近界と玄界
勝利の日

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桜花は戦闘音がする方を目指して動いていた。
それも激しくやり合っているところではない。
終戦を迎えそうな、比較的に落ち着いた感じのところを目指していた。
その理由は彼女が担いでいる少年にあった。
悲鳴が上がっているところは戦闘員の対応が間に合っていない、
避難民が溢れているところだ。
自分を守るために逃げている人間が他者、
しかも気絶して動けない人間と一緒に避難しに行く可能性は低かった。
保護を求めるならば、軍の方だった。
戦闘音が激しいところは保護する余裕もないので、
落ち着いているところ…と考えた結果であった。
一応、助けてくれたこととトリガーを拝借したことと、
気絶させたことに責任を感じているらしい桜花はここまではやろうと決めた。
断じて、ここが自分の故郷だからとかそんなものではないと自分に言い聞かせた。
そうでないと、動けなくなる気がしたからだ。
この国は自分の故郷だと分かってから、桜花は胸にざわつく何かを感じていた。
嬉しいという感情ではない何か。
その正体が分からず正直、持て余していた。
銃声音が聞こえる。
トリオン兵とやりあっている部隊を発見した。
バンダーが砲撃しようとエネルギーをためているところを、
桜花は持っている剣で真っ二つにした。
「君は?」
黒髪の青年に声を掛けられる。
BORDERと書かれた制服を身に纏っている彼は間違いなくこの国の兵士であり、
恐らくは桜花を監禁していた組織の者なのだろう。
トリガーを起動して、自分も制服を身に纏っている。
怪しまれることはないはずだと、桜花は少年を受け渡した。
「この子を保護してほしい」
「充」
言われると落ち着いた雰囲気の少年が青年のもとにより、
代わりに少年の容体を見る。
気絶しているが外傷はないと判断したようで、
その旨を青年に伝えた。
いつもなら、この段階で逃げ出す桜花も、
ここが故郷だと認識してから逃げる気はなくなっている。
寧ろどこに逃げればいいんだと、
先程まで行われていた葛藤をひたすら繰り返すだけということが分かっているので、
それは早々に諦めてしまった。
自分が不利になったら相手を斬りつけて逃げる。というのを決めてからは結構冷静だ。
ただ桜花の誤算はここからだった。
「あなた何者ですか」
落ち着いた雰囲気の少年が桜花に言う。
普通指揮官とか上のレベルは末端の兵まで把握はしていないものだ。
今までがそうだった。
彼等は兵を駒としか認識していない。
識別する必要がないものの顔を一々覚えていないのだ。
だが、目の前の彼らは違う。
兵士の顔を覚えているのか…と桜花は心の中で舌打ちをした。
桜花は知らなかった。
ボーダーの階級には訓練生、戦闘員とあり、
訓練生には訓練用トリガー、戦闘員には戦闘用トリガーが支給されている事実を。
彼女が使用しているトリガーは訓練用だ。
訓練生でここまでできる奴がいれば、誰もが目を付ける。
しかし、彼らは桜花を初めて見る。
それがこの少年の警戒レベルを上げている。
しかし、それを制したのは黒髪の青年だった。
青年は戦争には似つかわしくない程の爽やかさでこの場の雰囲気を吹き飛ばした。
「助けてくれてありがとう。君の名前は?」
「桜花」
「孤月…やっぱりそうだ」
青年は呟いた。
逆に桜花は話がつかめない。
「大丈夫だ充。彼女が迅の言っていた人で間違いない」
「ジン」
その言葉に桜花は反応した。
未来視のサイドエフェクトを持っていると言っていた青年だ。
まさかあの男が絡んでいるのかと、桜花は眉間に皺を寄せた。
「迅からの伝言だ。
『俺のところに来て』」
青年は続ける。

『戦況を覆したいから桜花さんの力を貸してほしい。
大丈夫、おれはちゃんと責任を持つから』

淡々と告げられた言葉に剣を持つ手に力が入る。
迅は言っていた。
「外で会おう」と。
彼は本当に未来視のサイドエフェクトを持っていて、
既にあの時、こうなることが視えていたということだ。
…ということは、自分が捕虜になった経緯を話したのもわざとに違いない。
彼には自分が故郷に帰ってきたことで迷いが生じることも見えていたのかもしれない。
腹が立った。
何でもかんでも見通すその能力も、
完全に駒として使う気でいるその考えも、
自分が迅の言う通りに動くと信頼してくれているのも全て桜花を苛つかせた。
「嵐山さん」
「大丈夫、迅があそこまで言うんだ。
彼女は信用していい仲間だということだ」
更に後押しされた。
青年の真っ直ぐな瞳はそれを疑う余地はないと言っている。
だから彼女を信じると言うその言葉は嘘ではない。
桜花の中で斬りかかって逃げるという選択肢は消えた。
残るは迅の言う通りに動くということだ。癪だけど。
そしてこの手の純粋さに自分は弱いのだと再認識した。
裏切られる未来があるかもしれない。
それでも縋れるものがない桜花にはその手を取るしかできなかった。
「ジンはどこにいるの?」
もう、この青年も分かっている。
桜花が組織の人間ではないことを。
「線路を越えた商店街方面にある高いマンション付近…」
「嵐山さんそれじゃあ地理に疎い人間には分かりませんよ」
「そうだな、すまな…」
「あぁ、コウモリマンションね…」
「え」
「?」
桜花は大体の場所を聞くと迷うこともなく、そちらに向かう。
幸いにも昔の記憶は残っている。
昔のままなら迷うことはないはずだ。
力を貸してほしいということは、目の前の敵も排除してくれということだ。
「じゃあ、その子よろしくね」
桜花は言うと、戦闘員を倒すために集まってきたモールモッドの一体を戦闘不能にし、駆け出した。


