「それはあかりが決める事だ」

ボーダーに入隊したのはなんとなくだった。
たまたま向いた好奇心の先にボーダーがあっただけだ。
そして戦える力を得る事は母親を守る事にも繋がると思ってトリガーを手にした。
エンジニアとして過ごした日々は自分が戦闘向きでない事を知ったからだ。
勿論知的好奇心を満たすためでもある。
ノウハウを得ることで自身の体質もなんとかなるのではないかと、
戦えるようになるのではないかと思ったからだ。
遠征を目指したのは母親を捜すためだった。
だからますます防衛隊員として戦い方を身につけるのも、
エンジニアとして知識や技術を習得するのも全てそのためだった。
誰かのため…町を守るためなんて全部が嘘だとは言わない。
でも正直そんなものは建前で、
たった一人、大好きな母親のためのものだった。
だけどなくなってしまった。
あかりが頑張る理由もボーダーにいる理由も。
一人になって寂しくてもそれを支えに生きてきた。
ボーダーで友達や仲間ができても、帰っても誰もいない一人の部屋は寂しかった。
チビレプリカがそばにいてくれて状況は少し変わった。
自分は前進している。そう錯覚して寂しさを紛らわしていた。
だけどそれがなくなってしまった。
誰かのためにが原動力になっているあかりは、
それがないと、どうすればいいのか分からなかった。

泣きたいわけじゃないのに涙が止まらない。

遊真があかりに背を向ける。

「くが…」

名前を呼ぶが遊真は立ち止まらない。
あかりは叫ぶ。

「私を置いていかないで…」

誰かが言ってくれた。
頑張っているあかりが好きだって。
だから誰かが言う好きだと言われた自分を好きになるように何かに没頭した。
そうすれば弱い自分に気付かなくて済む。
自分がどんどん前に進んでいる気になっていた。
輪の中に入り皆と一緒に楽しく騒いで、
自分は大丈夫だと信じていたかった。
でも本当は違う。

「一人にしないで…一人は嫌なの……」

ずっとずっと誰かに言いたかった言葉。
ずっとずっと誰かに聞いてもらいたかった言葉。

いつの間にか遊真は立ち止まっていた。
そしてあかりの顔をじっと見つめている。

「あかりの泣き顔はブサイクだな」
「ずぴ…。空閑くん、酷い」
「別に今日ぐらい思いっきり泣いておけば?
あかりは意外と頑固だから今を逃すと泣かないんだろ?」

あかりは涙を拭う。
それでも涙は止まることを知らないらしい。
次から次へと溢れてくるそれを一生懸命拭くあかりに遊真は笑った。

「あかりは笑ったり、叫んだりしている時の方が面白くておれ好きだぞ」
「…空閑くんやっぱり酷い」
「それで、あかりはどうするんだ?」

後輩とは思えない言葉に本当に酷いなとあかりは思う。
でも変わらずそこにいてくれる事に少しだけ安心感を覚える。
あかりはもう一度涙を拭い、立ちあがろうとするが、
足に上手く力が入らない。
転びそうになったところを遊真が受けとめた。

「ありがとう」
「あかりが決めたことだろ?おれは何もしてないよ」
「それでもありがとう…!」

あかりは遊真の腕を掴んで、今度こそ立ちあがった。



『門発生、門発生』

警報が鳴る。
門が開きトリオン兵が現れたのを目視した。

「おれは行くけど」

あかりはどうする?
そう言われた気がしてあかりは答えた。

「私も行きたい…うん、一緒に行く」

まだ気持ちの整理はついていないけど、
あかりの中には守りたいものがまだある。
一緒に歩んでいきたい仲間もいる。
泣いている暇なんてない。
立ち止まってなんかいられない。
自分の手の中には未来を動かすためのモノがある。


「トリガー起動!」


いま、未来が動き出す――。


20160709


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