過去と現在
追う者
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「辻ちゃん、明星さんのトリガーセットなんだけど……」
犬飼が最後に呟いた言葉。
最後まで任務を全うしようとした男の声は妙に清々しかった。
周囲のトリオン兵を殲滅し、残ったのは影浦と辻の2人になった。
影浦はかなり荒れていた。
上空を悠々と飛んでいた大型トリオン兵は、桜花が逃走したのち別の場所へ移動してしまった。
あれを早期に倒さなければボーダー側の形勢は悪化するだろう。
影浦が荒れている理由は大型トリオン兵を始末できなかったからというだけではない。
桜花に逃げられたからだ。
質が悪いのは桜花がただの敵ではなく、ボーダーの人間だったということだ。
しかも自分のチームメイトが味方だと思っていた者に落とされた……怒りを感じないはずがない。
「なんだ、妙に冷静じゃないか」
本当はそうではないことを知ってながら影浦は辻に声を掛けた。
いくら犬飼が気に入らないとしても一応同じボーダーに所属している仲間である。
敵の手に落ちてしまえばそれなりに心配もする。
だからだろうか。
冷静に努めようとした辻に腹が立ったのは……。
それが兵士として正しい在り方なのは分かる。
だけど影浦が気に入らないのは妙な感情が刺さったからだ。
自分のチームメイト、先輩が落とされた。
何もできなかった自分への苛立ちや悔しさの感情を持つのは分かる。
ただ影浦のサイドエフェクトが拾った感情はそうではない。
自身に向けられる意識や感情が肌に刺さるようにして分かる能力が感じ取ったのはほんの小さな罪悪感。
自分に向けられるべきではない感情だ。
北添が落ちたのは辻のせいではない。
犬飼が落ちたのも辻のせいではない。
なら、辻はどうして罪悪感を抱いたのか。
犬飼に対してなら影浦が犬飼のことを好んでいないのを知っている。
罪悪感を抱くことはないだろう。
――となると、必然的に理由は北添が落ちたことになる。
北添が落とされる時、現場にいなかった辻が罪悪感を抱く必要はない。
もしも感じるとしたらそれは理由が絞られる。
もしも辻達が早く合流していれば?
ボーダー側が有利に戦えただろうし、北添が被害に遭わなかったかもしれない。
でもそれなら感じるのは後悔。またはそれに類似する感情を抱くだろう。
ならば考えられるのは他の理由……例えば桜花がボーダーを裏切っているのを知っていたとしたら――?
「てめぇ、知っていたのか?」
鎌をかけただけだった。
返事があることに期待なんてしていなかった。
だが、辻は真面目にも答えたのだ。
「すみません」
それが答えだった。
「……!」
影浦は怒りで熱くなり、爆発しそうになるのを堪える。
「てめぇらはいつも隠し事しやがって」
何事もないように振る舞う彼等が気に入らないと影浦は悪態をつく。
影浦の言葉の意味をなんとなく理解した辻はもう一度「すみません」と謝った。
「だけど今回は上からの指示だったので」
「ボーダーは知っててアイツを野放しにしたのか」
「……迅さんのサイドエフェクトを考慮した結果です」
当初は桜花が裏切るかは半信半疑だったこと。
裏切ることを前提にボーダーが動いていたことを話す。
未然に防ぐのではなく、彼女が行動を起こすまではボーダーからは手を出さないことを決めたのは単に迅の予知を聞いて判断したからだ。
「ちっ」
影浦は舌打ちをした。
どんな判断でボーダーが選択したのかは知らない。
だが迅の名前を聞いた途端、影浦は振り上げそうになった拳を下ろすしかなかった。
ここは我慢する。
