現在と未来
決意のかけら

しおりを挟む


春川青葉はこの四年もの間に他の人が味わえない体験をした少女だった。
近界民に攫われ捕虜となった。攫われた先で兵士になることを選んで戦った。そして故郷である玄界の敵として侵略……したのにも関わらずボーダーに保護され生き残った。この四年間に凝縮された経験……それを全て語りつくすのは大変だ。しかし玄界に戻ってきた今その経験はあまり役に立ちそうにもなかった。

攫われてからずっと想い焦がれていた玄界への帰郷。友達との再会。元通りの生活。
青葉は近界にいる間ずっと考えていた。そして自分が戦うことを選んだきっかけである彼女のことをずっと考えていた。
恐怖と不安で押し潰されそうなあの牢獄の中、たまたま掴んだその手。あの時の手も自分のように震えていたのを覚えている。そして戦うことを決意した瞬間を覚えている。自分を鼓舞した瞬間を覚えている。
ずっと握りしめていたのだからその手の持ち主の覚悟の一連を知っている。
怖い想いをしているのは自分だけではないのが分かった。それなのに前へ進むことを決めた彼女に素直に尊敬した。心を動かされた。
恐怖で考えられなかったのかもしれない。連れて行かれた時に離された手が寂しかったのかもしれない。
彼女の後を追うように自分も戦うことを選択したのは雰囲気に流されたのが正直なところ。
それでも青葉はその選択を後悔してはいなかった。
ただ自分も彼女のようになりたかった。ただ彼女よりも強くなりたかった。彼女を目指して腕を磨く――それは彼女が戦争で行方不明になっても変わらず。死体が見つからなかったことにわずかな希望を抱きまた逢えることだけを願って強くなった。
その相手が明星桜花で玄界へ侵攻した時に自分と対峙した人間だということを青葉が知ったのは戦争が終わって軟禁されている時だった。
病室でかわした言葉、繋いだ手のぬくもりに既視感を覚えた。一緒におにぎりを食べ終わり生きることを決意してからフラッシュバックが起こったかのように思い起こされた記憶の欠片。点と点が線で繋がったかのように結びついていく記憶に青葉は運命を感じていた。
後日、友達である千佳から自分を救出するために動いてくれたことを知り、千佳をはじめとする三雲隊の面々、作戦決行を決めてくれたボーダー、そして桜花に感謝した。だからなのかもしれない。
戦う日々の終わりを望んでいた青葉が戦うことを選びボーダーに入隊したのは――。

