現在と未来
かけらを集めに

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迅悠一がボーダー本部に来たのはたまたまだった。
任務ではなく、誰かに呼ばれたわけでもなく、何かの未来を見たからではない。
だが、迅が個人ランク戦のブースに訪れたのは故意であった。
ボーダー隊員とすれ違う度に見える彼女の未来。事が大きくなる前に収拾をつけるのが目的だった。

彼女明星桜花は第一次大規模侵攻にて攫われたという特殊な経験を持つ。
そんな彼女がこちら側の世界に戻ってきたのは約半年前。ボーダーの遠征チームが遠征先でたまたま戦い捕虜にしたのがきっかけだ。
彼女が三門市民だったという事実に辿りつくまでには多少時間は有したのは致し方がない。
問題は近界で過ごした4年半が彼女を一般人から戦士として育て上げ、また彼女もそれに応えるように成長してしまったことにある。
桜花の人間性や戦闘スキルを見て野放しにするのは危険だと判断したボーダーが彼女の動きを監視するために強制的にボーダーに所属させたのが始まりだ。
事情が事情なだけに一部の隊員以外は彼女の素性は知らない。
その時はそれで良かったのかもしれない。
だが時折見せる桜花の発想や行動には流石のボーダー上層部及び精鋭隊員は頭を抱えることになる。
先日起きた大規模侵攻もその1つだ。
桜花は近界民の撃破及び捕縛された隊員達の救出に一役かうという功績を残しているのにもかかわらず、一方でボーダーをかなり振り回し隊員達を危険な目にあわせたという……いろんな意味で大活躍をしてくれた。
それが最善だったのは分かる。ボーダーに所属している隊員を守るのも上層部の仕事だ。それについては彼等は理解しているし責務を投げ出す気もない。
ただ守ろうとしてくれている上層部に対し桜花が協力的ではなかったことが問題だった。
自分の命を賭して戦ったのは皆分かっている。敢えて隊員達を危険な目にあわせなければいけない状況だったのも彼等はなんとか納得しようとしてくれている。
桜花に必要だったのはきちんと彼等に謝り、気遣うことだった。
だけど彼女はそれをしなかった。
「怖い目にあわせたのは悪かったけど、自分の選択が間違ってたなんて思っていないし後悔なんてしてないわよ」という一言に我慢していた隊員達の堪忍袋の緒が切れたのだ。
「もう少し殊勝な態度をとれないのか!」という意見に対し正直に「あれが自分にできる精一杯なんだからこれ以上反省なんてできるわけないでしょ」だとか「私ばかり責めるけどそもそも強ければ私に落とされなかったわけだしこれを機に自分の腕を磨いたら?」だとか煽り文句をいれてきたことにより桜花に対するなんともいえない微妙な感情を持っていた隊員達は一気にあいつ最低な奴だと嫌悪、憎悪を向けるべき対象だと認識させたのだ。
おかげでボーダーが懸念していた隊員達のストレスの爆発がボーダーに向けられることは防げたし、救出した捕虜達へ悪意を向けられる危険性はかなり軽減された。しかし他に方法はなかったのかと突っ込まずにはいられなかった。
その日を境に桜花に対する視線はかなり厳しいものとなった。彼女を1人にするとどんな問題が起こるか分からないので抑制するために必ずA級クラスの実力者が傍につける……所謂監視をしなくてはいけない状態になった。
桜花が問題を起こさないようにするための監視だと思っている者が多いが、それと同様に彼等が彼女に対し問題を起こさないようにするのが目的であるため監視役に任命された隊員の負荷は半端なかった。
少しは大人しくしていればいいのだが残念ながら彼女は大人しくできる人種ではないことは響き渡るこの声を聞けば分かるだろう。

