未確定と確定
譲れないもの
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防衛任務が終わった桜花がボーダー本部に戻ってきてやることといえば、
本部の食堂へ行くか自分の部屋で休むかの二択がほとんどだ。
トリオンを回復することを目的とした食事と休息。
これは桜花にとって決して欠かすことができない日課であり、
意外かもしれないが、ランク戦で自分の腕を磨くのは二の次なのだ。
桜花は自分の部屋に入ろうと鍵を開けようとした時に、
鍵が掛かっていないことに気がついた。
ボーダー本部の個人部屋に侵入するような馬鹿な話は聞いたことがない。
そして桜花の部屋には目ぼしいものは何もない。
どこの誰だかは知らないが、もの好きもいたものだ。
桜花は警戒しながらそのまま自室へ入った。
「……なんでアンタがここで寝てるの?」
狭い部屋の中、侵入者はすぐに見つかった。
桜花は自分のベッドに眠っている男……太刀川に向かって、
できるだけ優しく声を掛けた。
しかし目覚める気配がない太刀川に桜花は溜息をつく。
勝手に部屋に入っている理由を聞きたいところではあったが、
たたき起こすようなことではない。
そのまま腹ごしらえをしようと冷蔵庫を開けたところで、
桜花は勢いよく冷蔵庫の扉を閉めた。
足音こそはたてていなかったものの、彼女纏うオーラーは不穏だ。
そしてベッドで眠っている太刀川に向かって、
桜花はもう一度太刀川に声を掛けた。
「起きなさいよ、っていうか起きろ!」
太刀川から布団を引っ剥がそうとするが、この男どうしても布団から出たくないらしい。
布団から手を離そうとしないので仕方がない。
自身がトリオン体であるのをいいことに、
苛ついている桜花は布団を引き、そのまま太刀川をベッドの下に落とした。
「痛っ――なんだよ、女らしく優しく起こしてくれないのかよ」
「無断侵入のうえ、私のごはんを勝手に食べる男になんで優しくしなくちゃいけないのよ!」
「別に彼女の部屋くらい勝手に上がってもよくねぇ?」
「そうよ、まずはそこからよ!どうしてアンタが私の部屋に勝手に入れるのよ」
「ああ、冬島さんに合鍵作ってもらった」
「はぁ!?あのおっさん本人の了解も得ずに何してんのよ!!」
「はははー冬島さんは俺の味方だからなー。『ほどほどにしておけよ』って言ってたぞ」
太刀川は笑いながらベッドの上に腰を下ろした。
桜花は頭を抱えた。
太刀川が桜花の部屋を高頻度で訪れるのはボーダー隊員であれば誰もが知っている。
その際に何故か破壊される彼女の扉事情も有名な話で、
修築するのに多少なりともトリオンを使用する。
塵も積もれば山となる……本来なら本部防衛に一番注力されるべきトリオンが、
どうしようもない個人の理由により浪費されるのはいただけない。
……そして、その都度行われる喧嘩を通り越した乱闘は見過ごすわけにいかず、
太刀川が扉を壊さなくてもいいように合鍵を渡すから大人しく入れということだった。
勿論、第三者に合鍵をほいほい渡す様な真似は普通しない。が、
この2人の場合は恋人同士ということで、
正直それでも問題はあるが鍵を渡す以上の問題を起こされても困るので、
冬島が気を利かせただけのことだった。
つまり無意味なトリオン消費は止めろということだった。
少なくても桜花はそう捉えた。
ここで怒りを爆発させたいが頑張って堪えてみる。
「特に見られて困るようなもんはないんだろ?
俺がいても問題ないだろ?」
「問題は今、起こってるじゃない」
桜花の発言に首を傾げる太刀川に向かって桜花は再び、溜息をつく。
太刀川に分かりやすく伝えるために冷蔵庫に指を指す。
「アンタが勝手に食べるせいよ!」
「え、マジでそんな理由?食い意地張りすぎだろ」
それだけが理由ではない。
太刀川といると落ち着かない……と、桜花は言い返そうとして諦めた。
太刀川のマイペースなところは嫌という程を知っている。
そして……なんとなく想像はつくが念の為聞いておく。
「で、人の部屋に無断で入ってきたということは何か用があるのよね?」
「用なんてないぞ」
「……へーじゃあ何しにきたのよ」
「仮眠とろうと…」
「自分の作戦室でやればいいじゃない、もしくは仮眠室!」
「いや、ここの方がよく眠れるし」
「……………………………………………………」
「悪かったって!」
太刀川は立ち上がり背伸びをする。
「この後やらね?」
「やらないわよ」
「えー俺暇なんだけど」
「昨日付き合ってあげたじゃない。
私は今から食べるんだから邪魔しないで」
「食べてからでもできるだろ?」
「やりたい気分じゃないから嫌」
「減るもんじゃないだろ」
「私のお腹は減ってるのよ!そんなに言うなら責任をとって何か奢ってよ」
「お前の責任って軽いよなー」
とは言いながらも、太刀川はどこに行こうかと頭を悩ませている。
とりあえずたまには外で食べようと、2人は部屋を出た。
三門市商店街。
どこで食べるか適当にぶらついている2人に予想だにしない出来事が起こった。
「おうじさまだー」
聞きなれない言葉に思考が停止するが、
