近界と玄界
古巣
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「嵐山。暫くしたら孤月を持った女の人が来ると思うんだけど、
その人に伝言があるんだ」
「いいけど、何だ?」
「彼女がここに来たら――」
迅は仲間に伝える。
それが桜花が監禁されていた場所から脱出する前の出来事だった。
一方脱出した桜花は目の前の光景に絶句していた。
ジン、カザマ、タチカワ…
名前を聞いて、昔いた世界の住人と似ている名前だとは思ってはいた。
それはどこか懐かしくて、酷く桜花を揺さぶる何かがあった。
ただそれ以上に、今、目の前に広がる景色に衝撃を受けた。
今まで見てきた国とは違う。
コンクリートに高層ビル。
住宅街を見て既視感を覚えた。
まるで夢の中の少女が昔住んでいた世界と同じだ。
少女が望んでいた世界がここに繋がっている。
少女は夢に描いた光景に胸を踊らせる。
もしかしたらここは自分の世界なのかもしれない。
帰ってきたんだと喜んだ。
女は落胆した。
似ているだけでここは違うのではないか。
本物ならば、何故今更辿り着いたのかと冷め切っていた。
自分の意思とは関係なしに足は進む。
とにかくこの状況をなんとかしないといけなかった。
今、この国は攻められている。
安全を確保してから考えればいいのだと、
先程自分で決めたではないかと自分自身を叱咤した。
桜花は走り出した。
いつもなら気配を上手く殺せるのに今は体力のなさがそれを邪魔をした。
少し走っただけなのに息が上がる。
「……っ!」
バムスターが桜花に気づいた。
それを避けようとして、足がついていかず派手に転んだ。
イメージと実際の動作がリンクしない。
相手は捕獲用トリオン兵だ。
動きはそんなに速くないし、攻撃力もない。
そんな相手にこんな醜態を晒すなんて…正直信じられなかった。
バムスターが桜花を呑み込もうと近づいてきた。
今の桜花の戦力じゃ、狙いはここしかない。
バムスターが口を大きく開ける。
そこから見える核に向かって発砲した。
火力が足りず、致命傷を与えることができない。
この武器は足止めすることしか出来ない。
それでも確実に相手の核を削っていく。
これは本当に喰われる。
桜花がそう判断して距離をとろうとした時だ。
「大丈夫ですか!?」
声と共にバムスターの核が切り刻まれた。
倒したのは白い制服を身に纏った少年だ。
少年は民間人?が近界民に襲われているように見えたらしい。
桜花の怪我が更にそう見させた。
それから桜花が銃を持っていたのに目が付いたようで、本部の人ですか?と尋ねられる。
まぁ、そんな感じだと桜花は答えるしかなかった。
何だか気まずい雰囲気が漂うがそれも一瞬だった。
メキメキ…と音がする。
倒したバムスターの方から新たなトリオン兵が現れた。
「危ない…!」
見たことがない、新型だ。
桜花は発砲するが、新型は避けようともしない。
バムスターと違って性能が高いのだろう。
これでは傷がつかないことを新型は理解していた。
新型は桜花ではなく少年の方に目を向ける。
少年は見たことのないトリオン兵に震えていた。
その顔を見て戦闘に関して経験があまりないのだと確信した。
桜花は自分自身に舌打ちをする。
こんなはずではなかったのだ。
少年の手を引っ張り、逃げ出した。
勿論目の前のトリオン兵も追ってくる。
スピードは結構速く、追いつかれる寸前で桜花が壁として少年の前に立てば、
新型は急停止し、一旦距離をとってから回り込んむように少年の方を狙う。
この新型はトリガー使いを狙うようにプログラムされていると桜花は踏んだ。
そうでない者は傷つけないようにしているのか、
トリオン量を計測して傷つけない選別をしているのかは分からないが、
少なくても桜花は傷をつけてはいけない対象とみなされたらしい。
新型の耳がぴくぴくしている。
「う、わぁあぁぁぁ!」
新型に拘束され、少年が悲鳴をあげる。
どうやらトリガー使いも傷つける必要がないらしい。
いきなり新型の腹が開く。それはバムスターに捕まる瞬間に似ていた。
「こんな予定じゃなかったんだけど」
桜花は呟いた。