「だーかーら、私は戦いたくても謹慎中だからトリガー持ってないの。
トリガー戻ってきたら相手にしてあげるから。口だけかどうかはその時に確認したらいいんじゃない?」

彼女の凄く面倒そうな態度がいけなかったのかそれとも彼女の言葉がいけなかったのか。
桜花に食って掛かる隊員はある意味ご愁傷様だと言ってやりたい気持ちになったのは何故なのか。今にも桜花の胸倉を掴みかかろうとする隊員が一瞬躊躇うのが見えた。
迅の未来予知ではこのまま放っておくと争いが激化し、隊員を挑発した桜花が負傷。そして挑発された隊員が罰則を受けることになり桜花に対する評価が更に下がるというものだ。
桜花個人の悪い未来というのは行き過ぎるとボーダーにとってもよくない未来になる。
何かと理由を見つけては迅はこの中に飛び込むしかなくなったのだと自分に言い聞かせる。

「なんだ?今日は荒れてるなー」
「迅さん!!」

迅の登場に喜んだのは彼女に絡んでいる隊員達だ。
「聞いて下さい」「自分たちは悪くない」そういう言葉が飛び、助けてくださいと頼ってくるのに対し当事者である桜花は胡散臭い奴が来たという目で見ており歓迎はしていなかった。
仮にも仲裁しにきた者に対してあまりにも酷くないだろうか。
相変わらず酷いなと言葉にはしなかったがそれでも意図は通じたらしい。
「わざわざ来なくてもよかったのに」
小さく呟いた桜花の言葉を近くにいた隊員がたまたま拾ってしまったらしい。
仲裁に来た迅を邪魔者扱いしたと憤慨した。あながちその解釈も間違えてはいないのだが完全に悪意をもっての言葉だったと認識されたのは桜花の行いが悪いからだ。
「迅さんの厚意を……!」
ぐいっと桜花の肩が押される。その時桜花の顔が歪んだ。
元気で横暴な態度をとっていてつい忘れがちになるのだが、これでも桜花は数日前重傷者だった。肋骨が骨折しているため咳やくしゃみをすると傷むし少しの振動でも痛みが走る。つまり何をしても痛いのだ。歩くのも細心の注意を払っているためどういう歩き方をすれば痛みは軽減できるのかは身体が覚えてしまっている。
いつもなら少し押されても踏ん張ってしまうところそれをすると痛いと身体が分かっているため踏ん張ることを避けてしまった。
転倒する方が回復に向かっていた肋骨に負担が掛かり悪化するのだがその時はそんな風に考えられなかったのだ。
桜花が転倒し怪我が悪化すればきっかけや過程がどうであれ立場が悪くなるのは彼女を負傷させた隊員の方である。
それは彼女と他のボーダー隊員との間に更なる歪みを生む原因になってしまうためなんとしてでも防がなくてはいけない。
咄嗟に動いた迅は彼女をなんとか受け止めた。
「い゛―――」
桜花の痛がる声を聞いて場は急に静かになった。ただ彼女を押した隊員の蒼白な顔がよく目立った。
「迅……アンタもう少し優しく受け止められないの」
「そんな無茶なこと言われても困るんだけど」
「アンタのサイドエフェクト使えばなんとかできるはずでしょ!?」
「桜花はおれのサイドエフェクトをなんだと思ってるの。
そもそもこんなこと起こさなければ済む話だと思うけど」
普段は迅のサイドエフェクトでどんな未来が見えようとも構わないだとか、アンタが背負う義理はないとか、私の未来なんだから私の勝手でしょとか好き放題に言っている彼女がこういう大したことないちっぽけな日常に限りサイドエフェクトを物凄く頼りにしてくるのだ。
迅としてはいろんな意味で困っていた。
「そんな便利なものじゃないって言ったはずだけど?」
「知ってるわよ」
言いながら桜花は迅に支えられながら何やらがさごそと彼の身体を漁り始めた。
堪らず迅は声を掛ける。
「……桜花何してるのか聞いてもいい?」
「トリガーよ。貸して」
ムカついたから斬るのだと安易に告げているその言葉に迅はこういうところが残念なんだと思った。
普通なら抱き止めてくれてありがとうだのごめんだの何かあるだろう。仮にも異性が抱き止めているのだ。好意があるなし関係なく少しは意識したっていいだろうし……桜花の感覚は一般のそれとはズレていた。
やられたらやり返す。そのことしか考えていないのは人としてどうなのだ。
なんというか少し、いやかなり物悲しい。
迅は呆れるしかなかった。
「桜花、残念だけどおれ換装してるから」
「はぁ?それを早く言いなさいよ!無駄に探っただけじゃない」
「普通の女の子はそんなことしないから」
「ここで女扱いされても困るんだけど」
思えばこの態勢で言い合いをしている場合ではなかったと後になって迅は気づく。
見知った仲なら彼女の行動は理解できなくもない。が、何も知らない者からしてみれば全く違う。
異性が密着している姿は年頃の子が見れば何かと勘ぐってしまうだろう。
しかし残念なことにどう見ても2人がいちゃついているようには見えないので周囲の者をただ混乱させるだけだった。