声そのものは小さな女の子のものだ。
何かの絵本を読んだとかアニメを見たとかその影響で叫んでいるだけだろうと、
最初は気にも留めなかったが、自分の足元にそれがへばりついてきた時、
流石に無視はできなかった。
「あははーやべー!桜花が王子って……嵐山じゃあるいまいし、
お前何したんだ?」
「……知らないわよ」
太刀川にも言ったが、桜花は身に覚えがない。
確かに女性らしく可愛い、清楚な服装をしているわけではないが、
別に男に見られるような外見でもましてや王子と言われるような風貌でもない。
全てが謎でしかない。
周りに女の子の保護者らしき人物はいない。
つまり迷子だ。
助けを求めるにも隣には能天気な太刀川しかおらず、
え、これはどうすればいいの?と固まるしかなかった。
「何、撮ってるのよ」
「つい面白くてな」
太刀川は今しかないと言わんばかりに桜花の困っている姿をスマホで撮った。
「珍しいなーお前そういうの無下にしそうなのに」
「敵じゃない子供にそんなことしないわよ」
「なーんだ、いつもの桜花だなー」
言うと太刀川は女の子の目線にあわせてしゃがむ。
それに驚いたのか女の子の手に力が入る。
足にしがみつかれている桜花は小さく痛いと抗議したが、
女の子に通じるはずがなかった。
「お前、母さんか父さんと一緒じゃないのか?」
「わかんない。
さがしてたらおうじさまがいたの」
「そっかーだけどこの姉ちゃん怖いし王子様ってガラじゃないぞ。
俺は今日叩き起こされたからな!」
「それはアンタが悪いでしょ」
「な?」と本気で子供に同意を求める太刀川に、
女の子は力いっぱい「そんなことないもん」と抗議した。
「おうじさまはへんしんするとでんせつのせんしプリ○○アになるんだから!」
「おー確かにこのお姉ちゃんも変身するな」
「やっぱり!おうじさまはわるいやつからじぶんのくにをまもるためにたたかってるの」
「確かに毎日戦ってるな」
「ほら、おうじさま!」
「王子様だな」
「話に乗っかるのやめてくれない?」
とりあえずアニメか何かで登場するキャラクターと桜花がそっくりだということは理解した。
だけど納得はしない。というか、それよりも迷子をなんとかするのが先決ではないだろうか。
自分の足元で王子様の話に盛り上がる2人に桜花は意識が飛んでいきそうになった。
「――でね、おうじさまいつもたいへんだから、あたしたすけてあげるの。
おうちかえれるようにいっしょにたたかうの」
言って変身アイテムを見せる女の子の頭を太刀川は撫でる。
「おおー強いな。
だけどこの王子様、先約があるから他をあたってくれ」
「せんやく?」
「そうだ。王子様と一緒に戦うのは俺だからな。
誰にも譲らないぞ」
遠くから名前を呼ぶ声がする。
その声に反応して女の子が「ママー」と叫びながら駆けて行く。
若干涙目だった気がしたが、
それほど自分の王子様を他人にとられたのが悔しかったのか。
とにかく解放されたことに安堵し、桜花は太刀川を睨んだ。
「子供の戯言に本気で答えるんじゃないわよ」
「何言ってんだ。子供だろうが大人だろうが本気の奴には本気で応えるのが礼儀だろ?」
確かに分からなくもないが時と場合があるだろうに……。
桜花は額を押さえながら呟く。
「っていうか、先約って何?
そんなのした覚えないんだけど」
「お前マジで言ってるのか?」
桜花の言葉に太刀川が目を丸くする。
その反応に桜花はなんで自分が悪いみたいになっているのか理解できず、
思わず聞き返す。
「そんなの剣を交えたら分かるだろう。
あ、いや……既に一緒に戦ってるから分かる、か?」
「なんでそこで首を傾げるの」
「お前単純そうで難しいからなー」
太刀川は頭を掻きながら立ち上がった。
「一緒に食事して、ランク戦して寝て、こうして歩いててもお前は自分が思ってることは大体言うし、ぶつかってくるだろ?
だけど俺はそれよりも戦場で一緒に戦っている方が心地いい。
お前がなんで戦っているのか分かるから肩を並べて戦える、自分の背中を預けられる。
帰る気がある奴じゃないとできないだろ?
だから俺は桜花と一緒に戦うし、一緒に帰る。
そこを譲る気なんてないぞ」
太刀川は桜花の頭を撫でる。
「それに俺と並ぶために必死に俺とランク戦してくれるの可愛いだろ?
ま、まだまだだけどなー」
「……最後の、いらない」
「おお、そうか?」
呑気に笑いながら前を歩こうとする太刀川の腕を桜花は掴む。
「……慶、食べ終わったらやろう」
「お、マジか!?」
「気が変わったの。
それに、アンタに付き合えるの私くらいしかいないでしょ?」
「よっし!じゃあ早く食べて帰ろうぜ!」
無邪気にも桜花の手を握り、
目に付いた定食屋に引っ張っていく太刀川に桜花は呆れながらも、
手を振りほどくことはできなかった。
仲間としての交流や恋人としての営み以上に命を賭してるからこそ実感できるもの。
桜花もそれは肌で実感している。
だから自分も譲りたくないと太刀川の手を握り返した。
20170402
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