分岐点
三雲修

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ラッド一掃作業を終えて二日が経った。
イレギュラー門は開く事なく、
ボーダーは通常運転に戻しつつあった。

世の中は近界民の脅威は去ったとお祭り騒ぎだが、
この空間だけは少しばかり違っていた。

ボーダー本部開発室。
ここに集うエンジニア達は手離しには喜べなかった。
市民の安全や、防衛隊員の心労が減った事はいい。
ただ、隊員をサポートする側の自分達には何ができたのか、と。
己の不甲斐なさに落ち込んだり、憤慨したりしていた。
…しかも今回の原因を発見したのは、訓練生と迅だという。
徹夜で若干妙なテンションになっていた事もあり、
「どんなチートを使ったんだアイツはぁぁぁ!」と魂の叫びをあげた職員もいた……まぁ、余談である。

そんな感じでヤバそうな人間から先に休息を入れ、
開発室内も徐々に通常運転になりつつあった。
未成年でしかも女の子だからという事で、
今回は徹夜しなくても済んだあかりは率先して仕事をしている。
不甲斐なさでいうならあかりだって同じだ。

先日出逢った近界民の少年……遊真を思い出す。
遊真が言っていた友達の“オサム”はやはりボーダー隊員だった。
今回の件でエンジニア連中はこぞって彼の存在を知る事になった。
ほとんどの者があのサイドエフェクトを持つ迅が絡んでいるのだからそっちの方に気がいっているが、
遊真との一件があったあかりは“オサム”の方に興味があり、調べたのだ。

三雲修。

訓練生時代の訓練結果はあまりよろしくなく、
これといって目立ったものはなかった。
だが、ここ最近は少し違い、
一部の者しか知らないちょっとした武勇伝があった。

三門市立第三中学校にイレギュラー門が開き、
現れたモールモッドを訓練用トリガーで撃退。

市街地に出現した飛行型トリオン兵で混乱に陥った住民に避難を促し、
救助活動を行った。

これは世間に知れ渡っていることもあり、
容易に収集できた情報なので、その気になれば誰でも仕入れられるものだった。

訓練生はボーダー基地外でのトリガー使用はご法度。
除隊ものだが、
自分の厳罰を顧みず、人命を優先とした彼の判断と行動はなかなかできるものではない。
そして今回のラッド発見に一役買っている彼は除隊するには勿体ない人材だと上が評価し、除隊は免除され、
しかも正隊員に昇格する運びになった。

この事実を知った時、あかりの修に対する認識はただのボーダー隊員ではなくなっていた。
近界民の友達がいるというだけでもただものではないが、
隊務規則がちゃんと分かっていて尚且つ、厳罰処分されるのも覚悟のうえで、
人命優先で動いたその覚悟と行動力を、
あかりは純粋に凄いと思ったのだ。
ただのルール違反だ、身勝手だと罵るのは簡単だ。
だけど、ちゃんと解っているうえで行動できる人間はどれだけいるのだろうかと思った。

そういう意味であかりは一度失敗している。

エンジニア所属とはいえ、
あかりもトリガーは使える。
無論、訓練生時代というものがあったのだ。
そして今回の修と同じように、
訓練生の時に近界民の侵攻があった。
その時は訓練生で隊務規則ではトリガーを使用してはいけないと決められていたからというルールに則って、
その場にいたのに何もしなかったのだ。
近界民は正隊員が相手をする。
訓練生でもできる事は避難場所への誘導の手伝いだ。
だが、彼女がボーダー隊員である事を知らない住民からしてみればあかりはただの子供にしか見えないし、
そもそもパニック状態なので冷静な判断ができない。
結果、あかりは何もできなかった。

その代償だと謂わんばかりに、
あかりの母親はその時行方不明になった。

あかりは思う。
あの時、ルールを破ってでもトリガーを使うべきだったのではないかと。
そうすれば守れる命はあって、
母親もこの世界にいたかもしれないと。
ルールは守るためにある。
その通りだし、それは正しいと思う。
しかし世の中にはそれだけじゃダメなものがあるのだと、
この時初めて知ったのだ。

それからあかりは自分にできる事は絶対にやろうと思ったし、
どんなことがあっても可能性があるなら動こうと決めて、今がある。

三雲修と言う少年は自分より一つ下なのに、
自分ができなかった事をやった人間だ。
その事実はあかりの中で称賛から尊敬に変わる。


――会ってみたいな。

友達だと言っていたからそこには遊真もいるのだろう。
二人にお礼を言いたい。
純粋にそう思った。
でも、一応秘密裏になっているようなので、
直接会いに行くのは向こうの迷惑になるのではないだろうかと考え、
悶々としていた。



「おーあかりちゃん、いたいた」
「迅さん?珍しいですね開発室に来るなんて……どうかしたんですか?」
「ちょっと玉狛に来てほしくってさ。
鬼怒田さんには内緒で」

迅の妙な言い方に首を傾げる。
何を企んでいるんだろうかと遠回しで見ていたエンジニア達を代表して、
ジュースを飲みながらのほほーんとした様子でチーフの寺島が近づく。

「玉狛への引き抜きとかならダメだよ。
そもそもそっちのエンジニアは間に合っているだろうし…星海が行く必要ないだろ?」
「嫌だなー俺は鬼怒田さんを怒らせる気ないですよ。
ちょっと私情で用があるだけで」

益々胡散臭いと周りのエンジニア達が視線で抗議する。
寺島もうーんと考える素振りを見せてから言う。

「シフト上、星海はもう上がりになってたっけ。
プライベートまで部下の行動は制限できないからなー」
「流石、エンジニアチーフは話が分かるね!」

あれよあれよといううちに、話が進んでいく。
当事者であるはずのあかりは完全に置いてけぼりだ。

「星海、いい機会だから向こうのエンジニアの開発状況も見て来いよ」

寺島の言葉にあかりは頷いた。
同じボーダーの組織なので言えば普通に玉狛のエンジニアは見せてくれる。
エンジニアは既に近界民に抵抗がない者が中心になって彼等と技術交流をするくらいの仲である。
表立ってできないのは、それに嫌悪感を感じる人間が少なからずこのボーダーにいるからである。
トリガー技術も元を辿れば近界民の技術ではあるのだが……。
子供であるあかりはそんな大人の都合に振り回される必要もないので割と自由に行動をしている。
今回もそんな自由行動の一つだ。

「じゃあ、お疲れ様です」

あかりは言うと迅の後をついていった。


「それで用ってなんですか?」
「うん、あかりちゃんに逢わせたい人がいるんだよねー」
「逢わせたい人?視てほしい人じゃなくて?」
「うーん…そう言われると最終的にはそうなるんだけど」

迅は苦笑した。

「実は今度うちに新しく入隊する子達がいるんだけど、
今、あかりちゃんと逢った方がいいみたいでさ」

迅は言った。
今から逢う人たちの名前にはあかりが会いたいと思った人達の名前があった。


20151011


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