迅さんが明星さんに襲われた。

そんな不名誉な噂が流れる未来が見えて迅は慌てて桜花から離れようとした。
「迅、何女の子襲ってるんや」
急に現れた来訪者に迅はその機会を逃してしまう。
襲われるよりは襲う方が男としてはいい。……それも不名誉には違いないのだが一瞬考えるくらいには迅は少し慌てていたのかもしれない。
「待って生駒っち、違うから!よく見て!!」
迅に言われた通り生駒達人は迅に言われた通りよく見た結果意見を変える。
「間違えたわ。迅何女の子に襲われてんねん!羨ましいやろ!」
「それも違う!!」
生駒の声がよく通る。
負けじと迅の声もよく出ていた。
あの迅が声を荒げるなんて珍しい光景を見たのも相まって彼等を遠目から見ていた隊員達は桜花を抱き止め助けてくれた迅にどさくさに紛れて桜花がセクハラをしていると認識したらしい。
何故そうなったのか分からないがあらぬ誤解を招いていることに気づいた桜花は迅に罪をなすりつけようととりあえず一言。
「いい加減セクハラ止めて離れてくれない?」
「なんや、やっぱり迅がしてる方か!」
「ごめん2人とも黙ってくれない?」
違うなんて言っても堂々巡りになりそうな気がして迅は否定するのを止める。
かわりに放った言葉は目の前の2人に一番効果的だった。