しかし全てを承知したわけではない。
行き場のない感情を抑えつけながら、影浦はあとで上層部を殴ろうと誓った。
『辻くん、大丈夫?』
「はい、俺は大丈夫です。それより……」
通信で入ってきたひゃみに辻は先程の犬飼の言葉を思い出す。
桜花のトリガーセット。
聞いた言葉は孤月、ハウンド、シールド、エスクード。
あと確認できているのはグラスホッパーと今、レーダーで探知できていないことからバックワームも入れているだろう。
セットされた6つのトリガーが分かった。残り2つが何かを把握し犬飼は今後の戦闘に備えろということが言いたかったのだろうか。
でも相手が何のトリガーを使用してくるか分からないのは今までのランク戦と同じだ。
だから犬飼が言いたいことは違うことのはずだ。
思考を止めるな考えろ。
辻は自分に言い聞かせる。
二宮が迅から聞いたのは今までの桜花のログを見ておいてほしいということだった。
桜花は孤月メインで容赦なく切り込んでいく戦い方を好む。
そして緩急をつけるために突撃銃のアステロイドとハウンドを使い分け相手のリズムを崩す。
総合すると相手を自分のペースで戦わせないことに重視して戦うのだ。
最初は彼女の動きに対応できるようにという意味なのだと思っていた。
しかし今日の桜花の戦い方はログに残っているような攻撃の仕方ではない。
突撃銃から射手用の射撃トリガーに変わっていたことも1つの理由だが、
孤月ではなく射手トリガーを中心の戦闘スタイルだったのが大きな点だろう。
射手トリガーをマスターしてのことなら不思議に思うことはなかった。
戦ってみて分かることだが、桜花の射手トリガーの使い方は大分粗削りだった。
孤月をマスタークラスレベルで使えるのだ。
射撃トリガーをメインにして戦う理由は正直ない。
ログを見て戦いに挑んだからこそ違和感を覚えた。
迅が言っていたログのチェック、犬飼が言っていたトリガーセットから何か見落としはないかと先程の戦闘を思い返してみる。
『今、ログを送るわ』
「ありがとうございます」
氷見が送ってきたのは先程の戦闘、北添が落とされたところと犬飼が落とされたところだ。
そして追加で送られてきたのは出水と桜花のログだ。
今、国近は太刀川の方のサポートに入っているため解析に回れないが、
少しでも役に立てば……ということで氷見に送ってくれたらしい。
疑問や違和感を覚えたところを突き詰めていく。
そこから何か共通点はないかと探す。
桜花の動きに違和感を覚える戦い方は無論、使い慣れていない射手トリガーの使用だ。
ならば射手トリガーを使っている時はどんな時なのか確認する。
出水の時は不意打ちで背後からの攻撃。
北添の時は影浦の言葉に反応して至近距離から攻撃。
あとは砂埃に紛れて影浦、犬飼、辻、3人へ攻撃したのと、
トリオン兵介入後、犬飼の機動力を失くすために攻撃したのと……意外に使用回数は少ない。
なのに何故、射手トリガーを主軸に戦っていたと錯覚したのだろう。
桜花が射手トリガーを使用するイメージがないから印象的だったというのはあるだろう。
それとは違う何か……距離があるところから射撃系のトリガーを使うのは分かる。
出水が襲われたのも犬飼が最初に喰らった時も攻撃手の間合いではなかったから射撃してくるのはおかしくはない。
だけど北添が攻撃されたのは明らかに攻撃手の間合いだった。
別に攻撃手の間合いから攻撃することがおかしなことではない。
ただ桜花の場合、敵を確実に仕留めたいはずだ。
北添が彼女を警戒していないあの距離なら孤月で斬りかかかった方が速いし確実だ。
(あれ――?)