事態は既に佳境だった。
青年の言葉を頼りにそこへ向かえば、
目が悪くても分かるくらいに派手に殺り合っていた。
戦闘が行われているのは三つ。
一体どのポイントなのかと桜花は辺りを探った。
手にしている剣の耐久値から見るに人型との戦闘はできないと判断する。
迅は力を貸してほしいと言っていた。
人型かトリオン兵かと考え、倒せる方を選ぶ。
自分がそちらに行くだけでも戦力は他に回せるはずだ。
今の自分の力を把握して動くしかない。
白い制服の者たちを庇うように戦う槍男を見つけて、
桜花はすぐさま援護に入った。
「お」
新型の片耳を落とした。
先程のように仲間を呼ばせたりはしない。
「お姉ーさん、新人?にしては動きが良すぎるんだけど」
槍男が言う。
この服はやはりそういう部類なのかと桜花は認識する。
それにしてもこの動きだけでそう言われるなんて、どれだけ不作なのだと、
問題発言をしそうになった。
「ジンに言われて来たんだけど」
そう言うと槍男は納得したらしい。
迅さんならしょうがねーなと言われたが何のことかさっぱりだ。
「京介にも言われたし、俺は警護しながら此奴らを本部へ連れて行くわ。
迅さんに言われたってことはお姉さん一人に任せて平気?」
つまらないけどと槍男の顔には書いてあった。
未来視の男はいろんなところで前準備をしていたらしい。
もうそれでいいやと自分に言い聞かせ、桜花は返事をした。
新型が襲ってくるのを避け、もう片方の耳を斬り落とす。
すかさず地を蹴って相手に向かって突進した。
新型の拳を鞘で受け止めそのまま剣を持っている手を前に突き出した。
核は貫いた。
まずは一体。
残りは背後に迫っている。
一度トリガーを解除して無理矢理トリオン兵に隙を作る。
それを逃さず、相手の懐に入ってトリガーを再起動する。
核を貫いて終了だ。
「この剣、再構築するのにトリオン消費するのね」
自分が手にしている剣を見る。
先程まで刃毀れしていた剣がきれいだ。
再構築できることを知ったのはいいが、その分トリオンを消費したのが分かった。
国によってトリガー性能は違う。
本来なら性能を知って、それにあわせて戦うところだが、そんな暇はない。
上空を白髪の少年が飛んでいくのが見えた。
あれは角付きじゃないから味方なのだろうか?
例え敵だとしても上空をあの速度で移動するのだ。
今のこのトリガーじゃ追いつくことさえままならない。
桜花はもう一つの戦闘音がする方に向かう。
消去法的に迅がいるのはそこで間違いないはずだった。



上空に黒い稲妻が走る。
門の開閉が行われる現象だ。
門が閉じたのだ。


迅は背伸びをして倒れ込む。
「貴様……!」
「!?」
角付きが反応するよりも早く、
横たわる迅の顔のすぐ近くに剣が突き刺さる。
「嫌だな〜桜花さん怖い」
「貴方が来いと言ったのよジン。
何、敵の前で寝っ転がって…余裕じゃない」
「大丈夫だよ、彼は。それを分かっててこの仕打ち…
桜花さんS気強いよね」
「…私、人間を三枚におろす技術持っているんだけど、
披露していいかしら?」
「わー待った待った!」
迅は急いで起き上がる。
近界民は船に乗って去ったのは誰もが分かる事実だ。
そんな中、角付きがいるのだ。
事情を察しない程桜花は馬鹿ではない。
「投降しろ」
「……!」
「因みに、この人も捕虜だった人だから。
大丈夫だよー悪いようにはしない、約束する」
迅はぬけぬけと言う。
まさか、角付きを捕虜にするために自分を呼んだのではないかと桜花は思ってしまった。
彼女の殺気の意味が分かりつつ、迅は桜花にトリガーを解除するように言う。
これから二人とも本部へ直行だ。
桜花はあちこち破壊された街を見渡す。

もう二度と帰ってこれないと思っていた世界に帰ってきた。
だけど街を見て思う。
帰る場所は残っていないのかもしれない。

戦いが終了した今、
後回しにしていたものが一気に込みあがってきた。

桜花はトリガーを解除する。
傷だらけになっている彼女の身体を見て、迅はぎょっとした。
どうやらこれは彼の中で未来視どころか、想像もしてなかったらしい。
自分のこの不安をこの男は未来で視ているのだろうか、それとも視えていない?
そんな弱いところなど見せてたまるかと桜花は意地悪そうな顔で言う。
「角付きの子と込みで責任、とってくれるんでしょ?」
「あははー、まぁ実力派エリートにお任せあれ」


捕虜になって猶予は5日だと宣告された。
その最終日。
桜花はここに残ると選択して、
生き残る未来を勝ち得たのだ――。


20150429


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