近界と玄界
崩壊

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ドッ

急な振動。建物が揺れた。
爆音が聞こえることから、今ここは攻撃を受けていると考えて間違いなかった。
続いて二撃目。
先程よりも威力があったのだろう。
一瞬だけ桜花の身体が宙に浮く。

上手く着地をすると桜花は息をついた。
どこの国が攻めてきているのか、
今、戦況はどうなっているのか…密室に閉じ込められているため、把握できない。
とにかく、巻き添えを喰らうのだけはごめんだった。
扉に近づく。
触ったりしてもやはり内側から開くことはなかった。
騒ぎのどさくさに紛れて叩いたり、
部屋の中にあった椅子を持ち上げて殴るが、
やはり扉はうんともすんとも言わない。
凹んでもいないところをみると相当丈夫らしい。
憎たらしい位の特別待遇だった。
ここまでくるとお手上げだ。
毎日壁伝いで歩く練習をしながら壁を調べた。
転んだついでに床をペタペタ触ってみたが、
完璧すぎて抜け道なんて見つからなかった。
運に身を委ねて待つしかない。
自分の力でどうにかする事ができないのは悔しいが仕方がない。
来るべき時に備えるしか今の桜花にできることはなかった。

…爆撃が止んだ。

いつもと同じ空間のはずなのに、いつもは聞こえない自分の心臓の音だけが聞こえる。
緊張している。
自分でも分かる。
久々に行う命のやり取りに、身体が反応する。
神経をもっと研ぎ澄ませる。
息を潜め、気配を探る。
破壊音が聞こえる。
そして悲鳴。
どんどん近づいてくる。

――ヤバイ!

桜花は咄嗟に扉から離れた。
突然黒い液体が扉と壁を突き抜けて侵入する。
扉から離れなかったら串刺しになっていた。
それを考えるとぞっとする。
桜花の頬から血が流れる。
痛みが教えてくれる。
自分はまだ生きているのだと。
それが桜花を冷静にさせた。
あの強固な壁を取っ払ってくれたと思えばいい。
隠れるてやり過ごす場所はない。
破壊された壁から中を覗かれれば間違いなく見つかる。
またもや運に任せるしかない状況に追い込まれる。
何か武器になるものはないかと探すが武器代わりになるものは何もなく、
息を潜めるしかない。
一体どこの国が攻めてきたのか。
せめてそれだけでも確認してやる…というのは一種の意地だったのかもしれない。

銃の連射音に大きな気配が一つ。
間違いなく此奴が攻めてきた奴だった。

「……これでもうお終いか? オイ」

声と同時に銃撃音が消える。
破壊された罠の先端…銃の形をした物が桜花の前に転がってくる。
罠としては破壊されたとしても、
トリオン接続さえしてしまえば十分に使える可能性はある。
ただ、その可能性だけで武器を拾いに行くにはあまりにもリスクがでかいが、試す価値はある。
手ぶらよりも何か手にしていた方が生存率は上がる。
問題はタイミングだ。
桜花は様子を伺った。

「ちっ。片っ端から刻むか」

敵が部屋の前まで歩いてくる。
宣言通り、片っ端から殺していくつもりらしい。
敵と目が合う。
片っ端から刻んでいく一人に任命された瞬間だった。
桜花は先程まで拾いに行くかどうか迷っていた銃を、
今度は迷わず拾いにいった。
自分がいたところに黒い液体が突き刺さる。
あのまま動かずにいたら串刺しは確実だった。
滑り込みながら銃を手にし、身体を捻る。
自分が想像していたより大分動きは鈍いが、
思った通りに身体を動かすことができる。
後は手にした武器が使えれば御の字だ。
トリオンの接続を行う。
銃が起動する。

