番外編
兎たちは夢を描く
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生き物が寝静まる夜。
遊真にとってこれほど退屈な時間は存在しなかった。
生き物が活動するには休息は必要だ。
しかしトリオン体である遊真は眠らなくてもいい…眠る必要がないのだ。
その証拠に彼には眠気が襲ってこない。
最初は寝ようと努力した事もあったが、
眠れなかった事をカレは記録していた。
生きているはずなのに、皆とは違う時間の中で生きている。
暇潰しにも限度があるこの時間を過ごすのは遊真はどんな気持ちで過ごしているのかカレは測る事ができない。
生き物が寝静まる夜。
あかりにとってはある種の活動時間だった。
昼夜は子供の義務…いや実際は権利を使用しているだけなのだが、
学校に拘束されている身である。
友人ができるのは素直に嬉しいが、
彼女の興味は別のところに向いているため致し方ない。
あかりはトリオン、トリガーといった近界民技術に興味を持っている。
それに没頭できるのは学校がない時だけ…
放課後、そして夜時間は彼女にとって至福の時だと記録している。
が、襲ってくる眠気を振り払い没頭する姿を観るとそれだけではない気がした。
彼女は眠れる身体…眠る必要がある身体なのに、
まるでそれを拒んでいるようだ…とカレは記録していた。
「あかり、そろそろ寝ないと身体に差し支える」
「キリのいいところまで……!」
「先程も同じ事を聞いた。
このままでは日付が変わる」
「まだ越えていないから大丈夫…!
それに昨日の方が遅かったから」
「だから言っている」
小さな部屋に機械的な声が響く。
あかりが住んでいるこの部屋も少し前までは持ち主ただ一人の部屋だった。
それが近界民である遊真と出逢い、レプリカが何かあった時にと、
自身のトリオンからチビレプリカを生成しあかりの元にやってから、
この部屋はあかり一人の部屋ではなくなった。
最初はあかりのサイドエフェクトや立場から遊真を救う手立ての一つになれば…と、自己判断で共にしていた。
情報を伝え終わって用が済んだ今でもチビレプリカが彼女と共にあるのは、
彼女が使える人間だから知識を…というよりは、
ほっとけなかったというのが強い。
トリオン兵なのに人間のように感情で動くなといわれれば、そうではない。
多目的トリオン兵であるレプリカは主である遊真のお目付役である。
つまり、遊真のためになる事を行動するようにプログラムされている。
あかりは遊真の事情を知る数少ない人物であり、
この世界でのエンジニアである。
トリオン兵の解析及びトリガー開発が業務であるがそれと同時にトリオンで人はどこまで動けるのか…医療として考えて研究を進めているプロジェクトがあり、
最近そこにヘルプとしてつくようになったらしい。
今はそちらに追いつきたいからという事でこうやって勉強中なのである。
それは将来遊真のためになるかもしれないと判断した。
チビレプリカが本体に戻らない理由である。
そして、彼女と共に過ごす事で分かった事は、
あかりは時間を忘れて研究に没頭する人間だという事だ。
食事もそうだが今一番問題視しているのは睡眠である。
授業中に寝る事もチビレプリカ的には大問題だが、
先日なんて冬休みなのをいい事に一週間徹夜して意識をなくした事だろうか。
ボーダー本部から寮への帰り道に起こった出来事なので目撃者はおらず…。
チビレプリカにできる事はなく、
レプリカ本体に連絡…即ち遊真に連絡して回収して貰うという出来事があった。
あかりを一人にしておくと危険だという結論になるのは致し方ない。
何かあったら連絡してくれという遊真のお達しにより、
チビレプリカがあかりに随時付き添う形になったという経緯がある。
そのため、アラームの如く寝る時間になったらあかりに声掛けをするのは日課だ。
しかしこの件に関して、
チビレプリカの言葉にあかりがすんなり従った覚えはないのである。
「致し方ない」
チビレプリカの判断は単純だった。
トリオン兵の手に負えないなら同じ人間に対処してもらうしかない。
そして選ばれたのは、本体であるレプリカのそばにいる遊真である。
ピンポーン…
チャイムが鳴る。
こんな時間に誰だろうか…とインターホンをとると、
そこには遊真がいた。
「…空閑くんっ!?」
『レプリカに呼ばれてキマシタ。
あかり開けてくれー』
訪ねてきたのが後輩だと知ると、
流石にインターホン越しで会話するのは少しおかしいだろうと思い、
あかりは素直に部屋に招きあげた。
「こんな時間にどうしたの?」
「あかりはそろそろ寝ないと危険だとレプリカが判断した。
でも眠らないから派遣されマシタ」
つまりレプリカの奥の手というやつだった。
そんな大袈裟な…と思ったあかりである。
「迷惑を掛けてごめん」、「心配しないで大丈夫」…そういう言葉を発しようとしていた時、
先手をうったのは遊真の方だった。
「あかりの身体は寝ないといけない身体だ。
ちゃんと寝ないとダメだぞ」
「う…ね、眠くないの」
遊真の言葉にあかりは答えるのを一瞬躊躇ったが自分の我を通した。
だから心配しなくても大丈夫と続く言葉はこの場において全く信用できない言葉だった。
「そうか。でもこの前みたいに途中で倒れたらチビレプリカじゃどうしようもないからな。
あかりが寝るまで、おれ、ここにいるぞ」
「へ?」
まさかの発言にあかりは目を丸くした。
あかりが心配だから寝るまで見守っていると、
幼い顔で平然と言ってきた。
それは申し訳なさ過ぎる。
…というか、自分より年下にそんなことさせてどうかという話である。
「そんなことできない」と返答したかったが、
遊真に「じゃないとあかりはベッドに入ろうともしない」と言われて黙るしかなかった。
「本当に眠くないんだよ…?」
「微妙に嘘だな。おれのサイドエフェクト知ってるだろ?」
「うーどうして空閑くんが来ちゃったのかな…騙せないっ!」
「あかりの場合分かりやすいから誰でも見抜けると思うぞ?
