過去と現在
その手に掴むもの

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(強かったわね――……)

物陰に隠れながら足を引きずり桜花は移動していた。
思い出すのは先程の戦闘。
盾を使う戦いは先日のランク戦の解説に参加していたおかげで見ていたため苦戦はしたが対応はできた。
問題は孤月使いの方で、
太刀川とのランク戦に慣れている桜花は初めて旋空があんなに伸びるものだと知った。
遠くから構えていて何を狙っているのか分からなかったが咄嗟にエスクードを出したのは正解だった。
危険だと感じて相手をエスクードで囲ってすぐさま撤退したが、
やはり数が多い方、地の利がある方がどうしても優勢になってしまうなと痛感した。
途中でトリオン兵の援軍があったが汎用型であれば動きも決まっていて熟練の者なら足止めにもならない。
いないよりはいた方が壁として使えるが……よくあの場を切り抜けたなと自分を褒めてやりたいくらいだった。
(何人か落とされたわよね)
それは自分の手ではなく他の者……この場合テラペイアーに属する者になる。
落とされた相手の1人は狙撃手で桜花がいる距離からは正直対応はできなかった。
そういう意味では助かったが、
落とされた隊員はまだ桜花がマーカーをつけていなかった者もいる。
自分の命を最優先にすればそれも仕方がないと割り切るしかない。
ただ問題視するならボーダ隊員の対応が速くなってきていることだ。
間違いなく自分の戦い方は分析され、全隊員に通知されていると考えるべきだ。
スタアメーカーのことは気づいたかは知らないが、
マーカーをつけることばかり考えていたら落とされるのは自分。
それが分かる戦闘だった。
まだ繋がってはいるが足に1発銃弾を受け、機動力は落ちた。
それでも離脱できたのはグラスホッパーがあったからだろう。
トリオン洩れは治まったが、次受ければ足の1つは確実に失う。
慎重に動かなくてはいけないが、早く移動しなければすぐに追手に追い付かれてしまう。
ボーダーの戦争経験は近界民に比べればあまりないが、
だからといってトリガーを使う技術がないわけではない。
油断すると取り返しがつかないことになる。
……それは相手が玄界だけでなくどの国と戦ってもそうなのだが。