少年が格納される前に間に入り込み、手にしていた銃を新型の腹に突っ込んだ。
異物が入り込んだことにより、エラーが発生したようだ。
新型の耳がぴくぴく動く。
「高性能で助かったわ」
桜花は少年の方に目を向ける。
かつての自分もこんな感じで怯えていたんだろうか。
昔の記憶が一瞬だけちらついた。
「こいつはトリガー使いしか狙わないわ。
トリガーを捨てて逃げなさい」
少年は桜花の言葉に反応しない。
理解できないのか、恐怖のあまり聞こえていないかのどちらかだった。
「トリガーを捨てなさい!」
桜花の声に怯えて、少年は言う通りにトリガーを解除し、
トリオン体から生身に変わる。
今、自分が手にしている者がトリオン体ではないと感知すると、
新型は躊躇わずに手を放し、距離を取る。
腹の中に突っ込まれた銃は破壊していいものと判断されたらしく、
既に粉々にされていた。
新型の耳がぴくぴくする。
急に門が開き中からバムスターが現れた。
今度は生身の人間を捕まえるつもりらしい。
新型がトリガー使い専用でそれ以外はバムスターに任せる…
効率がいい捕獲方法だと妙に感心してしまう桜花は、慣れ過ぎていた。
傍にいる少年は既に恐怖に負けてしまったらしい。
トリガーを再起動しようともしない。
桜花にとってはそれは有難いことだった。
少年の首に手刀を喰らわせ気絶させる。
その反動で転がってきたトリガーを拾い、桜花はトリガーを起動した。
先程少年が使っていたのは剣だ。
銃よりもこちらの方が馴染みがある。
新型に狙われるリスクはあるが、トリガーがあるのとないのとでは全然違う。
なによりも桜花は苛ついていた。
――二度とトリオン兵なんかには捕まらない。
新型がトリオン体に反応して襲ってくる。
桜花は迷わず正面に飛びこみ、核に向かって一太刀浴びせる。
ダメージに反応して新型は桜花を殴り飛ばした。
どうやら間合いをとる賢さまであるらしい。
おかげで止めをさす好機を逃してしまった。
しかし…
桜花は立ち上がった。
流石トリオン体だ。
生身とは違い自分のイメージ通りに身体が動く。
しかも、本来のモノよりも身体能力が向上しているのだろう。
それは桜花にとって嬉しい誤算だった。
新型の戦闘能力は高いが対応できないわけではない。
それが分かると桜花は新型に向かって剣を振り下ろす。
新型も桜花の動きに反応し拳を振りかざす。
手の装甲は思った通り大分硬い。
新型が拳で薙ぎ払おうとしたところで桜花はしゃがみ込み、
そこから地を蹴って核を突き刺した。
新型は再起不能になり倒れ込む。
すぐさま桜花はバムスターの方に駆け出し、瞬殺した。
先程のように中から新型が出てくることも警戒したが、
どうやらこのバムスターには内蔵されていないらしい。
一先ず安全になったところで、桜花は手にしていた剣を見る。
ちょっとだけ刃毀れしてしまっている。
威力はそこそこだが、あまり強度はよくないらしい。
人がいるところまで…と自分に言い聞かせて、
桜花気絶している少年を担ぎ上げ、移動した。
「こんなはずじゃなかったのに…」
外に出られる…逃げられると思った。
あの国へ戻ろうと思った。
自分が今やれることをやろうと思った。
もう二度と故郷には帰れないのだからと、心のどこかで思っていた。
けれど、歩けば歩く程、昔の記憶が蘇ってくる。
この公園は幼い時によく遊んだ。
ブランコに乗り、誰が靴を遠くまで飛ばせるか競争で誤って落ちてしまい、泣いた。
このデパートは家族でよく来ていた。
販売機にある風船を買ってはわざと手を放し、空に飛ばすのが好きだった。
この家は友達の家で、テレビゲームを初めてした。
友達は容赦なくて、乱闘ゲームでよく場外まで飛ばされて悔しかったけど楽しかった。
この学校は…最後に私が通っていた場所だ。
『三門市立第一中学校』と書かれているのを見た。
間違いなかった。
もう逃げる必要なんてない。
他所の国なんて行く必要はない。
目の前の世界が桜花に告げた。
何故ならここは――
彼女の故郷だ。
20150427
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