「人の部屋の前で殺りあうんじゃないわよ!」

桜花は弾を撃ち込んだ。
銃なんて初めて使うが、意外と当たる。
恐らく標的に当たるよう補正が掛かっているのだろう。
よくできている。
…そこは凄く助かったが、発砲した際の反動に耐えるには、
生身の身体には少々堪えた。
桜花は顔を歪ませた。
よく見てみれば相手は角付きだ。
国名は…アフトクラ…ラ?
思い出せない。
確か、角の色で黒トリガー持ちかどうかが分かる国だったはずだ。
「黒トリガー持ちか…最悪ね」
桜花がいる場所はこの国の本拠地だ。
そこを攻めるのは絶対堕とせる自信があるのか、ただの戦闘狂か…。
少なくとも桜花にとって悪趣味だとしか思えなかった。
「は、粋のいい猿もいるじゃねーか」
角付きは笑った。
それも一瞬だけだ。
「だが、お前…トリガー使いじゃねぇな」
トリガー使えない奴には用はないと角付きが手をかざす。
そこから攻撃がくるとは桜花は思ってはいない。
相手は液体を使うなら、全てを疑わないといけない。
発砲しながら後退する。
部屋の陰に隠れるだけじゃ防ぎきれないのは破壊された部屋が証明している。
もっと分厚い、もしくは硬い何かがないといけない。
立ち止まったら殺られる。
そう判断するのは容易だった。
今までの経験が桜花を手助けする。
身体から溢れ上がる何かを感じとり、そのまま通路奥まで走る。
液体も桜花を追ってくる。

ドパッ

複数の銃弾が液体と角付きの動きを止めた。
タイミングよくここの国の戦闘員がやってきたらしい。
容赦なく角付きを攻撃する。

――助かった…!

桜花は戦場では似つかわしくない安堵の息を漏らした。
逆に角付きの方は嬉しそうに笑った。
さっきの女は自分をここまで誘導するための釣りだったのか、と。
相手からしたら桜花は玄界の仲間だと思っている。
それもそのはず、自分たちは玄界に攻めにわざわざ来たのだ。
そこに自分たち以外の人間がいれば玄界の者だと思うだろう。
それが玄界と言われている風間や太刀川をはじめとするボーダーの人間や、
桜花からしたらお互い敵同士であり、仲間ではない。
きっと角付きがそれを言葉にしたら全力で突っ込みを入れたに違いなかった。
何はともあれ、角付きは桜花に興味をなくし、戦闘員の方に目を向ける。
それを確認した桜花はもう自分の方にはこないと確信すると、
急いでこの場から離れた。
この騒動のおかげで誰も自分をに気に留めていない。
折角、監禁されていた部屋から出られたのだ。
この機会を逃すわけにはいかなかった。
敵が攻めてきているということは、どこかに敵が使用した船艇があるはずだ。
それを上手く利用できれば、この国から脱出できる。
桜花は走った。
出口は分からないが、まずは道なりに進んでいく。
最悪、今手にしている銃で壁に穴をあけてしまえば外には出られる。
外に出ることができる。
帰れるんだ。
…そう思った時に桜花の思考が止まった。

――帰れる。帰れるってどこに?私はどこに帰るの?

息が上がっている。
久々にいい運動をした足が悲鳴を上げている。
それを理由にして桜花は適当な部屋に入り込み、息が落ち着くまでと休息をとる。

今まで近界で捕虜になったり、裏切られたから戦争中に寝返って…そうやって国を渡り歩いていた。
そんな自分がこの国を抜け出して、どこへ行くつもりなのか。
やりたいことがあるわけではない。
行きたいところがあるわけではない。
それなのに、どこへ帰るつもりなのだと自分自身に問いかけた。
けれど、返ってくるのは乱れた呼吸だけだ。
…そうだ。とりあえずは自分が戦っていたあの国へ戻ろう。
国の安否を確認して、まだ残っていればそこで兵士として今まで通り戦争に身を置けばいい。
堕ちていたら…自分を雇ってくれる国を探そう。
うん、そうしようと結論付けると桜花は再び動き始める。

歩き出して左程、時間は掛からなかった。
桜花から見て、ちょっと厳重そうな扉を見つける。
他の部屋と違う作りの扉から、外に繋がる扉なのではないかと考えた。
ボタンを押しても扉は開かない。
恐らくあの角付きが侵入してきたことで、システムがエラーを起こしたに違いない。
それなら…と、桜花は手にしていた銃を使って開けるという選択肢を選ぶだけだった。
遠慮なく扉に向かって発砲する。
やはりこの扉も頑丈な作りのようで、すぐに壊せなかったが、
同じところを撃ち続けていれば、脆くなり、そこから崩れていく。
この扉も例外ではなく崩れ落ち、扉としての機能がなくなった瓦礫を桜花は蹴とばす。

やっとだ。
やっと外に出られた。

「……!」

桜花は初めて外に出た。

「ここは一体…」

目の前に広がるコンクリートジャングルと呼ばれる高層ビルに
人の気配を感じさせるような住宅街。
桜花は絶句した。

ここは桜花が想像したことのない世界。
いや、想像しないようにしていた世界とあまりにも酷似していた。

桜花の中で何かが崩れ落ちた――。


20150424


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