「!!」

射撃……しかも集中砲火に桜花はシールドを展開する。
シールドを出すのが遅れたためバックワームは穴が開き、肩に被弾する。
だが重症ではない。
トリオンを無駄にしているがベイルアウトすることに比べれば問題ない。
(このままだとシールドが削られる)
桜花は急いでエスクードを起動する。
地面から現れた壁が桜花を守ってくれる。
今、桜花に攻撃してきたのは時枝だった。
ならば周囲にいるのは嵐山隊とみていいだろう。
近くに嵐山か木虎がいる。佐鳥も狙撃位置についているだろう。
射線を気にして動くには――と考えたところで木虎がスコーピオンで桜花に斬りかかってきた。
桜花は剣を受け止めると木虎はそれを見越していたのかそのまま回し蹴りをする。
「……!」
身体に刺さる感覚がして慌ててその場所にシールドを展開し、傷が深くならないよう防ぐ。
ボーダーには珍しい格闘戦に桜花も対応しようとするが自分の片足があまり使いものにならないことを思い出す。
仕方なく桜花はグラスホッパーを踏み、木虎に向かって剣を振った。
「攻撃に切れがないみたいですけど、腕落ちました?」
「アンタ昨日のこと根に持ってるの?」
「誰が!」
木虎は桜花の剣を切り上げる。
弾かれた力に身を任せ、桜花は上空へ飛ぶ。
あまり高く飛びすぎると狙撃手に狙われる危険性があるため考慮しつつ、
グラスホッパーを踏み木虎に向かって下降し対応しようとしたところだった。
空中でグラスホッパー以外移動できないこの瞬間を狙って民家から嵐山が銃撃する。
そして下からは足止めした時枝が桜花に向かって弾を撃ち込んできていた。
2つのポイントからの連続射撃。
そして案の定、木虎が突撃銃で単発で弾を撃ち込んでくる。
どう動いても嵐山と時枝の銃撃は桜花を追いかけてくる。
これがただのランク戦ならば自分の身を犠牲にしても木虎を落としにいっただろう。
だが残念ながら今は実戦。
しかもベイルアウトも使えない。
安全を確保するならどこかの建物に身を潜め、銃撃から避難した方が良い。
桜花は下降するのを諦めて一度態勢を整えることを選んだ。
三方向の攻撃を避けるべく少し上空へ飛ぶしかなくなるがもし彼等の目的が上空へ飛んだ桜花を落とすことなら止めをさすために攻撃してくるのは佐鳥の狙撃だ。
狙撃ポイントを予測し桜花は警戒しながらマンションの壁に足をつける。
相手に向かっていくと見せかけて近くの窓を割り、部屋の中に侵入。
そして建物伝いに移動すると考えていたその時だ。
建物を伝い薄っすらとした筋が伸びてくる。
次の瞬間その筋から桜花に向かって斬撃が飛んできた。
(なにこれ!?)
桜花が知っているボーダーのトリガーで遠距離斬撃に該当するものは旋空しかない。
だが壁から斬撃が飛んできたはずなのに壁には斬られた痕はなかった。
物体に損傷はないのに標的だけがダメージを負う特殊な仕様。
攻撃手用のブレードを思い出す。
孤月、スコーピオン、レイガストの特徴とそれらに付属できるオプショントリガーを思い返すが該当するものはない。
(遠距離斬撃……こんな武器があるなんて知らないわよ!)
伸びてきた物体の筋を追う。
辿りついた先にあった人影にそこから自分を攻撃してきたことが分かった
あまりにも急なことだった。
目の前の嵐山隊の猛攻に周囲に気を配ることができなかった……というレベルではない。
普通に戦っていても気づかない攻撃というよりはその武器の存在を知らないと防ぎにくい攻撃といった方がいいだろう。
銃撃戦を行うことで守りを弱めるのと同時に動きに制限をつけているのだと思っていた。
止めをさすのは狙撃。
――と思って警戒していたのに逆にそう思わせることで他の攻撃手段がある可能性を考えさせないようにした嵐山隊の誘導に見事してやられた。
今の攻撃で片手方足を失い、桜花はただ落ちるだけだ。
「こんなところで……!」
ベイルアウト機能が働く前に桜花はハウンドで嵐山隊をそして自分の近くにある窓を割る。
踏んだ先が窓側へ行くように身体が落下する真下にグラスホッパーを出す。
身体がグラスホッパーに触れる。
剣を握る力もないのか桜花の手から孤月がすっぽ抜けたが今はそれよりもやることがある。
身体が飛んでいく先、窓を潜った瞬間に桜花はもう一度ハウンドで天井を攻撃し瓦礫を作り出し、窓から真っ直ぐ自分を追えないようにする。
しょうもない時間稼ぎだがしないよりマシだ。
ハウンドを当てる音を聞いて桜花はすぐさまトリガーを解除した。
これでニュクスの方に狙われる心配はなくなった。
後はもう一度トリガーを起動さえすればトリオン体を作り直すことができる。
トリオンを消費するが自由に動ける身体が手に入るなら背に腹は代えられない。
あとは今までの戦いでトリオンを大分消費しているため、
戦える力は残っていない可能性があることは懸念点だがそこはもう開き直るしかなかった。
身体が転がり落ち、床にぶつかる。
「……っ」
そういえば本体も負傷していたことを忘れていた。
桜花はあまりの痛さにトリガーを取り出すことを忘れそのまま意識を手放した。