そう思うと不思議な点が出てくる。
何故、攻撃手の間合いでわざわざ射手用トリガーを使用して攻撃したのか。
……というよりはあんな至近距離で撃ち込んだのに何故、北添を1発で落とせなかったのか。
桜花の射撃に当たって北添は衝撃は受けているがダメージを受けたようには見えない。
例え桜花がコントロールが下手だとしても、至近距離であれだけ当てれば腕や足の1つ吹っ飛んでもおかしくないし、トリオンが漏れたりするものだ。
だけどそれがない程のダメージ……攻撃力の設定のミスというのも考える。
それだけ使い慣れていないのだとしたら何故使い慣れたものではなく自分が制御できないトリガーを選んだのか。
結局、射撃トリガーでは止めをさせなかった桜花は孤月で斬って終わらせる二度手間。
彼女にとってそれは悪手なはずだ。
敢えて射撃トリガーを使用し攻撃をパターン化しているとしたら、それは桜花にとって必要なことだったからだ。
彼女に必要なこと――ここまで考えれば間違いなく射撃系トリガーの使用だろう。
何かしらの事情で射撃系トリガーを使わなくてはいけなかった……犬飼はそれが分かったから辻達に伝言を残したのだ。
(そういえば出水がおかしな動きをしていたな)
桜花に胸を貫かれた時、出水はトリオンキューブを生成した。
最初は桜花に反撃する気だったのだろう。
彼の手から放たれたトリオンキューブは彼女目掛けて軌道を描いていた。
それが突然、トリオン兵に向かっていったのは出水が使用したトリガーが変化弾と呼ばれるバイパーだったからだ。
(出水はその時に気づいたんだ)
リアルタイムでバイパーの弾道を引ける出水だからこそ咄嗟に狙いを変更した。
彼が途中で標準を切り替える理由はなんなのか。
考えるが出水と桜花の戦闘時間は短く、
北添と同様、桜花に撃たれて最後は剣で攻撃されただけだ。
(出水もダメージを受けた様子がなかったな……)
弾バカと称される出水はそれだけで何かが分かった。
だから桜花を攻撃しなかった。
……そう仮定して考えると彼女に撃たれた者にしか分からない何かがあることになる。
桜花が撃つ弾にはダメージを受ける程の攻撃力を設定していないのか。
しかし、犬飼は彼女の弾を喰らい片足を失っている。
攻撃力の設定ができないわけではない。
咄嗟の判断で設定し間違えたとしても、出水を狙う時は十分な時間があったはずだ。
そこでできず犬飼に当てる時だけできたというのも変な話だった。
犬飼ではなく自分が落とされていたら――と辻は思った。
彼女の攻略法を犬飼ならば分かり、ボーダーに伝えられただろう。
だから桜花は狙いやすい辻ではなく犬飼を落としたのだろうかと考えて隣から声が上がる。
「けっ、ワンパターンな戦い方じゃねぇか」
ぼやいたのは影浦だった。
声を聞くに氷見は影浦にもログを送っていたらしい。
いつもランク戦のログを見ない影浦も今回ばかりは違うらしい。
突っ込むと好きで見てるんじゃねぇと返されそうなので言わないが。
ワンパターンという言葉を聞いて辻はもう一度彼女との戦闘を思い出す。
桜花の第一撃目が射撃で止めが剣で決めてくるのはパターン化していることは分かっている。
あの乱戦で桜花が犬飼を狙ったのは落としやすい敵だったからという理由ではなく落としたい敵だったとして考える。
思いつく理由は銃手を放っておくのが面倒なことになるから落とせる時に落としておきたいという点が1つ。
あとは3人の中で犬飼だけが彼女が撃った弾に被弾したということだ。
つまりあの時点で桜花の攻撃パターンに当てはまる人間は犬飼しかいなかったのだ。
弾を当てることに意味がある。
だけどその弾はどれもダメージがほぼない。
ボーダーのトリガーでそういうことが可能なのは先程も考えた通り発射する弾の攻撃力の設定。
そしてもう1つ、攻撃設定がない補助系の弾だ。
「明星さんのトリガーセットって……」
情報が足りなくて断定することはできないが、可能性としては十分にある。
「ひゃみさん、解析をお願いしたいんですが――」
それは1つの可能性。
桜花が設定していると思われるトリガー……。
スタアメーカー。
マーカーをつけて標的を追跡するのに適したオプショントリガーだ。
20170718
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