桜花は痛みが軽減するベストな姿勢になるように慎重かつ迅速に迅から離れるとようやく一息ついた。
少し揉めていた隊員達は生駒の登場により立ち去ってくれた。
それでも隊員の何人かは彼等の動向が気になっているようで一定距離を保ちながら視線を投げつけていた。
鬱陶しいが仕方がない。
自分の立場を考えて桜花は彼等に触れないことにした。
それよりも……周りの空気を読めていないのか今も迅に絡んでいる生駒を見ながら桜花は目の前にいるこの男は誰だろうと首を傾げる。
どこかで見たような気がしたが全く思い出せない。
桜花に話しかけたのは生駒の方だった。
「そういえば任務復帰はいつからなん?」
名前を呼ばれたわけではない。復帰という言葉を聞けば誰のことを指しているのかは分かる。
「まだ決まっていない」と答えれば「マジか――」と嘆かれた。大規模侵攻のおかげで割と隊員達に自分のことを知られている。そして彼等は自分にいいイメージを持っていないのを桜花は知っている。
交流がない。しかも初対面の相手にどうしてそんな風に反応されるのか理解できない桜花は訝しみながら生駒に問い詰める。
「私が復帰してないとアンタに困ることでもあるの?」
「あるやろ!」
「なに?」
思い出しては見るが生駒とは初対面なはずだ。復帰云々気に掛けてもらう理由が思いつかない。
桜花が反射的に返した言葉が生駒にはショックだったらしい。大げさに信じられないと反応されるが桜花からしてみれば逆にお前の方が信じられないと思わず眉間に皺が寄る。
桜花のこの顔だけでも彼女に慣れない人が見れば怯えたり、最近では逆切れされることが多いのだが生駒の反応はどちらでもなかった。
まるで旧友との日常会話のノリで答えられる。
「勝ち逃げされるなんてスッキリせん!
もう1回勝負して勝敗つけたいやろ?」
「勝ち逃げ?勝敗をつける??」
身に覚えがなさ過ぎて桜花は聞き返すが声色から察するにそんなものは知らないと言い放っていた。
「まさか覚えてないん?俺傷つくわ」
「ない。ランク戦でアンタとやった覚えない。そもそもアンタ誰?」
悪いが桜花がランク戦をするのはほとんどA級隊員であり、相手が大体決まっている。
見知らぬ隊員と剣を交えて必ず顔を覚えているというわけでもないが生駒の反応を見て分かったのは1度でも生駒とランク戦をしていれば何かしら生駒にちょっかいを掛けられるということだ。
だが桜花にはそんな記憶はない。
「そういえば自己紹介しとらんかった。迅紹介してくれ」
「えーおれがするの?」
「当たり前や!イケメンから紹介してもらうと俺もイケメン度アップするやろ」
「ならないわよ」
「え、ならへん?イケメンは何をしてもイケメンやろ?
せやからイケメンが俺のこと紹介してくれたら俺もイケメンみたいな感じになるやろ?」
「ならない。少なくてもイケメン云々口走っている時点で終わってる。
で、迅。こいつ誰?」
会話がポンポン進んでいくのを見ると2人の相性は決して悪くはないのだろう。
一瞬ちらついた未来から推測するにいい友人になり得るのではないかとさえ思う。
誰だか説明しろと睨んでくる桜花となんとかしてくれと懇願するような生駒の視線に苦笑しながら迅は桜花に生駒を紹介する。
「生駒っちはボーダー随一の旋空孤月の使い手で今攻撃手ランクは6位だっけ?」
「そうか?あんま覚えてないわ」
「ボーダー随一?攻撃手で強いの太刀川でしょ?」
「確かに太刀川さんが1位だけど旋空に関しては生駒っちが一番。
まぁ見た方が早いかな。
桜花ボーダーに支給されたスマホ持ってるよね?そこからログ見れるから」
「へー」
感心したように呟く桜花。
ランク戦ブースに直接出向く割にログの方は相変わらず活用していないらしい。
一応説明するが恐らく彼女がログを見て研究することはほぼないだろう。
再生される生駒の戦闘を桜花は見る。
毎回カメラ目線なのが鬱陶しく感じたがそれよりも生駒から放たれた伸びるような旋空孤月の斬撃に目がいく。
印象的なその攻撃には見覚えがあった。
見たのは大規模侵攻の時。遠目から剣を構えて何をしているのかと思った矢先に伸びてきた旋空孤月をかわしたのは戦闘経験による勘のおかげだった。
勘が働かなかったら真っ二つになって桜花の仕事は終了していただろう。
「あの時の!」
「やっと思い出したか。これで思い出してくれへんかったら俺悲しかったわ」
「顔なんていちいち覚えてないわよ。
大体アンタ、ゴーグルつけてて顔確認なんてできなかったし」
「それもそうやな」
「悪かったな」とぺろりと舌を出すが、真顔のせいか全く可愛くなかった。