同時刻、別の場所にて。
「終わったか――」
太刀川は孤月を鞘に戻し呟いた。
戦っていた男は何かあったのかそのまま撤退していった。
どうせなら捕虜にしたかったと太刀川は言うが両腕を落としただけでも御の字だろう。
「つうか迅、俺明星に出水をくれてやるなんて一言も言ってないんだけど」
戦闘の最中に出水が桜花に落とされたと国近から伝えられて、
時間稼ぎを忘れ太刀川は近界民の男を本気で倒そうとしていた。
それを今この時まで延ばし延ばしにして調整していたのが迅だった。
「悪いね太刀川さん、でも……終わり良ければ総て良しということでさー」
迅の言葉と同時に国近から内部通信が入る。
『本部から通達。たった今三輪隊長が明星隊員撃破及び捕縛されていた隊員達の格納庫を破壊。
現場付近にいる隊員は周囲を警戒しつつ速やかに保護にあたれ。だって!
太刀川さん出水くん達助かるよ!!』
国近の言葉にどうしてそうなったのか太刀川は分からない。
理由や経緯を聞いてもあまり分かる気がしない……太刀川は迅の言葉を思い出す。
終わり良ければ総て良しというのはこういうことかーと勝手に合点した。
「じゃあさっきの奴が撤退したのもそれが理由か。
だとしたら俺達も行くか。
大丈夫だと思うがあの男がその格納庫に言ってしまったら保護にあたっている奴らが危ないしな」
「そうだね」
「なんだ迅。こんな時にスマホなんて出して……」
服がいつも同じだから分からなかった。
いつトリオン体の換装を解いたのだと太刀川は言いたかったが茶化すようなことはしなかった。
こんな時だからこそスマホを取り出すことに意味があるのだから。
「ああ、未来を確定させるために大事なことなんだ」
迅は発信ボタンを押すとコール音が鳴る。

世界はまだ終わってなんかいないのだ――。



ブーブー……

桜花は自分の身体に伝わる振動で目を覚ました。
「……痛い」
振動が身体中に広がり負傷したところにダイレクトに響く。
あまりの痛さになんとかしようと発信源を探し出す。
自分のポケットに入れていたスマホ……どうやら着信が入っているらしい。
ディスプレイに表示される名前を見てこんな時になんの嫌がらせかと桜花は思った。
そして電話を切り、ポケットに入れ直す。
意識が飛んでいた。
それがどれだけの時間かは分からないが自分の周囲にボーダー隊員がいないことから意識を飛ばしていたのは数分だろう。
少し暗く感じるのは建物の中にいるからか。
くらくらする頭を覚醒させようと桜花は立ち上がろうとするが身体が痛みで悲鳴を上げる。
だからといって、いつまでもこの場にいるわけにもいかない。
身体の訴えを無視し、桜花は自分の身体を無理矢理動かす。
こういう時のためにトリガーがある。
桜花はいち早くトリオン体に換装しこの場を離れてしまおうと思った。
トリガーを握る。
起動しろと念じるが一向にトリガーが起動する素振りはない。
(故障……というよりは換装に使えるトリオンもない……ってこと、か――)
落胆するわけにはいかなかった。
重力のせいか身体がやけに重たいがそれに負けるわけにはいかない。
立ち上がるために何か支え棒を……と辺りを見回し、自分の武器孤月を見つける。
換装を解いた時、孤月を手放していたから残ったのだろうか。
理由は分からないが今は考える必要はない。
自分のトリオンを消費して実体化した剣が転がっているのは幸いだと思った。
地面を這う。
力が入らない。身体が痛い。そんなことばかりが頭を過り考えることを放棄しそうになる。
動くことを放棄するのを防ぐために桜花は目の前の孤月だけに集中する。
あと少しだと自分に言い聞かせて孤月に手を伸ばす。
今、自分になくてはいけないもの。
ただそれだけを求めて桜花は柄に触れ、そして握った。
本体で握るのは初めてだがやけに手に馴染むそれが桜花を落ち着かせる。
状況としては最悪なのだが……嘆いても仕方がない。
孤月を支えに桜花は立ち上がる。
まだ痛みに慣れていないのかただ歩くだけなのにふらふらして足がおぼつかない。
まずは安定して立てるようにしようと桜花は気力で壁際まで行くと、壁に身体を預けるようにして立ち落ち着かせた。
深呼吸を数回し、歩き始める。
今までの経験が桜花に助かりたければここから離れろと告げる。
確かに逃げなければ彼等の敵である自分は安全を確保したということにはならないだろう。
テラペイアーの方へ辿りついたとしても安全性でいうなら同じことだ。
ならどちらをとるかという話になるのだが……
(あとでたっぷり聞いてあげるって約束したわね……)
向こう側に捕縛された隊員がいる。
その原因は自分にあるため責任をもって向こうでの生活を教えるかーぐらいの気持ちはあった。
自分の話を聞かないかもしれない。
それでも良かった。別に恨まれても構わない。
桜花が落とした人間は強い者……向こうでも生き残れる素質がある者を中心に狙ったし、
冷静に状況判断できる人間、チームをまとめることができる人間を数人選んでいる。
彼等が中心になって動いてくれれば生き延びることは可能なはずだ。
そして近界民だけでない、落とした本人である桜花がいれば数人は自分に敵意を持ってくれるだろう。
どんな類のものでもエネルギーは生きる活力になる。
生きていればなんとかなる。なるように動く。
今まで自分がそうだった。
今まで見てきた人間がそうだった。
そこからどう動くは本人次第だが……戦争に縁遠い玄界で戦うことを選んだ人間がボーダーとして活動している。
少なくても戦う力は持っているはずだ。
だから大丈夫だ、行こう。

