番外編
白い悪魔と惚れ薬
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「いや、ない。絶対にないって!」
「えーでも“惚れ薬”って書いてあるし、絶対ホンモノだよ」
ボーダー基地のラウンジにて、
三人しかいないのに別役、佐鳥のコンビがいるだけで騒がしい。
どうして自分はこの場にいるのか…といえば、
先程狙撃手の合同訓練があったからだ。
その流れで同学年が集まって会話するのも珍しいことではない。
半崎は何故あの時自身の隊である先輩達についていかなかったのか後悔したくらいだ。
面倒な事にならないうちに、この場から離脱しようとしたら佐鳥と別役の二人から肩を掴まれる。
「半崎はどう思う!?」
「どーでもいい」
「っていうか太一、どうしてそんなものを手に入れたの!?」
「ネットショップで間違って買っちゃった」
てへっと悪意ない笑顔で言われ、一体何を買おうとしたのか聞くべきか否か。
いや、聞いても別役の意識は間違えて購入してしまった“惚れ薬”となるものに意識がいっているので、
話題が逸れることはないだろう。
「さとけん達何してるの?」
「お、あかり学校ぶりじゃん」
「うん、学校ぶり。
別役くんが何かしでかしたぞーって聞いたんだけど」
「おれ何もしてないよ?」
「もうそんな噂になってるの?マジでダルイ…
星海もわざわざその中にくるなんてある意味猛者だよね」
「そんな事ないよ」
騒いでいるのが知らない人間なら近づこうとは思わない。
別役が何かしたらしいという話はいつも通りなので別に大丈夫というだけだ。
これが学校なら近づこうとは思わなかった。
それでどうしたのかと再度問うあかりに別役はまるで名案だと言わんばかりに叫んだ。
「本物かどうか飲んでみればいいんだ!」
「え」
「え」
「何を?」
「これ!」
香水みたいな容器にピンク色の液体。
“惚れ薬”とラベルが貼られたそれを見てあかりは半崎の言っている意味を理解した。
「星海なら興味あるよね!?」と詰め寄ってくる別役にどうすればいいのかと考えあぐねているところで二人の間に乱入してくる小さな影があった。
「さとり先輩たちこんにちは」
遊真だ。
いきなり現れてびっくりしたと各々反応する。
そして後ろから緑川がやってきた。
「遊真先輩!いきなり置いていくなんて酷いよ」
「すまんなミドリカワ。
あかりの姿が見えたからつい」
遊真の言葉を聞いてただ一人、半崎だけが突っ込むべきかどうか悩んだ。
しかし集まったメンバーが好奇心に勝てない者ばかりだ。
新たに加入した二人にも分かりやすいように説明する佐鳥と別役。
この流れを止めるのは正直しんどいのだ。
「ふむ、さとり先輩たちは“惚れ薬”が本物かどうか気になるけど、
試すか悩んでいるってことなんだな」
真偽を問うために試す必要はあるだろう。
しかし半数が偽物だと言っているのに何故飲むのは躊躇うのか遊真には理解できない。
もしも本物だったら……という懸念があるのなら躊躇する原因も分かる。
ならば本命に飲ませればいいのではないかという話なのだが、
幸か不幸か、飲ませたい相手がいないらしい。
ならもう試さなければいいのでは……と堂々巡りが続いていく。
なんとも面倒な話だった。
終結させるためには飲むしかない……となったのでここにいるメンバーが平等に飲む事になった。
ゴクゴクゴク……
「うわー不味いね」
「……なーんだ、ニセモノかー……」
「そうだよな。あーびっくりした!!!」
皆、素直に飲んだ。
“惚れ薬”のラベルにある使用方法には『飲み物に三滴垂らし混ぜて対象の人物に摂取させる。』その記述通り事は行ったが、誰にもそれらしい変化は見られない。
安堵感とがっかり感が辺りに漂う。
遊真も皆が口々に漏らす言葉を拾うが、サイドエフェクトが反応しないため本当の事なのだろう。
緑川が言った通り確かに不味かったそれに耐え切れなかったのか気持ち悪そうに俯くあかりを心配して遊真が下からあかりの顔を覗き込む。
「あかり、大丈夫か?」
「う、ん……」
二人の目が合う。
そうは言うものの気分が悪そうな顔をしているあかりを見て皆は彼女の言葉が嘘だというのは簡単に見破った。
案の定彼女の嘘は長続きしなかった。よっぽど口に合わなかったのか、出そう…寧ろ出したいと言い出したあかりに皆、慌てた。
「おれ、医務室に連れて行ってくる」
「遊真先輩が行くならオレも行こうかな」
「おれ一人で大丈夫だぞ?」
「元は別役が持ってきたせいだからお前連れて行けよ」
「えー皆で飲もうって決めただろー?何でオレ??」
「別役先輩安心してクダサイ。
おれがあかりを連れて行くので」
「…とは言っても、付き添うにも身長差があって支えるの大変だろ?」
「おれ、力あるぞ?
それにボスが好きな奴の一人や二人支えられる器のでかいやつになれよと言っていたから大丈夫だぞ」
あれ、会話が何か可笑しくない?と気付いたのは誰だったか…。
口を入れる間もなく遊真はひょいっとあかりを抱き上げた。
いきなりの展開に皆はギョッ目を見開いた。
別に歩けない程気分を害しているわけではないというあかりの抗議は無視された。
そして有無を言わさず「行ってきます」と告げ、そのまま医務室に消えた二人を見て、固まっていた面々はふと我に返った。
「空閑ってあんな奴だっけ?」
「あかり先輩や三雲先輩達には割とあんな感じだと思うけど」
「気のせいだろ?