ま、この場においておれが適任という事で……それともあかり、眠りたくない理由でもあるのか?」
「それは……」
「嘘は通用しないぞ?」
「……空閑くんが意地悪だ…」
「そんなことない、そんなことない」
どうやら遊真はあかりに本音を吐かせたいらしい。
あかりは少し悩んだが、
言葉を選び選びに答えた。
「朝起きるとね、ご飯の匂いがしないの」
「ご飯?」
「そう。それで、あ、私が準備しないといけないんだーって思うの」
「それがあかりの眠りたくない理由か?」
「うん」
「あかりは朝ご飯を準備するのが嫌なのか?」
「…うん、嫌」
遊真のサイドエフェクトは反応しない…。
あかりの言葉に嘘は全くなかった。
(そういえばあかりの母親はこちら側にはいないんだっけ)
彼女は眠るのが嫌なのではなくて、
起きた時、今日もまた一人なのだと知るのが嫌なのだ。
誰もいない現実に、寂しくて仕方ない。
だからできるだけ起きていて、何かに没頭してそれを考えない様にしている。
今までどうしてあかりが眠ろうとしなかったのか遊真もカレも分からなかったが、
あかりの言葉を聞き、状況を考えて、
ようやく察する事が出来た。
それは眠る必要のない遊真も同じだったからだ。
ただ彼の場合は慣れてしまったから寂しいなんて思わなくなった。
“つまらない”から暇潰しを探すようになっただけだ。
カレはそう記録している。
「じゃあ、あかりが起きて朝ご飯食べるまで、
おれ、ここにいるぞ」
「そそそ、そんなの悪いよ!!」
慌てて断るあかりの言葉に遊真は反応する。
ちょっとだけ混じっている嘘に、
遊真は嬉しそうに笑った。
「この前、コナミ先輩にカレーの作り方教わったからな。
おおぶねにのってくれていいぞ?」
「空閑くん!気持ちだけでいいから!
気持ちだけで…!」
「遠慮せず、気持ち以外も受け取ってクダサイ」
「え、え?」
「あかり。こうなったユーマは聞く耳を持たない。
ここは断念してほしい」
「レプリカ〜〜」
「うむ。そうと決まればあかり、早く寝よう」
「カレーを披露するのが楽しみだ」と言う遊真の言葉を聞いて、
流石に楽しみを奪うわけにはいかないと思ったあかりは、
大人しくベッドに入る事にした。
「無理、しなくていいからね?」
「大丈夫だぞ」
「うん」
「あかり、おやすみなさい」
「…!お、おやすみなさいっ!」
はにかみながら言うとあかりは布団の中に入った。
そして数分もしないうちに聞こえてくる寝息に、
やはり眠かったのだなと思った。
最後に遊真と会話した効果か、
あかりの寝顔はカレが持つどの記録の中でも凄く穏やかだった。
それは遊真も同じだった。
カレが記録している中でここ数年見る事のできなかった顔をしている。
「あかりの寝顔を見てるといい夢見れそうだな」
人は眠ると稀に夢を見るらしい。
夢…それはあたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像。
そして将来実現させたいと思っていること。
願望、願いが睡眠中幻覚として表れるらしい。
トリオン体である遊真は眠れる身体ではないし、
その身体である以上夢を見る事もない。
そして人ではないカレは一生知る事はないし、体験する事ができないものだ。
「ユーマはどんな夢を見る?」
「おれは眠らないぞ」
「空いた時間だ。たまには戦闘以外の事を考えるのもいいだろう」
「レプリカがそんな事言うなんて珍しいな」
「たまには休息も必要だ。
ユーマはどんな夢を見る?」
「…うーん、難しいな」
遊真は考える。
修や千佳、迅に小南をはじめとする玉狛メンバー。
そしてどんどん増えていく大好きな人たちの顔を思い浮かべる。
「……いただきます…」
不意に聞こえたあかりの寝言に遊真は目を丸くした。
そして小さく笑う。
「最初はあかりがいいな。
あかりがおれの作ったカレーを美味しそうに食べる夢がいい」
「それはいい夢だな」
カレはそう記録した。
「そういうレプリカはどんな夢が見たいんだ?」
「私はトリオン兵だ。
夢を見る機能はついていない」
「む、自分だけ逃げるつもりか?
今日の話はそういう話だろ?」
遊真の言葉にレプリカは考える。
トリオン兵である自分が夢を見るなんてありえない事だが、
もしも夢を見るとしたら…
それは一つしかないだろう。
遊真の身体が元に戻って、
仲間たちと共に生き、共に笑う素敵な未来……。
「私は――」
カレは記録した。
その素敵な夢を未来に描くために――。
20160706
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