自分がいるのは恐らくリビング。
桜花は当初の予定通り合流ポイントを目指すために玄関を目指す。
日本の部屋の作りはどこも同じだからか自分が目指す玄関はこの部屋の扉を開けまっすぐに進んだ先だとなんとなく分かった。
一歩、一歩と歩みを進める。
ガチャという音が聞こえて桜花は反射的に息を呑んだ。
本来であれば物陰に隠れるところだが身体を上手く動かせずそれもできない。
桜花はその場で何の対処もできずに対面しなくてはいけないのだ。
扉から入ってきたのは嵐山だった。
何でアンタが……なんて馬鹿げたことは思わなかった。
先程まで戦っていたのだ。
最初に会うとしたらどう考えても嵐山隊だ。
ただ思うことがあるとすれば律儀に玄関通ってこなくてもいいのに……だった。
目の前に嵐山がいるということはすぐそばに時枝と木虎が待機しているだろう。
この身体の状態で囲まれてしまえば正直どうすることもできない。
自分の目の前に立ちはだかる彼等を桜花は正直邪魔だと思った。
「どいて」
いつもならそう言って剣を振りかざしていただろう。
今はそれができない。口から出たただの虚勢。
分かっていても言わずにはいられなかった。
口にすることで自分はまだ立っていられる。戦う力は残っているのだと言い聞かせたいだけだったのかもしれない。
桜花の言葉に嵐山は動かなかった。
代わりに彼女に伝えなくてはいけないことがあった。
「今、収納された隊員達の救出活動を行っている。
敵近界民は撤退を開始している……桜花、もう終わったんだ」
それは今回の戦争の終焉を知らせる言葉。
戦争だけではない。
ボーダーが捕らわれた隊員達を救出しているということはどこに彼等が収容されていたのかも分かったということだ。
玄界にとって今回の戦争は痛み分け、もしくは勝利で収めることができたということだ。
「……嘘」
しかし桜花が呟いたのは安堵でも喜びでもなかった。
嘘が苦手な嵐山が質の悪い嘘は吐かないと分かっている。
それでも素直に信じられなかったのは未だ桜花が戦争の中にいるからだ。
個人の想いと関係なく人は簡単に裏切ることができる。
今まで自分がそうされたように。
今回桜花がボーダー隊員を斬ったように。
自分の目で見るまでは信じられない。
自分の肌で感じるまでは信じられない。
なにより彼等の終わりと桜花の終わりは違うのだ。
首輪の締まりを感じて近界民はまだ近くにいることを知る。
なんとなく外からトリオン兵の羽ばたく音が聞こえた気がした。
テラペイアーの監視は終わっていない。自分の命と直結する分桜花にとって立派な戦う理由だ。
戦争はまだ終わっていないなら歩みを止めるべきではない。
「桜花、帰ろう」
なのに桜花の想いを無視して嵐山が手を差し伸べる。
桜花はその手を取らなかった。
かわりに剣を握る手に力が入る。
戦う意志は捨てられない。
自分を守るのは自分だけ……自分に害を成すなら剣を向けるのに躊躇いはない。
実際問題、剣を振り上げる体力が残っていないため実践できないがそれでも精神だけは強くあろうとする。