そもそも二十歳近い男性に可愛さを追求しても仕方がないのかもしれないが。
真面目に言っているのかボケているのか桜花には判断がつかなかったがとりあえず生駒が言っていた意味を理解した。
「確かに逃げたけどあれを勝ち逃げなんて言わないでしょ」
何せ旋空孤月の距離に驚いてどう攻略するか考えるよりも早くまともに相手をするのは危険と判断し、戦わずにして逃げた。
今でもそれは正しい選択だと思っているので別に悔しくはない。何せあれは戦略的撤退なのだ。
ただどういう意図で生駒が言ってきたのか分からず判断しかねていた。
「いや勝ち逃げやろ!というかそういう認識でいてくれないと困る!
俺、壁に阻まれて身動きとれへんかったんやで?」
確かにそのまま突っ込んできそうな生駒に対応するように見せかけて彼の目の前にエスクードを出して足を止めた。
その後迂回してこないように四方にエスクードを出して剣を抜けない状態にした。
そのまま攻撃すれば生駒を落とせたかもしれないが生駒の身動きを封じたエスクードは防御力に優れている。
阻まれた生駒が脱出するのが困難なように外から彼を狙って攻撃するのも一苦労だ。
1人を落とすのに時間を掛けるよりは1人でも多くの隊員を落とす方針だったため決して桜花が生駒を見逃したわけではない。
「あのあと水上や隠岐に残念なものを見るような目で見られて助けられたんやで!俺可哀想やろ!」
「ご愁傷様」
知らない名前が出てきたがどうせボーダー隊員だろうと桜花は気にしないことにした。
桜花の心がこもっていない言葉を聞くと余計に同情せざるを得ない。
迅は生駒の肩を軽く叩いた。
「せやから復帰したらやろうな!俺の名誉挽回のために!!」
「まぁいいけど」
「ほんまか!?」
純粋に嬉しそうに反応されるとなんだか調子を狂う。
大規模侵攻が終わってからの桜花は周囲に気を張ってばかりだった。
上層部が桜花を擁護するような説明を鵜呑みにする人間はいないと思っていた。
ならば逆に発散してもらおうと自分に目を向けさせた。それはボーダーのためというよりは桜花にはそうしたい理由があったからなのだが……だから今自分が置かれている状況は桜花自身が招いたことだ。それは理解しているし覚悟もしていた。
玄界の性質上過激なことはされていない。寧ろされるよりも桜花自身が過剰にやり返さないように自分自身を抑えるのに神経を使っていた。我慢するのはエネルギーをかなり使うのである。
だからほぼ初対面の生駒の反応は桜花からしてみれば少し異質で拍子抜けするものだった。
「アンタって普通に話し掛けてくるのね」
「なんや?話し掛けたらあかんかったのか?」
「そういうわけではないけど……」
悪いことではないのに腑に落ちないと桜花は頭を掻く。
ここで過ごすと決めてから割と考えなくてはいけないことが増えて大変だと他人事のように思いながら桜花は何と言えばいいのか言葉を探す。
迅と目が合ったが迅は何も言わなかった。
ただ彼の朗らかな顔を見ていると考えているのが馬鹿らしくなった。
「私、捕まった隊員を助けるために独断でより多くの隊員を危険に晒した酷い奴ということになっていると思うんだけど。普通は躊躇うものじゃないの?」
「なんやそんなことかいな。明星は今ボーダーにいるんやろ。だったら仲間やないか。何を躊躇う必要があるん?」
割り切ったような生駒の答えに桜花は呆けた。
それが一番難しいことなのだが本当に割り切って接しているならある意味尊敬する。
「私自分のためなら簡単に裏切る人間だけど警戒しないの?」
「そん時はそん時。敵として目の前に現れたら斬ればいいだけやん。
だけど明星は今敵じゃない。だったらそれでええねん」
生駒の真剣な言葉、目に桜花は斬り込まれた気分になった。
確かにその通りだ。皆自分の信念を持って行動している。それが違うなら対立することは致し方ない。だけど対立していないならわざわざ警戒して遠ざけたりする必要もない。
自分の考え方と他人の考え方は違う。
受け入れられないことに覚悟はしていたが受け入れられることは考えていなかった。
この地で過ごすと決めて変に考え過ぎていたのか。それとも考えているふりして少しだけ弱気になっていたのか。
もしも弱気になっていたとしたら……それに気づかないようにワザと気を張っていたということだ。そう考えると自分はまだまだ弱いのだと自覚しなくてはいけなくて嫌になる。
……ならば強くなるしかないのだけど。
桜花は笑う。
「アンタの考え方分かりやすくていいわね」
「なんやちゃんと笑えるんやないか」
「そりゃ笑いたければ笑うわよ」

