分岐点
空閑遊真

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昨日に引き続き、今日は学校にモールモッドが出たらしいのでその分析もやった。
同級生の時枝が迅速に処置をしてくれたので、
あっという間に仕事は終わった。
三輪が調査結果を知りたがっていたので、
今回はボーダーのトリガーだったという事だけ伝えた。

昨日から続くイレギュラー門の出現にエンジニア達は頭を抱えながら調査していた。
あかりもその一人だ。
こうして何か異変がないかと街をぶらぶら歩いているところである。

「何も見つからないなー調査対象を変えた方が良いのかな」

門を開くには多大なトリオンが必要になる。
だからあかりは門が開くのに必要なトリオン量を感知できるようにしながら巡回をしていたのだが、全く引っかからなかった。
ここまでくると前提条件が違うのかもしれないと、
頭の中をリセットしようとしたところだ。

「あれ?」

あかりの目にあるトリオンが目に映る。

「黒いトリオン?」

明らかにこちら側のトリオンとは違う情報に、
あかりは一瞬思考が停止した。
それが意味するのは近界民しかいないというところに落ち着いて、
この後どう動けばいいのか悩んでしまう。
正直、あかりはサイドエフェクトを持つくらいだから、
トリオン量はある。
だが、残念な事に戦闘センスがないため、戦力としてカウントできないのが現実だ。
自分の防衛くらいならなんとかなるが、
人型と戦い合えるかと言われれば…断言しよう。
全然自信がなかった!
人型近界民がいる事を報告して、A級に対応してもらうにしてもだ。
彼等が現場に着くまでには時間が掛かる。
ならあかりがやれる事は、隊員が駆けつけてくるまでの監視だった。
隠密行動に長けていないのでどこまでやれるかは分からないが、
そうあかりは自分を鼓舞した。
…はずだった。

頑張って隠密するぞーと思った矢先に近界民の少年と目が合った。
ぎくりと驚くよりも先に、
あかりの目にはもう一つ別のトリオンを感知し、
そちらの方に身体が反応した。

「お前、おれに何か用?」

もう一つの反応を調べようと思って自身のサイドエフェクトの精度を上げるのと
少年があかりに声を掛けるのは同時だった。
声がした方を思わず見れば、急に飛び込んでくる視覚情報に目がヤラレタ。

「眩し、痛…ちょっと待っ……!」

いきなり両目を抑えながら悲鳴を上げるあかりに、
警戒心を抱いていた少年の心を砕くことには成功したようだ。
かわりに此奴何をしてんのと、不審者を見るような目つきになってしまったが、
そればかりは許していただきたいところである。

バレテしまったものはしょうがない。
上手く制御できなかった自分の自業自得な部分は大きいが、
気を取り直すべくあかりは眼鏡を掛けてから少年の方を向く。
もう開き直るしかない。

「君、ここの世界の人じゃないよね?
どこから来たの?」

あかりの言葉に再び少年の警戒レベルが上がる。

「何、言ってんの?」
「違ったらごめんなさい。なんとなくそう思ったから…!」

あかりの言葉に、態度に、
少年はそらさずじっと見つめる。

「嘘。…じゃないみたいだけど何か隠している感じだな」

その声は低く、怒っているのだろうか。
あかりは少し怖くなってしまった。
これは下手に隠すと相手を刺激してしまうパターンだと認識すると、
せめて怒りは沈めてほしいとばかりに言葉を発する。

「その…君の隣に何かトリオンの塊みたいなのがあるから、
ここでそんな感じなの見たことないし、
もしかして近界民かなって」

ちょっと痛い子発言になってしまっただろうか。
だが、自身のサイドエフェクトの話をするのはどうも勇気がいる。
ボーダーの人間なら理解しようとはしてくれるかもしれないが、
そうじゃない者が素直に信じてくれるとは思えない。
幼い時の思い出が初対面の何にも知らない人間に語るなと警告する。
別に嘘をついているわけでもないし、
これで意味が分からないと逆ギレされる可能性は大いにあるが、
その時はその時だ。
その場合は、この少年と会話するのを諦めて一目散に逃げよう。
あかりはそう思った。
だけど意外にも少年の反応はあまりなかった。
普通とでもいうべきなのか。
まるで何ともない話題を聞くかのようなそんな反応。
あかりがこんな事を言っているのに普通の反応を取っている時点で、
それは既に異常である。
ただ分かったのは相手は話す事ができる人間だという事だけだった。

「お前、もしかしてボーダーか?」
「うん」
「ボーダーならそういう装置があっても不思議じゃない、か?」

首を傾げる少年にあかりはもう一度尋ねる。

「君は近界民なの?」
「ああ、そうだよ」
「それなら……!」

あかりは少年に飛びついた。
本当は傍にあるトリオンの方に興味はあったが、
仕事に私情を挟まないよう、心掛けているつもりだ。
一先ずそれは置いておいて…
もしも話ができるなら、現実問題として聞きたいことがあったのだ。

「今イレギュラー門が頻繁に発生しているんだけど、
差し支えなければ、原因を教えて欲しいの!」
「……普通、初対面の近界民に聞くことじゃないよね?
おれ、敵だったらどうするの?」
「その時はその時……今は藁にも縋りたいので…!」
「おれは藁じゃないぞ?」

近界民の少年が首を傾げる。
ああ、日本の諺だから知らなくてもしょうがないのかもしれないと思い、言い直す。

「今、どうしようもない状態なの!
困った時の神頼みというか…そこに可能性があるかもしれないから……一種の希望みたいな…!」

自分で言ってて少し引いてしまった。
何を言っているんだ、攻めてきているのは近界民なのに、
近界民に聞くなんて馬鹿なんじゃないかとも思う。
でもあかりの脳裏には昨日のバムスターが粉砕されていた現場を思い出す。
あそこにはボーダー以外のトリガーの反応があった。
…ということはトリガー使いは高確率で近界民だ。
トリオン兵を送り込んできたはずの近界民がトリオン兵を倒す状況はなんだろうかと考え、
辿りついた結論は、
その近界民は自分達の敵ではないという事だった。

「お前、変な奴だな」

少年が笑う。

「おれ、空閑遊真。お前は?」
「私は星海あかり」


それがあかりと遊真の出会いだった。


20151008


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