それは他人から見たら実に滑稽に映っただろう。

素直に言葉を受け止めればいい。
戦う力がなければ立つのを止めてしまえばいい。
目の前の現実を素直に受け止めればいい。
流れに身を任せれば楽になれるのに、優しい誘惑を桜花は選ばない。
選べばその後に立ち上がれなくなることを知っていた。
戦争に身を置いている今、戦えなくなることが一番恐ろしい。
だからそれを邪魔するものは選ばない。選べない。選びたくなかった。

剣を捨てようとしない桜花を見て嵐山は黙って換装を解いた。
桜花の目の前に現れた彼の姿は先程まで武器を持って戦っていたなんて思えない年相応の青年だ。
自分の目の前に現れた日常に桜花は理解ができなかった。
「なに考えてるの」
嵐山は答えない。
「武器を持っている敵を前に丸腰になるなんてどんな神経してるのよ」
「桜花は大丈夫だ」
「根拠は何よ」
もう戦える力が残っていないという理由ならその通りだとしか言えない。
戦えない人間が相手ならその余裕も納得できる。
……かなり屈辱的だが。
でも、もしも自分の体力がなくて戦えないというのが嘘で相手の隙を作り出すためのものだったらどうする気なのだろうか。
嵐山の行為はただの自殺行為でしかない。
やはり桜花には目の前の出来事が理解できなかった。
自分のポケットからまたバイブ音が聞こえる。
誰かが彼女のスマホに電話をしているのだろうか。
正直場違いにも程があるし、はっきりいって振動が身体中を駆け巡って涙が出そうなほど痛い。
嵐山はバイブの音が聞こえて何か確信を得たように真っ直ぐな目で桜花を見た。
「桜花は仲間を捨てられない。だから大丈夫だ」
差し伸べられる手を桜花は掴もうとはしない。
だから嵐山は躊躇いもなく桜花に歩み寄る。
桜花は苛立ちを隠せずにいた。
嵐山が一歩、また一歩近づく度に焦りが生じるのと同時に血の気が引いた。
相手が武器を持っているのに恐れることなく近づいてくる嵐山が、その善意が、今まで心のどこかで欲していたはずのそれが目の前に現れた途端、怖くてたまらなかった。
嵐山が剣を握る桜花の手を覆うように握る。
じわっと熱が伝染する。
まるで主導権を奪われたかのように桜花は剣を握る力を失った。
カランッと剣が落ちる音がした。
自分の意志で剣を拾うこともできず、嵐山の手を振りほどくこともできなかった。
急に力の入れ方が分からなくなったかのように身体が崩れ落ちるのを嵐山は彼女の手を引き寄せ抱き止めた。
「遅くなってごめん」
上から聞こえてきた言葉に桜花は答える。
「……遅いわよ」
「ああ」
桜花は嵐山の服を掴む。
剣ではない何か……掴みたくても掴めなかったものを今初めて桜花は手にした。
「もう大丈夫だ」
まるで幼い子供に言い聞かせるように言う嵐山にどこか懐かしさを感じた。
(私は……)
桜花は嵐山の胸に顔を埋めた。
今耳にしている音は生きていることを主張している。
その音が聞こえているということは自分はまだ生きているのだと、
同じ世界にまだいるのだと実感する。
温かい熱を感じて桜花は目を閉じた。

どうかこれが夢ではありませんように――……。


20170726


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