「あの子が噂の帰還者でしょ?」

聞こえてくる言葉は明らかに青葉のことをさしていた。
被害者でもあり加害者でもある青葉をどう接すればいいのか分からず距離をとる者がほとんどだ。そのことに関しては青葉は納得していた。寧ろそうなっても仕方がないと思っている。だからこそ非難されることを覚悟していた。だけど思ったよりも青葉に対する当たりは強くはなかった。どうしてなのかと青葉が疑問に思わないわけがない。理由は察しがついている。
「青葉ちゃん」
「千佳ちゃん!出穂ちゃん!」
名前を呼ばれて青葉は笑顔で返事をした。
目の前にいるのは友達の雨取千佳は近界民に攫われる前からの友達で気心知れた仲だ。久しぶりに再会した時は青葉が距離を置いて少しぎくしゃくしていたがすぐに元通りになったのは千佳が自分の記憶と違わなかったからだ。
(ううん、昔に比べたら凄く頼りになる)
内気な性格で同年代であるのにもかかわらず妹みたいな存在だった千佳は青葉の中で守りたい対象だった。それが気づけば自分を助けてくれて今も守ろうとしてくれている。自分よりも身長が低い千佳が凄く大きく見えた。
そして千佳の隣にいる夏目出穂は千佳の友達であり最近、青葉も友達になったばかりの子だ。裏表のないさっぱりとした性格で接しやすい。自分の目で見たものしか信じないのか青葉がボーダーに入隊するまでのことを知っているはずなのに周囲のような態度をとることはなかった。おかげですぐに打ち解けることができた。
「今日もボーダーで訓練?」
「ランク戦が今終わったところ。この後三雲先輩達に勉強を教えてもらう約束してるんだ」
「うわーボーダーに来て勉強とか。っていうかメガネ先輩、おちび先輩の勉強も教えてなかった?」
「修くんが言うには遊真くんと青葉ちゃんレベルが大体一緒だから大丈夫なんだって」
「……おちび先輩ってそんなにヤバイの?」
「遊真先輩?のいい刺激になるからって」
「あ、ははは……」
笑って誤魔化す千佳の隣で青葉は首を傾げた。玄界に来てまだ一年も経っていない遊真と暫く玄界から離れていた青葉。玄界の学力でいうなら修から見れば確かに同レベルかもしれない。
どうして夏目がそのことに驚くのか青葉は不思議だったが暫くして気づいた。夏目は遊真が近界民であることを知らないということを。
青葉が千佳と仲が良いからかそれとも近界民に攫われたからかは分からない。遊真と出会ってすぐに自分は近界民であることをカミングアウトされたので皆も知っていることだと思っていた。だがよく考えればこちらの世界の人間は近界民にいい印象を持っていない。そんな三門市民に自分の正体を明かすわけがない。
青葉も近界民にいい印象を持っているわけではないが悪い人間ばかりではないことを知っている。だから遊真が近界民だと知っても特別に何か感情が溢れることはなかったが、そうか……と青葉は考える。
遊真が近界民だと知られていないのならこのことは秘密事項に入るのだろう。ならば青葉は知らないふりをする。その方がいいに違いない。

「あたし凄く楽しみなの」

ボーダーに入隊して強くなるのも。学校へ行くのも。
青葉にとって自分で描く未来の一つ。
いつか千佳達の力になれるように。
以前のように千佳達と学校に通い、これからも共にしていくために。
やらなくてはいけないことは沢山あった。だけどどれも苦ではない。ここでは自分で選択する権利が与えられている。何を選んで進んでいくかは自分次第だ。

「すまん、遅れたか?」

現れた遊真に千佳が「そんなことないよ」と答える。
「っていうかおちび先輩成績そんなにヤバイんすか?」
「うーん、たちかわさんが大学へ行けてるからおれ達の将来は安泰だぞ」
「……」
何とも答え難い言葉に千佳も夏目も黙るしかなかった。
太刀川の学力を知らない青葉は遊真に励まされているのだと思い力強く返事をした。二人のやる気の違いにこれは修が二人一緒に勉強させたがるわけだと夏目は思った。……まぁ夏目も人のこといえた成績ではないのだが。
「アオバもランク戦終わったし、オサムのところへ行くか」
「そうだね」
遊真の言葉に促されて千佳達はランク戦ブースを出る。
青葉も続こうと足を踏み出したところで遊真に声を掛けられる。
「アオバは守られてばかりでいるつもりはないんだろ?」
遊真が何を言いたいのか青葉は分かっている。自分は子供で強くはないけど守られてばかりいる程弱いわけでもないと思っている。
「うん」
ソファに座る桜花の姿を見て拳を握る。
「あたしちゃんと証明するよ」
「うん、桜花さんも意外なところで面倒見の鬼だからな。
……どちらかというと押し付けに近いけど」
「あたしはまだ皆に頼ってばかりだけどちゃんと自分で歩けるようになりたいから」
だから強くなって堂々と目の前に立とうと思う。
青葉の決意を聞いて遊真は笑った。
「チカもアオバも強いな」
「おちび先輩、アタシだってB級に上がって力つけてるんスけど」
「おーそうだった!ナツメも強いな」
「うわー絶対そう思ってないでしょ……」
「そんなことないぞ」
夏目と遊真のやり取りが微笑ましい。そこには近界民だとか玄界とか関係ない。
青葉は千佳と目が合う。そして二人笑い合った。


20171021


<< 前 | | 次 >>