“惚れ薬”に効能書いてあるけど全然だし」
「太一、お前こんな怪しいもの投げるなよ。
……って、ラベルに何か書いてあるじゃん。
えっと…『効能:飲んで目があった人物に夢中になる。
特に惹かれている相手なら効果は倍増。』だってさー。
……あれ?」
佐鳥達がブースで思考を巡らせている頃、
お姫様抱っこしている遊真とされているあかりは多数の隊員に目撃されていた。
「空閑くん、私もう大丈夫だから!」
「遠慮する事ないぞ」
「私、重いから」
「あかりは軽いぞ」
「……恥ずかしいからおろしてくれると……」
「おれは恥ずかしくないぞ」
「えっと…空閑くんの事、好きな人いたら誤解しちゃうかも!」
「おれはあかりが好きだから別にいい」
「え、あれ…もしかして“惚れ薬”……嘘!?」
「おれがあかりの事好きなのは本当だぞ」
気分が悪かったのは本当だが、
遊真とのやりとりで恥ずかしさが上回ったらしい。
寧ろ素直に具合が悪いと言ってられなくなったと言った方が正しいのかもしれない。
別役が持ってきた得体の知れないものがまさかの“惚れ薬”で、
そして遊真の言動がそれのせいだとすると、
このままではいけない事はあかりにも分かる。
なんとかしようと思いつつもまずは解放してもらわなくてはなにもできないと、
あれやこれやと言ってみるが効果は全くなかった。
「あかりはおれの事嫌いなのか?」
逆に遊真に哀しそうな目で言われてしまい、あかりの良心が痛んだ。
「嫌いじゃないよ!」
「うん、嘘じゃないし問題ないな」
にかっと満足そうに笑う姿を見て、
はめられたと気づくのに時間はかからなかった。
“惚れ薬”って理性を壊して、飲んだ人間を対象物の虜にするのではなかったっか…。
割と計算高い気がする。
呆然とするあかりの頬を遊真はぺろりと舐めた。
「ひいぃぃいぃぃ!!」
あかりは悲鳴を上げた。
側から見たら少し行き過ぎた感じにいちゃいちゃしているようにしか見えないが、
彼の事を知る人間からすれば、遊真の様子がいつもと違うのは明らかだ…多分。
中には悪ふざけするなよとからかい半分で間に入ろうした者もいたが、
遊真に睨まれ身体が動かなかったという…蛇足もある。
だから誰も二人に近づかないのは……察して欲しい。
「空閑くん止め…!」
「嫌なのか?」
「嫌では、違っ、えっと…み、皆に見られているから、その…」
「虫よけにはちょうどいいだろ?」
「むし!?」
一体何の話をしているのだと理解できないあかり。
どうやら人生で初の舐められるという行為に、
どきどきしてしまい、どう対応したらいいのか分からないようだ。
内心わたわたしていたが、
二人を見守る隊員達の中から「あの二人付き合ってるのか?」という言葉が聞こえてきた。
それがやけに耳に残る。
皆からどう思われているのか分かったあかりは自分はともかく、
“惚れ薬”を飲んだ被害者である遊真が皆にいろいろ言われるのは不本意だろうと思いつく。
元に戻った時少しでもダメージは小さい方がいいと必死に考える…が、
恋愛経験が全くないあかりには難易度が高すぎた。
「あああのね、空閑くん、おち、落ち着いてほし」
「どうしたんだあかり、熱が出たのか?」
「違っ!あ、あのね空閑くん、このままじゃだめだと思う」
「何がだ?」
「だって、空閑くん私のこと好きだって皆に勘違いされちゃ…」
「おれあかりの事好きだから問題ないぞ。
寧ろ周知された方がいろいろ都合がいい」
「な、んで!?」
「堂々と一緒にいられる」
にかっと笑う遊真の顔を見てあかりは思考が停止した。
“惚れ薬”のせいだと分かっている。
分かっているのだが、これはなんというか…。
「あかりの顔、真っ赤だ。やっぱり熱が出たのか」
言葉と共に遊真の顔が近づいてくる。
避ける間なんてあるはずがなく、
遊真とあかりの額が触れる。
「むーこれじゃよく分からん」
目の前にある顔。
至近距離から吐かれる言葉。
顔の距離が近いせいか息がダイレクトに口元に掛かる。
まるでキスをしているみたいだ。
「脈拍数でも分かるんだったか。
今、両手塞がっているし、
早く医務室行くか。
測り方も熱の下げ方も知っているからダイジョーブ。
…それに、近寄ってきた虫はおれがちゃんと退治するからな」
手始めに…と遊真が囁いた言葉にあかりは意味が分からなかったが、
次の瞬間、その答えを知ることになる。
空気が読めなかった隊員が彼らに近づき、
遊真は無情にも斬って捨てたのである。
「空閑くん、いきなり何を――」
「馬がいないから代わりに斬って捨ててみました。
スコーピオンって便利だよな。
両手が塞がっても使える」
ドヤ顔で言われてもどうすることもできない。
辺りに響き渡る悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのは、
先程“惚れ薬”を共に飲んだ同志達だ。
事態が良くない方へ動いている事を察した彼らは、
まず、あかりと遊真を引き離そうとするが上手くいかず…
逆に事態は悪化することになった。
空閑遊真が“惚れ薬”を飲んで星海あかりにゾッコンだという話は瞬く間に広がり、
ボーダー内は一時期混沌に包まれたのだった――。
20160505
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