〜♪

聞こえてくる音に桜花は舌打ちをした。
折角のいい気分が台無しだ。
念の為にスマホの画面を確認するとやはり無視できない用件に桜花は大人しくスマホをポケットに戻す。
「残念。迎えが来たわ」
「なんや用事あったんか?」
「まぁね。一応私怪我人だし」
桜花の一言で今から彼女が病院へ行くことを知る。
「早く完治してトリガー返してもらわないといけないわね」
「そう思うなら桜花はもう少し大人しくしておいた方がいいんじゃない?」
「はぁ?私暴れていないしいつも通りだったじゃない?これ以上どうにかしろっていうのは無理」
「確かに暴れてはいないけどね」
大人しくしていたかという点については肯定はできないが。
迅の反応に桜花は露骨に不快な表情を出した。
「そう言うならアンタのサイドエフェクトでなんとかしてよ」
「だからおれのサイドエフェクトはそんなに便利じゃないから。
そもそも桜花は自分でどうにかしようという気はないの?」
「面倒」
「それあかんやつやないか」
「五月蠅いわね」
言うと桜花は話を切り上げるべく「もう行くわ」と手を振って中断する。
「あ、そうだ生駒」
「なんや?」
「アンタ名誉挽回できないから」
「阿保ぬかせ。ここで決めんと俺恰好がつかないやろ」
「だからそうなるって言ってるのよ。いい勝負になるように精々腕を磨いてれば?」
「そうか。なら俺のかっこいいとこ見せたるから覚悟しとき」
言葉は少し憎たらしいが桜花はいたずらっ子のような表情で笑っていた。どうやら心の底から楽しんでいるらしい。
生駒の返しにも満足したのか「期待してるわ」と一言告げて立ち去る。
「無茶苦茶な奴やなーしかも俺言い逃げされた感じになっとるし」
「ま、桜花だからね」
遠回しに勝負を楽しみにしていると言っていた彼女を素直じゃないなと思いつつ、久しぶりに見た桜花の笑顔に迅は少しだけ口元が緩んだ。
迅の隣で生駒は腕を組みながら唸る。
何か思うことがあるのか桜花の背中をじっと見つめ続けている。
真剣な眼差し。
何か意味があるのかといつも思ってしまうが口を開けば全く関係のない言葉が出てくるのはいつものこと。
マイペースな生駒のことだ。桜花を見ているようで彼の頭の中を巡っているのは彼女とは全く関係のないことだろう。
……そうは思うのだが迅は何となく気になって生駒を見る。
意識して都合よく未来なんて見えるものではないのは分かっている。
案の定、生駒を見ても未来なんて何も見えてこなかった。サイドエフェクトが頼れないなら本人に直接聞くしかない。
「生駒っち桜花がどうかしたの?」
口にした言葉とは裏腹に迅の中では生駒が考えているのは恐らく定食屋のメニューあたりだろうなと思っていた。
真顔で本当に読めないよなーなんて思っていた矢先に迅は思わぬ言葉を聞いて思考を一瞬止めることになった。
「明星っていい尻してるなー思って」
「……生駒っちそれセクハラ」
咄嗟に返した言葉は可笑しくはない。
真顔で何を言っているんだという話だが年頃の男子が話題にしても全く可笑しくない話だ。
だが老若男女がいるこの開けた空間で何を言っているんだと素で思う。
「女の子の尻追いかけてる奴が言う台詞じゃないやろ」
「確かに好きだけどそれはそれっていうか」
少なくても皆に見られるような空間で大っぴらに公言もしてなければ触ってもいない。
迅の中で言い訳の数々が浮かんでくるがどれを口にしても詰んでしまう気がして言えない。
でもこのまま何も言わなければマイペースな生駒は止まることはないだろう。
話題を変えようと生駒が通い詰めている定食屋の話でも……と思ったところで迅は先手を打たれてしまった。
「そうか?でもおまえの好みやろ」
「……っ」
生駒の言葉に迅は思わず動揺してしまった。
用意していた言葉が抜け落ちてしまう。代わりに頭に入ってきた言葉はなんだか甘酸っぱくて馴染めない。
この手の話は平然とかわせるのに何故か上手くいかなくて……意外に自分は不意打ちに弱いのだと関係のないことを考えて冷静に努めようとする。
そんな迅の葛藤なんて知らない生駒は全く反応がないことに首を傾げた。
どうかしたのかと迅の方を振り向く。
(なんかよう分からへんけど……)
迅の顔を見て珍しいものを見たというよりは純粋にいいものを見たと心が弾む。
理由はよく分からないがこれでいい気がすると生駒は納得することにした。
「今度皆でタコパでもやろうか。俺張り切って焼いたるわ」
「それは楽しそうだな」
「当たり前や。他にもやりたいことようけあるからな。楽しみにしとき」
生駒から見えた未来の断片に迅は微笑んだ。


20170829


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